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それから数日後。
全校お花見大会は予想以上の盛り上がりを見せていた。
生徒たちにとっては、午後の授業を潰してのお祭り騒ぎだからというのも、盛り上がっている要因になっているようだ。
さすがに丸一日の授業を潰すことまではできなかったみたいだけど、半日だけでも充分と言えるだろう。
それに、生徒たちだけでなく先生方も盛り上がっている様子がうかがえる。
生徒には甘酒が用意されているけど、先生方には結局、日本酒やビールが振舞われることになった。そんなわけで、先生方もかなりの上機嫌。
仮にも学園の敷地内、しかも一部の授業を潰して行われるお花見イベントでお酒を飲むなんて、果たしてこれでいいのだろうか?
「いいのだ」
会長は断言する。だったら、いいのだろう。
もし問題になったら、会長を止めなかった学園長の責任となるはずだし。
飲んでいるのが甘酒とはいえ、お花見の楽しい雰囲気に呑まれ、僕自身もかなり気分が高揚していた。
ただ少し不満があるとすれば、補佐なのだから当然だろう? とばかりに、ずっと会長が一緒にいるということだけだろうか。
べつに会長と一緒にいるのが嫌なわけでもないけど、こういうイベントだったらクラスメイトとも交流できるかも、と考えていた僕の淡い希望は脆くも崩れ去ったことになる。
もっとも、ひとりだけ、今も一緒にいるクラスメイトがいるのだけど。
「う~ん、綿菓子美味しい~! リンゴ飴も定番よね! あと、たこ焼きと焼きそばと、それから~……」
綿菓子を口いっぱいに頬ばりながらご満悦な表情をさらしまくっているのは、もちろんちまきだ。
「食べすぎだってば」
「いいじゃ~ん! せっかく屋台まで用意してくれたんだから、買ってあげなきゃ悪いでしょ~?」(もぐもぐ)
そう、用意されていたのは甘酒などの飲み物だけではなかったのだ。
様々な食べ物などを売る屋台までもが、学園の敷地内にあるこの公園に、ところ狭しと並んでいる。
公園自体はそこまで広いわけではなく、しかも全校生徒が参加しているため、スペースに余裕なんてほとんどない。
それなのにこんな屋台まで準備されているなんて……。
自治体が開催するような規模のお祭りや花火大会みたいに、人が溢れてごった返しているといった印象すら受ける。
実際には、歩くのも困難なほどの密度ではないけど、ゆっくりと桜の花を観賞するという雰囲気じゃないのは確かだった。
ともあれ、花より団子。食べ物や甘酒などに舌鼓を打ち、大声を上げて馬鹿騒ぎする。
そんな時間は決して無駄じゃないはずだ。
こんなことを、学園の行事としてやってしまってよかったのか、疑問の念は残るところだけど。
それでも、参加している生徒たちの晴れやかな笑顔を見ていると、これはこれでよかったのだと思えてくる。
……さすがにちまきは、楽しみすぎだと思うけど。
「やっぱり、お花見っていいわよね~」(もぐもぐ)
「ちまきは絶対、お花見以外を楽しんでると思うけど」
「まぁ、そう言うな、除夜。せっかくのお花見だ、お前も心から楽しんでおけ」
「そうそう、楽しもうよ~」
ぐいっ。
「ん、でも……」
「楽しめ。会長命令だ」
ぐいっ。
「え~っと……」
なにやら僕の左腕はちまきに、右腕は会長に絡みつかれ、ぐいぐいと引っ張られていた。
ふたりとも笑顔ではあるものの、あいだに挟まれた僕の背筋には、猛烈な寒気が走っている状態で……。
この状況で楽しめるはずないじゃないか。
などと口が裂けても言えない自分が、少々恨めしい。
「あたしだってね、食べてばっかりじゃないのよ? ほら、見てみなさいよ。桜の花の背景に青空が、とっても綺麗よね~」
「ああ、そうだな。木漏れ日にきらめいて舞い散る花びらは格別だし、さらには城の景観まで映り込む……。最高のロケーションだろう?」
「……なぜに城……」
見上げてみれば、本当に城の姿が目に映る。
学園の敷地は広く、お花見大会の会場となっているこの公園の他に、森や湖なんかもあり、そして今現在、建設中の城まである。
西洋風の城で、学園のシンボルにしたい、という理由で建てられているのだとか。
存在くらいは知っていたし、遠目に見たことくらいはあったけど、こんなに近くから見上げたのは初めてだった。
なんというか、あまりの大きさに圧倒される。
……どうでもいいけど、学園の敷地内に城なんて建てていいものなのだろうか……。
「やぁ、サクラン会長。みんな楽しんでいるようだね」
不意に声をかけられた。
正確には、その言葉どおり、会長が、ということになるけど。
声をかけてきたのは学園長だった。
「これは学園長。今日はとてもよいお花見大会になり、私としても嬉しい限りです」
「先生方まで楽しんでいるようだし、学園側にとってもいい行事となったんじゃないかな? もちろん俺も満足しているよ。……こうしてビールも飲めるしね。ヒック」
学園長は、しっかりとビールを飲んでいた。それも、ビンごと持ってラッパ飲み。
かなり顔が赤い。足もとも覚束ないし、随分と酔いが回っている様子だ。
……大丈夫だろうか、この学園長。
国分寺純忠。
神龍学園の学園長を務める偉い人だけど、気さくな雰囲気も相まってか、そんな風格は全然感じられない。
どう高く見積もっても三十代前半くらいにしか思えない容姿だからというのも、その理由としてはあるのだろう。
どうやら実年齢は四十代に突入しているらしいけど、髪の毛もフサフサで、なんとも学園長らしくない。
だいたい、そういった役職に就く人は、かなりの高齢であることが多いはずだ。
なにせ学園長といったら、つるっパゲのおじいさんと相場が決まっているのだから。
……いや、これは単なる偏見だろうか。
「あの……」
僕は控えめながら、学園長に声をかける。
「ん? なんだね? 確かキミは、会長補佐の……」
「はい、射干玉除夜です。それで、あの城って、いったいなんのために建ててるんですか?」
「あれは学園のシンボルだよ。イメージ戦略というのは、学園にも大切なものでね」
僕の質問に、とくに言葉に窮することなく、学園長は答えを返してくれた。
だけど、なんとなく納得がいかない。今さらこの学園にイメージなんて……。
悪い意味ではない。
新世代のモデル校としての地位や学業レベルの高さは、すでに充分知れ渡っているはずなのに、どうして今さら、ということだ。
それだけではなく、他の疑問も湧き上がる。
僕はそれを、率直にぶつけてみた。
「失礼かもしれませんが、そんなシンボルなんかに資金を使うなんて、すごく無駄なんじゃないでしょうか? 城を建てるのって、膨大な金額がかかると思うのですが……」
「そんな心配はいらないよ。この学園は、東京都としても力を入れているモデル校だからね。資金も多いんだ。それに……」
「それに……?」
「城の建設は、都知事からの提案でもあるんだよ」
学園長の言葉に、僕は驚く。
この学園は都立高校で、東京都としても力を入れているモデル校なのは確かだから、設備投資に積極的というのは頷ける。
とはいえ、それにしたって城まで建設するのは、イメージアップ戦略としても行き過ぎている感は否めない。
「……どうして都知事がそんな提案を?」
「さぁ? 親父の考えなんて、俺にはよくわからないな……」
「親父?」
「ああ。知らなかったか? 俺の父親は、東京都知事なんだ」
今の東京都知事は、国分寺忠翁という人だったはずだ。
すなわち、同じ名字ということになる。学園長の言葉に嘘はないのだろう。
……なるほど、だからこんな若い人が学園長の地位に収まっているのか。
口には出さないけど、それは納得できた。
でも、どうして城なのかは、やっぱり納得できない。
「おっと、引き止めてしまって悪かったね。それじゃあ、俺はこれで」
「はい。学園長、あまり飲みすぎないようにしてください」
「はっはっは、心配ありがとう」
酔いで真っ赤な笑顔を残し、学園長は千鳥足でふらつきながら去っていった。