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エアコムの機能を使い、僕は昨日会長から言われていたとおり、授業を生徒会室で受けた。
で、放課後。
デュエルの会場となる校庭へと、僕は連れ出された。
僕が代理としてデュエルに出るというのに、どうやら会長自身も会場へと向かうらしい。
だったら自分で出ればいいのに、と思わなくもない。
校庭には多くの生徒が集まっていた。
デュエルは擬似空間内で行われ、そこで精神体となったふたりが戦うのだけど、周りで観戦することも可能となっている。
擬似空間自体は、どんな狭い場所にでも展開させることが可能なものの、大勢の観衆がいるとなると、それなりに広い空間が必要となってくる。
そんなわけで、大抵の場合、校庭や体育館が使用されるのだという。
「……それにしたって、バカ騒ぎしすぎなんじゃないですか?」
「そうか? 毎度こんなもんだぞ?」
僕は驚いていたけど、会長の様子はとくに変わりない。
ともあれ、僕が驚くのも無理はないと思う。
なにせ会場となる校庭には、全校生徒と言ってしまってもいいほど、大人数の生徒たちが集まっていたのだから。
『おお~~~っと! ここで生徒会長の華神桜蘭が、補佐となった射干玉除夜を伴って登場だぁ~~~~!』
わあああああああ~~~~っ!
マイクを通した声に煽られるかのように、怒涛のごとき歓声が沸き起こる。
「……なんか、実況までされてるみたいですけど」
「ああ。それも毎度のことだ。放送部の連中にとっては、最高の晴れ舞台らしいからな」
まさしくお祭り騒ぎ。
実際、簡易屋台まで出して、ちょっとしたお菓子や飲み物なんかを売っている人まで見受けられる。
あれって問題にならないのだろうか……。
「おっ。見えてきたぞ。あれが対戦相手だ」
「…………ゲッ!?」
思わず自分らしくない声を上げてしまったけど。
それほどまでに、対戦相手の姿は度肝を抜いていたわけで。
「総合格闘技部部長の三年生、鋼野巨体だ」
「本名ですか、それ!?」
「私が知るか」
ともかく、名は体を表すという言葉が示すとおり、その対戦相手は、鋼のような体を持った、とんでもない大男だった。
☆☆☆☆☆
『レディースアンドジェントルメーーーーン! お待たせしました~~~! 今年度初の生徒会戦挙デュエル! 生徒会長代理、射干玉ぁぁ~除夜ぁぁぁ~~~~! ヴァァァーーーーサーース! 総合格闘技部部長、鋼野ぉぉ~巨体ぃぃぃ~~~~!』
うおおおおおおおおお~~~~ん!!
大音量の歓声が響き渡る。
戦闘の舞台となる円形の闘技場のような擬似空間に立っている僕。
目の前には、対戦相手の大男。
精神体となっているから、正確にはお互いに見えている姿は本物ではないわけだけど。
それでも、実際に目の前に立っているかのように、強烈な威圧感を受ける。
精神的に追い込まれていることの表れだろうか……。
周囲には多くの生徒たちの姿が見える。
会長は腕を組み、パイプ椅子に座って試合を観戦する構え。
他には、ちまきの姿も見つけることができた。
必死になって「除夜ちゃん、頑張れ~!」と声援を送ってくれている。
生徒会長の補佐として代理で戦う立場というのはわかっているだろう。それ自体はきっと、納得できていないに違いない。
だけど、ちまきは無条件で僕の味方だ。
会長が会長のままでいられるように、ということとは関係なく、純粋に僕を応援してくれているのだ。
相手は三年生だから先輩ではあるけど、デュエルに遠慮はいらない。
会長からもそう言われている。
僕だって、負けるつもりはない。
負ければ補佐の役目から解放される。それはそれでいいのかもしれない。
でも、負けたくなんかない!
……というか、こんな大男に負けたら、とんでもないことになりそうだし……。
精神体になっているから怪我の心配はないとはいえ、精神すらもズタボロにされそうな気がする……。
『レディ~~~~、ゴォォォォォ~~~~!』
カァーーーーン!
そんな中、実況の放送部員の声に合わせて、デュエル開始のゴングが鳴り響く。
途端、目の前に迫る巨体。
うあっ! これは凄まじい迫力!
開始早々、気合い負けしてしまう。
しかも、短パン一丁で上半身裸のムキムキ大男が、両腕を広げ抱き上げる……いや、締め上げる構え。
僕は血の気が引いた。
あの太い腕につかまったら、僕なんかじゃ一瞬にして背骨が折られそうだ。
もちろん精神体だからそんな心配はないのだけど、ついつい怪我や痛みを想像して気後れしてしまうのだ。
それだけ、あの巨体から受ける威圧感は強大だった。
「除夜ちゃん~! 頑張って~!」
ちまきの声援が聞こえる。
頑張ってと言われても、こんな巨大な筋肉男相手に、スポーツとは無縁な僕に、どう戦えと言うのやら……。
相手の腕をすんでのところでかわし続けるのが精いっぱい。
反撃に転じるような余裕なんて、僕には微塵もなかった。
一方的な試合。
最初こそ大声を上げて実況していた放送部員だったけど、途中からは実況する気力すら失ってしまっているようだ。
見ている観衆としても、つまらない試合だろう。べつに僕は、観衆を楽しませるためにここにいるわけじゃないけど。
強すぎる……。これは、勝てない……。
動きも体格も、すべてが段違い。
僕なんて、巨大なアフリカ象に無謀にも蹴りを入れようとする跳びネズミのようなものだ。
人間、諦めが肝心なのかもしれない。
そんな思いすら浮かんできた。
まさにそのとき。
会長と、目が合った。
「信じているぞ」
言葉にこそしなかったものの、会長の瞳は、そう語っているように感じられた。
額が、なんだか妙に熱い。
そうだ。
僕はさっき、額にキスを受けて、会長の力を宿してもらったじゃないか。
つまり今の僕には、会長の力も加わっているということだ!
デュエルでは、本人の様々な能力が数値化され、精神体の強さに反映されるという。
その能力に会長の能力が加算されたら、それこそ百人力!
ああ見えて成績は学年トップクラスだというし、サボリ癖はあるものの運動能力も高いと聞く。
僕自身が並以下の人間だとしても、会長の力を得た今の僕なら勝てないはずがない!
なんだか心の奥底から自信が熱となってどんどんと湧き上がってくるようだ。
額からはあまりの熱量のせいか、煙まで立ち昇り始めている。
「僕は……」
「むっ……?」
今までほぼ無抵抗だった僕がいきなり睨みつけたことに、一瞬たじろいだのだろう、相手の動きがピタリと止まる。
「僕は、勝つ!」
気合い一閃!
熱くなった額が、真っ先に動いていた。
そのまま僕は、巨体のみぞおち辺りに頭突きを食らわす。
「う……ぐ……熱っ!?」
予想外の勢いに思わず身を引いてしまったのか、相手の巨体は僕に押し出される格好で舞台の端っこまでふらふらと下がっていく。
そして、まるで吸い込まれるかのように円形闘技場を取り囲む壁へと倒れ、自らの重みも手伝って思いっきり壁面にめり込むという結末を迎えた。