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デュエルは、原則として申請してから一週間後となる。
あれから毎日のように、菱餅先輩は僕と会長の目の前に現れては、絶対に勝つからにゃ~! と、しつこく騒ぎ立てた。
ちまきが一緒にいてもお構いなし。
なによ、あの小さい子、とつぶやいたちまきにまで噛みつくように、菱餅先輩は毎度毎度キンキンと耳に響くうるさい怒声を浴びせ続けてきた。
べつに作戦とかではなく、デュエルまでの時間が待ちきれず、居ても立ってもいられなくなって怒鳴りに来ていたのだと思うけど。
なんとも暇な先輩である。
そんなこんなで、デュエル当日となった。
菱餅先輩のことであまり気にならなくなってはいたけど、ちまきは先日のお花見大会のあとから、意外なほどおとなしくなっていた。
なにかが水面下で進行していそうで、僕としてはとっても怖いのだけど……。
それよりも、今は目の前の菱餅先輩とのデュエルに集中しないと。
会場の準備はとっくに整っていた。
なお、前回と同様、デュエルの会場は校庭。
擬似空間の周りには当然のように野次馬が集まり、観衆を煽る放送部員の実況も響き始めている。
とはいえ……。
前回はゴツくてマッチョな総合格闘技部部長が相手だったから、僕のほうが気後れするくらいではあったものの、戦うこと自体に抵抗はなかった。
だけど今回は、先輩とはいえ女子生徒……しかも、見た目がちんまい小学生みたいな菱餅先輩が相手。
さすがにちょっと、戦うことに迷いが生じてしまう。
もちろん、精神体になって戦うのだから、怪我をさせてしまう心配はない。
そう考えれば、とくに気にする必要はないのだけど……。
「えっと……女の子相手に、戦うんですか?」
会長に尋ねる。
戦いは、精神体とはいえ自らの肉体を使ったものとなる。
パンチやキックだけじゃなく、締め技なんかも含めたプロレスのような感じとなるのが普通だ。
場合によっては武器を使用する戦いも可能だと聞いたことはあるけど、通常のデュエルでは、実際に体を動かすのと同じような感じで戦うことになる。
女の子を殴ったり蹴ったり、あまつさえ締め技をかけたりするとなると、どうしても抵抗を感じてしまうわけで……。
それでも会長は、簡潔に答えを返してくる。
「デュエルは擬似戦闘だ。気にせず思いきりやってしまえ」
「そう言われても……」
僕の目の前には、すでに菱餅先輩――正確には菱餅先輩の精神体が、両手を腰に当てたポーズで待ち構えている。
服装は制服。僕も制服姿だ。
「なにを気にしているんだ? 相手がスカートだからか? しかし、ガード機能が働くわけだし、絶対に見えないようになっている。気にすることはないぞ?」
「いえ、そういうことでもなくて……」
弱気な僕を、若干イライラを含んだ会長の声が襲う。
会長は、擬似空間の外ではあるけど一番近い位置に陣取り、僕に話しかけてきている。
セコンド役のパートナーがいる場合には、デュエルが開始されるまでの時間であれば、作戦会議などのために会話することも許されているのだ。
もっとも会長だと、「とにかく勝て」とか言うだけで、なんの役にも立ちはしないのだけど。
「女の子を殴るなんて、男としてはやっぱり……」
「ふむ……」
僕の言葉に、ようやく言いたいことを理解してくれた会長。
「だが、たとえ胸を殴ったとしても、柔らかさなんて感じないようになっている。遠慮する必要はない」
そうやって解説を加えてくれた。
デュエルのシステムは、僕が戦わされることになってから細かく調べてある。だから、それはすでに知っていた。
会長の解説は、まったくの無意味だったと言ってもいいだろう。
「……すまん、菱餅。お前はもともと、まったく膨らんでいなかったな。精神体でなく実際に殴っても、柔らかさを感じるはずがない。見くびってすまなかった」
「な……っ!? ムッキー! どうせひーちゃんはペチャパイだじょ! ……許すまじ、射干玉除夜!」
「なぜ僕っ!?」
会長の言葉で菱餅先輩は怒り心頭。その怒りの矛先は、どういうわけだか僕のほうへ。
どうやら会長の解説は、無意味を通り越して、対戦相手のパワーアップにつながるマイナスの効果をもたらしてしまったようだ。
「あんたの存在が悪なのだ! あんたさえいなければ、今頃ひーちゃんはお姉様とふたりであんなことやこんなことをして、楽しい高校生活を送っていたはずなのに!」
……よくわからないけど、菱餅先輩の中では僕が完全に悪役となっているらしい。
菱餅先輩から会長を奪った極悪人、といったところだろうか。べつに僕は、会長を奪ったわけでもないのに。
というか、最初から思っていたことだけど、会長をお姉様と呼んで、なにを考えているのかは知らないけど会長とあんなことやこんなことをする想像をしているなんて……。
菱餅先輩って、やっぱり百合な感じなのだろうか?
なのだろうか、というより、きっとそうだろうな、としか思えないけど。
「会長って、僕が入学してくる前って、菱餅先輩と仲がよかったんですか?」
「いや、単なるクラスメイトだぞ? 確かに一年のときも同じクラスではあったが、私は生徒会長になってから、ほぼずっと生徒会室で生活している身だからな。クラスメイトとの交流なんて、菱餅だけでなく、誰ともない」
……学生として、それは寂しすぎなのではなかろうか? という思いはこの際置いておくとして。
とりあえず菱餅先輩の百合っぽい想いは、完全な一方通行の勝手な妄想にすぎないようだ。
「お姉様! そいつに洗脳されてしまったのかに!? 待っていてください、お姉様。すぐにひーちゃんが救い出して差し上げますじょ! 死ね、射干玉除夜!」
妄想暴走モードだというのがわかったところで、事態が好転するわけではない。
菱餅先輩が怒りの視線を僕にぶつけてきたところで、デュエル開始のゴングとスタートを宣言する放送部員の実況の声が、同時に鳴り響いた。