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「さて、今日の予定だが」
生徒会室に着くなり、会長が話し始めた。
「昨日も話した生徒会戦挙のデュエルがある」
「あっ、そうなんですか」
デュエルで戦い、勝たないと、生徒会長は交代させられてしまうんだったよね。
「大変ですね。頑張ってください」
僕としては、補佐の役目から解放されることにもなるし、負けてくれたほうがいいのかも、なんて思いもあったのだけど。
とりあえず機嫌をそこねないよう、応援の言葉を口にしておく。
続けられた会長の発言は、思いもしないものだった。
「なにを言っている。頑張るのは除夜、お前だぞ?」
「……はい?」
思わず疑問符が浮かんだのも、当然の反応というものだろう。
呆然としている僕に向かって、会長はハッキリキッパリ、こう言いきった。
「除夜がデュエルで戦うのだ。私の代理として」
「え…………えええええっ!?」
驚きの声を上げ、混乱困惑驚愕仰天、様々な思いが頭の中で渦巻く僕を尻目に、会長は淡々と今日のデュエルについて語り続ける。
「春休み前の申請で一週間後が春休み中だったため、今日になってしまったのだが。こうして補佐も決まり、代理を立てることができて、私としてはちょうどよかったな」
「全然よくないです! 聞いてないですってば! だいたいそんな重要なデュエルに、代理なんて立てていいんですか!?」
「ああ、代理デュエルも認められている」
必死の抵抗を試みるも、あっさり撃沈。
「もちろん、負けたら私が生徒会長から降ろされてしまうからな。除夜には死に物狂いで頑張ってもらわねばならない」
「ちょ……ちょっと待ってください! それって、重要すぎる役目なんじゃ……!?」
「まぁ、そうだな。私の未来はすべて、お前の戦いぶりにかかっていると言ってもいいだろう。任せたぞ」
信頼されていると考えれば、べつに悪い気はしないのだけど。
それにしたって、昨日初めて会ったばかりの僕に、どうしてそこまで委ねてしまえるのか……。
「大丈夫だ。お前なら、やれる」
「で……でも……」
負けてしまえば、補佐の役目から解放される。
そのために僕がわざと負ける、というのは考えていないのだろうか?
デュエルはあくまで擬似戦闘。どんなに強く殴られ蹴り飛ばされて無残に負けようとも、僕自身に怪我や痛みはない。
だったらこれは、チャンスなのでは……?
わざと負けて自由の身となれば、ごく普通の高校生活を送ることができるのでは……?
だけど……。
「すべて、お前に任せたからな。よろしく頼むぞ」
そう言いながら真摯な瞳を向けている会長を、僕は裏切ることができるのだろうか……?
僕が負けたら、この人は生徒会長ではなくなる。
単なるだらけきった、ワガママなひとりの女子生徒になってしまうのだ。
そんなこと、僕に耐えられるだろうか……?
……いや、べつに構わないか。自業自得だし。
この人が生徒会長をやっているのは、楽をしたいからだと自ら言っていた。
他の人に生徒会長の座を譲ったほうが、学園のためになるかもしれない。
僕の考えは、やっぱり会長にはお見通しのようで。
「言っておくが、わざと負けた場合、お前自身の経歴にも泥が塗られることになるぞ? 生徒会戦挙デュエルにて代理として戦い、負けたという結果は、ギャラクシー上の個人情報に常時公開データとして永久に残ってしまうからな」
「う……」
普通の個人情報データとして残るなら、参照不可能な公開レベル設定にすればいいだけだ。
でも、常時公開データとなると、そうもいかない。
代理でデュエルに出て負けたくらいだったら、さほど大きなマイナス要素にはならないとも思うけど、それでも重要なデュエルにおいて負けてしまった人間だと不特定多数の人に知られてしまうのは、あまり気分のいいものではない。
「やっぱり、責任重大すぎますよ……。僕じゃなくて、会長本人が出たほうが……」
「大丈夫だ」
弱気に支配されていた僕に向けて断言した会長の声は、すぐ目と鼻の先から聞こえ、そして――。
ちゅっ。
軽い音を響かせながら、会長の唇が一瞬だけ僕の額に触れた。
「……え?」
「これで私の力がお前に宿った。いわば、お前は私の分身となったと言える。だから、大丈夫だ」
「会長……」
額が、熱い。
これは、会長の力が宿った証拠なのだろうか?
「除夜、やれるな?」
「…………はい」
吐息すらも感じられる、ごく至近距離からの問いかけに、僕は素直に頷き返していた。