いつでも世界は不安定
「この子、どうして安いの?」
小鳥屋の店先の籠には、一羽のオカメインコがいた。
お買い得の札の下、なんだか寂しそうな雰囲気だ。
「ほら、この子、三つ目でしょう?
ほとんどの子は四つ目だから、敬遠されるんですよ」
「三つ目? 目は二つに見えるけど」
改めてオカメインコを見ると、僕の視線に反応するように額にもう一つ、目が開いた。
「ああ、なるほど。
大昔に、額に目がある神様を信奉する宗教があったらしいけど」
「なら神様のお遣いかもしれませんね」
「それは、大事にしなくちゃ」
「餌はカシアの鉢植えを置いておけば、勝手に花や実をつついて食べますよ。
あとは水が飲めるようにしておけば大丈夫」
「ふーん、カシアだったら部屋に置いてあるな。
どうかな? 君、僕の部屋へ来るかい?」
訊いてみれば、オカメインコは頷いた。
「よし決めた。一緒に暮らそう」
「お買い上げありがとうございます。
この籠ごと持って帰ってください」
僕は籠を受け取って通路に出た。
ここは大昔、地球と呼ばれた星だったらしい。
戦争や汚染や自然災害、いろんな理由が折り重なって地表には住めなくなった。
そんな時、不思議な植物が地面から生えてきた。
巨大な豆の木のように、どんどん空へ向かって伸びる大木。
地表にいては命がないから、人々は木にすがるように住み着いたのだ。
木に穴をあけて通路や住居を作り生活していると、やがて汚れた大気が上がって来た。
すると木は人間が作った街ごと、上へ上へと伸びていく。
そんなことが何度もあって、下の方がどうなっているのかもう誰にもわからない。
確かめに行く術はないし、根元が腐っていて明日ポッキリ折れるかもしれないけれど、どうしようもない。
地面だろうが空の中だろうが、生きようとすればどうせ不安なことだらけ。
ちょっとでも幸福な気持ちでいたければ、不安を心の片隅に押しやるだけだ。
そんな木の上の生活が始まってから、どれくらい経ったのか。
誰かが持ち込んだ書物や、老人の語る昔話から得られる知識では、地上で暮らしていたころの人間の世界には五体満足という言葉があったらしい。
今のこの世界から見れば、まるで笑い話だ。
小鳥屋で売っている小鳥には、いくつか種類がある。
オカメインコは三つか四つの目があるのが当たり前。
九官鳥は脚が三本以上だし、文鳥は翼が二組以上だ。
人間もしかりで、顔のパーツなんかはあまり変わっていないらしいが、手足や指の数が人によって違うのは当たり前である。
大木は住居や道でもあるが、同時に食料でもある。
サラサラの樹液は水代わりに飲めるし、切り出したばかりの木片はパンのように食べることが出来る。
着の身着のまま空へと逃げた人々は、大木の恵みにすがるしかなかった。
逃げ出した人々の間で営みは続き、何世代かを経るうちに、だんだんと生き物は形を変えていった。
ひょっとしたらその原因は大木を食べたせいかもしれないが、他に選択肢は無かったのだ。
住んでいる部屋に帰って、籠からオカメインコを出してやる。
淡いピンクのボディに翼は黄緑。
冠羽は輝くような黄色だ。
本当に神様の遣いかもしれないと思えば、なんだか特別感があっていい。
もう籠はいらないので、次に出かけるときに小鳥屋に返してこよう。
木の中の街にはいろんな店があるが、実はごっこ遊びみたいなものだ。
貨幣も経済も何もないのだ。
人間に飼われてもいいと思った小鳥が自ら小鳥屋に行って、飼い主を探してもらう。
小鳥屋はそんな感じだ。
鳥籠は籠を編む趣味に目覚めた人が作っているから貴重品。
自分には出来ないことをしている人には、敬意を払いたい。
他には鉢植え屋なんかもある。
木の股に生えている植物を適当に鉢に植えて店先に並べている。
鉢は大木から切り出して簡単に作れるから、植物を枯らしたらそのまま他のことに使ってもいいし、店に返しに行ってもいい。
オカメインコは部屋を一周飛び回ってから、窓際のカシアの横に降りた。
さっそく花をついばんで、味わうように目をつぶってうなずいている。
「そうだ、水を用意しないと」
切り出してから長時間経つと、大木の木切れは堅牢になる。
柔らかいうちに成形しておけば、小さな家具や食器は簡単に作れる。
自分で作った小鉢に水屋からもらってきた大木の樹液を注ぐ。
どこにでも穴を開けたり、どこからでも樹液を取ったりすると突然、木の中の通路が崩れたり部屋の壁が脆くなったりということが起きるので、木切れと樹液はちゃんとした店からもらわなければいけない。
お腹がいっぱいになったオカメインコが飛んできて、僕の肩に止まった。
肩はむき出しだから、爪を立て過ぎないようにそっと止まってくれたのがありがたい。
頭が良くて優しい子だ。
ここには当然、布なんてものは無いから大木の葉っぱと柔らかいうちに加工した留め具で隠したい場所や守りたい場所を覆っているだけなのだ。
「明日は一緒に散歩しようか」
そう言うと、オカメインコが頷いた。
今日は相棒が出来たから、僕はとても幸せな気分だ。




