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菱餅先輩は小柄な体を活かして、ちょこまかと動き回った。
その度にボリュームのあるツインテールの髪の毛がバッサバッサとなびき、本人の顔面にまでぶつかったりして、
「ああ、もう、鬱陶しいじょ!」
自分で自分の髪の毛に怒りをぶつけていた。
「それもこれもあんたのせいにゃ! 射干玉除夜! 覚悟!」
……訂正。なぜだか僕に怒りがぶつけられた。
会長には、気にせず思いきりやってしまえ、と言われたけど……。
先輩とはいえ見た目が小学生っぽい女の子に対して暴力を振るうなんて、やっぱりできるものでもなく、僕は防戦一方。
「えいっ! やぁっ! たぁ~っ!」
小さな体から繰り出されるパンチやキック。
ともあれ、圧倒的にパワーが足りない。
たとえクリーンヒットしたとしても、ぽか、ぽか、ぽか、と乾いた音が鳴り響くのみ。
精神体だから本気で殴ったとしても痛みを感じるわけではないけど、僕の頭上に表示されたヒットポイントのゲージは、まったく減っていく気配がない。
子供っぽい先輩だと思ってはいたけど、本当に子供を相手にしているような、そんな感覚だった。
ここは僕が抱え上げるなどして動きを封じ、擬似空間の周りを囲む外壁のさらに上から外に放り投げてしまうことで、菱餅先輩の失格負けにするのがいいかな、なんて考え始めていた。
小さな子供のように両手を振り回して僕のおなか付近をひたすら叩きまくっている状態の菱餅先輩を、僕だけではなく会場の野次馬たちもみんな、微笑ましく見つめていた。
……のだけど。
ぽかぽかぽかぽかぽかぽかドムッ!
「…………!?」
ぽかぽかぽかぽかぽかぽかドムッ! ぽかぽかぽかドムッ!
「…………!!?? …………!!!!????」
乾いた音を響かせるだけのパンチの連続の中に、たまに見事にみぞおちの急所をえぐる鋭いパンチがまざる。
それは、ひっきりなしに繰り出される子供パンチの中で、たまたま入っただけの偶然のパンチのように思えた。
痛みがあるわけではない。
それでも、ヒットポイントのゲージは、みぞおちをえぐられる度にぐぐっと大幅に減り、僕のおなか付近になんとも言えない重苦しい感触が広がる。
『お~~~っと! ひーちゃんの可愛らしいパンチ攻撃で、偶然にもクリティカルヒットが連発! これはすごい! デュエルの行方も、これで俄然わからなくなってきました!』
うおおおおおお~~~~~ん!
歓声が響く。
娯楽の意味合いが強い戦いの場合、見るからに弱いほうを応援する人が圧倒的に多い。
「ひーちゃん、頑張れ~~~!」
観衆の声援は、ほぼすべて、菱餅先輩を応援するものになっていた。
だけど……。
にやり。
僕は見た。
僕のおなかの陰に隠れるような位置取りでポカポカ殴りを繰り返す菱餅先輩が、ふっ、と鼻を鳴らし、悪魔のような顔であざ笑っているのを。
これは……菱餅先輩の作戦!?
「ちょっと、除夜ちゃん、頑張ってよ!」
会長は黙り込んだままだ。僕を応援してくれているのは、ちまきひとりだけになっているようだ。
「へぇ~。あの子、あんたを応援するんだに~」
ぼそぼそと、僕のおなかの下辺りから声をかけてくる菱餅先輩。
お子様作戦で、すべての観衆を味方につけられると踏んでいたのだろう。
「ちまきは、無条件で僕の味方だから」
「へ~、ちまきちゃんって子なんだに。でも、そんな子がいながら会長に色目を使うなんて……。絶対に許せないじょ!」
「いや、べつに僕は色目なんて使ってないけど……」
「問答無用なりっ!」
そう叫ぶと、菱餅先輩は僕のおなかの陰から飛び出し、一旦距離を取った。
どうやら次の一撃で決めるつもりらしい。
応援……それは気分を奮い立たせるという効果もある、重要な要素。
普通のスポーツなんかでも、大きな力になる場合がある。
ましてや精神体で争われるデュエルならば、その影響力がよりいっそう大きなものとなるのは必至。
菱餅先輩は今、黙ったままの会長と無条件で僕の味方であるちまきのふたりを除き、他のすべての観衆から応援の力をその背に受けている。
……これは、負けたかも……。
こんなふうに弱気になること自体、精神体のデュエルにとっては致命的だという基本中の基本すら忘れるくらい、僕の勢いは衰えていた。
「これで、終わりだにょ~~~~~ん!」
菱餅先輩が甲高い叫び声を放ちながら、文字どおり飛びかかるような勢いで、一直線に僕へと向かってくる。
距離を取ったのは、助走の距離を稼ぐため。
そして、背中に受ける声援のパワーを、繰り出す一撃に乗せるため。
僕は防御の構えを取る以外に、成すすべがない。
思わず目をつぶる。
その瞬間。
「あ」
不意に菱餅先輩の可愛らしい声が響く。
続けて、
「わっ」
との声が吐き出され、
「ぶべらわぎゃぬむっ!」
よくわからない、カエルが潰れるかのような悲鳴が聞こえ、
ズザザザザザザッ!
と、なにかがこすれるような音が続き、
「きゅ~~~……」
最後にしぼんだ風船のような声が残される。
衝撃は、もちろんない。
僕が目を開けてみると、音から想像していたとおりの光景が広がっていた。
目の前で、菱餅先輩がうつ伏せになって倒れている。
途中でつまずき、思いっきり前のめりに顔面から倒れ込み、慣性の法則に従いそのまま顔面だけで地面を滑り、僕の目の前の位置に来てようやく止まって、この状態に至った。
おそらく、そんなところだろう。
……というか、それ以外に考えられないけど。
単純に転んだだけではない。背に受けた幾多の声援パワーも上乗せされていたのだ。
それらすべてが顔面に打撃となって集中した。
精神体になっているおかげで、実際に受ける痛みの感覚はないはずだけど……。
ピクピクと痙攣する菱餅先輩の様子を見る限り、かなりの精神的ダメージを受けた状態なのは確かだろう。
菱餅先輩の頭上のヒットポイントゲージを確認してみれば、真っ赤な表示。あとほんの数ミリ、雀の涙程度残っているだけのようだ。
「すみません、菱餅先輩」
すとっ。
僕はトドメを刺すべく、先輩の首筋辺りに手刀を振り下ろした。
ヒットポイントゲージはぴったりゼロとなり、展開されていた擬似空間は空気に溶けていくように霧散した。
『しょ……勝者、射干玉除夜ぁ~~~~!』
うおおおおおお~~~~~ん!
歓声が響く。
でもそれは……。
「お前、あんな小さい子に、しかも無抵抗になった子に、なんてことを!」
「ひどすぎよ~!」
「信じられない! 鬼! 悪魔!」
「まさに、鬼畜の所業!」
といった、僕を非難する罵声の嵐だった。
「ぴぎゃ~! 痛かったじょ~!」
「ひーちゃん、かわいそう~~~!」
精神体のデュエルだから痛いはずないのに、なんてことが、この場で通用するはずもなく。
僕は菱餅先輩をいじめた極悪非道なヤツ、というレッテルを貼られることになってしまった。
悪者にはされてしまったけど、僕は勝った。
会長の二回目の防衛にも、こうして成功したのだった。
……ところで。
なぜかずっと黙り込んだままだったな~と思って近寄ってみても、会長はなおも目をつぶって腕組みした姿勢を崩さない。
「会長……?」
声をかけてみると……。
「はっ!? むむむ……寝てた!」
…………。
スパーーーーーーン!
寝ぼけまなこの会長の頭に思いっきり入れた平手打ちの音は、晴れ渡った青空に清々しいほど大きく響き渡った。
★★★★★
端午の節句には鎧兜。
雨を止ませるにはてるてる坊主。
そりゃあ、順当な展示物だとは思いますけど……。
次回、第六話、コスプレも補佐の仕事なの?
……あっ、ちょっと会長、やめてください、そんなこと……っ!