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「わ……わぁ~~~っ! なにしてるんですか!?」
叫んだのは僕ではなく、会長に突き飛ばされて倒れたままのちまきだった。
僕も叫びたいくらいだったけど、口が塞がれていては声の出しようもない。
だいたい、初めてだったのに……。
ファーストキスが甘酒味……って、これはどうなのだろう?
甘酒のせいなのか、それとも他の要因か、頭がぼーっとぼやけていた僕は、足の力も抜け、ひざ立ちの状態になってしまう。
でもそれで、ようやく唇は離れた。
離れてもなお、ほのかな温もりと甘い香りは、僕の唇に余韻として残っていたのだけど……。
目の前にたたずんでいる会長の様子は、なんだかまだおかしいようで。
ふらふらした様子で立ちすくむ会長の目は虚ろ。
赤かった顔も徐々に青ざめてきていて、右手をそっと自分のおなかの辺りに添えている。
そして、前かがみになった状態の会長の顔は、僕のすぐ上にあって……。
あ……なんだか、嫌な予感……。
思わず他人事のように冷めた感想が頭をよぎった。
次の瞬間、
「ぅぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~っ!」
会長が口を大きく開けたかと思うと、その奥から、ところどころ固形物もまじったドロドロとした白い液体が、これでもかとばかりに吐き出される。
それはそのまま、初速と重力加速度の絶妙なバランスで、狙い済ましたかのように、僕の顔面へと止め処なく降りかかってきてしまう結果に……。
「ぎゃ~~~~っ! 会長、吐いた~~~~!」
叫び声はやっぱりちまきのものだったけど、僕のほうこそ叫びたかった。
とはいえ今口を開けようものなら、会長の吐き出した液体が口の中に入ってきてしまうわけで。
僕は慌てまくりながらも、その場で必死に耐える。
ただ、口は閉じることができても、息をしないわけにはいかない。
鼻の穴の中にまで入ってきたりはしなかったものの、息を吸い込むたびにすっぱい刺激臭が鼻腔を襲撃……。
う……さすがに気分が……。
「ちょっと、除夜ちゃんまで吐いたりしないでよ!? あたしだって、我慢してるんだから……うぷっ……」
「うわっ! ちまきのほうが絶対危ないよ! あれだけ食べまくってたし! と……とりあえず、少し休んでて!」
会長に続いてちまきにまで吐かれて、あまつさえ再び顔面にかけられたりなんかしたら、たまったもんじゃない。
ちまきなら、「会長に負けてられない!」とか言ってやりかねないと思った僕は、どうにか彼女をなだめようとする。
……まだ顔面に会長の吐き出した嘔吐物をべったりと貼りつけたまま……。
「うわぁ、寄るな触るな近づくな半径三メートル以内に入るんじゃない、ばっちい!」
ちまきは心底嫌そうな顔をして、どこかへと全速力で走り去ってしまった。
そう言われても仕方がない状態だったのは確かだけど、こんな言われ方をして逃げられたことには、さすがにちょっとショックを感じてしまう。
このままちまきを追いかけて、嫌がらせで抱きついて顔面を思いっきりこすりつけてやろうか、とも思ったけど思い留まった。
どうせあとで、もっとひどい仕返しを食らってしまうに決まっているから……。
僕の横では会長が苦しそうに地面に手を着いて荒い息を吐いている。
息だけじゃなく、まだ出し足りなかったのか別のものも吐き出していたけど。
とりあえず自分の顔面をどうにかしたかった。
でも、この状態の会長をひとり残していくわけにもいかない。
周囲の人たちもニオイに気づき始めたのだろう、僕と会長の周囲だけを避けるように、円形の空間が出来上がっていた。
どうしたものか思案に暮れ、しばらくおろおろしていると、そんな僕に誰かが駆け寄ってきた。
「はい、これ使って」
そう言って濡れたタオルを差し出してくれたのは、逃げたとばかり思っていたちまきだった。
「あっ、ちまき。ありがとう」
僕はタオルを受け取って、顔に付着した嘔吐物を拭き取っていく。
その横で、ちまきは苦しそうにしている会長に気づき、背中をさすってあげていた。
なんだかんだ言って、面倒見がいい女の子なんだよね、ちまきって。
会長の具合はよくないようで、地面に突っ伏し、そのまま眠ってしまっていた。
ともあれ、酔いが原因なのだから、少し休めば大丈夫だろう。
飲んだのは甘酒で、しかも量も多くなかったから、おそらく急性アルコール中毒の心配もないはずだ。
そう考えた僕たちは、しばし休んで落ち着きを取り戻したあと、眠ったままの会長を生徒会室まで運ぶことにした。
僕が会長をおぶって生徒会室へ向かったため、背中に大きなふたつの柔らかい温もりが感じられ、これはこれで悪くないかも、なんて思った僕は、思わず頬を緩ませていたのだけど。
その道中において、おぶっている揺れに反応したのか、僕の首筋には何度も会長の嘔吐物が降りかかることになってしまった。
☆☆☆☆☆
生徒会室でシャワーを浴び、上着をとりあえず体操着に替え、ちまきも僕のあとにシャワーを浴びて、ようやく一段落したところで、会長は目を覚ました。
会長は、全校お花見大会の途中から、まったく記憶がないという。
……まぁ、あんな状態だったし、そうだろうな~とは思ったけど。
僕としては、べつに会長を責め立てるつもりなんてなかったから、なにがあったかは、あえて言うこともないだろうと考えていた。
だけどちまきは容赦なく、会長が吐いてそれが僕の顔面にかかって、とっても大変だったと喋ってしまった。
その直前のキスの話を端折ったのは、ちまきの気遣いなのか、それとも別の思惑があってのことか。
「そ……そんなことがあったのか……」
「そうですよ! 大変だったんですから! 除夜ちゃんに謝ってください!」
「ああ、除夜、本当にすまなかった。このとおりだ、許してくれ!」
まだ頭がはっきりしていないからだろうか、会長はちまきの怒号の勢いに負け、僕に向かって素直に謝る。
それも、綺麗な土下座を伴っての平謝り状態で。
「い……いえ、いいですってば! 頭を上げてください!」
「う……うん。もうそれくらいで充分だと思います」
今までの恨みとばかりに調子に乗って、嫌がらせのように責め立てていたちまきでさえも、罪悪感に駆られたのか、慌てた様子で僕と一緒に会長をなだめにかかった。
それでも会長は、
「いや、こんなものでは私の気がすまない。本当に悪かったと思っている!」
と言って、さらに一時間以上ものあいだ、土下座を崩すことなく謝り続けた。
他人の顔面に吐くなんて失態を犯したわけだから、罪悪感を抱いてしまうのも当たり前かもしれないけど……。
これ以上ないほどの勢いで土下座を繰り返す会長の様子は、見ているこっちのほうが申し訳なく思ってしまうくらいだった。
会長って、不測の事態にはめっぽう弱い人なのかも。
そんな思いを抱いた瞬間だった。
★★★★★
とってもうるさい女の子、菱餅先輩が生徒会戦挙のデュエルを申請する。
「頑張れよ、除夜」
って、やっぱり戦うのは、僕なんですか!?
次回、第五話、菱餅の挑戦状!
……会長をお姉様と呼ぶあの子って、もしかして……。