開幕、歌舞伎サッカー! 1
――きめなくちゃ。
観客の声援。
仲間のまなざし。
試合ののこり時間。
すべてがプレッシャーとなって、翔真の胸をしめつける。
「翔真、これが最後のチャンスだ。ぜったいにきめろ」
ベンチから大鳳監督の声が聞こえた。
――ぜったい、きめなくちゃ。
――じゃないと、また父さんに怒られる。
相手選手をぬきさり、しかとゴールをみすえる。
相手キーパーと翔真の目があった。
とめてみせる!
キーパーの気迫に、おもわず足がすくみそうになる。
――きめなくちゃ。父さんの期待にこたえなくちゃ。
翔真は渾身の力でシュートをうった。
しかし……。
ボールはゴールポストにあたり、フィールドの内側へはねかえった。
その瞬間、ホイッスルがなり、市沢フレスベルグの負けがきまった。
頭のなかがまっしろになる。
体から力がぬけて、翔真はその場にうずくまった。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
何度、その言葉をくりかえしたのかわからない。
とつぜん、まわりがくらくなり、目のまえに大鳳監督があらわれた。
そして、翔真をみくだして、こういった。
「おまえのせいで負けたんだ!」
「父さん!」
さけびながら、翔真は目をさました。
あせをかいた体がふるえている。
頭がいたい。
胸がくるしい。
息ができない。
――おちつけ、あれは夢だ。
必死に自分にいいきかせる。
――あれは夢なんだ。もうおわったことなんだ。
何度も何度もいいきかせる。
――おれはもうフレスベルグの選手じゃないんだ。
「おれは中浦FCの選手だ」
チームメイトみんなの顔を思いうかべる。
そして、ながい時間をかけて、ゆっくり息をはきだした。
胸と頭のいたみがやわらぐ。
息ぐるしさもすこしずつ回復してきた。
――また、あの夢をみたのか。
翔真はあせまみれのひたいに手をあて、髪をかきあげた。
4年生のとき、翔真はおおきな大会の決勝戦で、プレッシャーに負けてシュートをはずしてしまったことがある。
そのときのトラウマが原因で、翔真は心の病気にかかり、シュートをうつことができなくなってしまったのだ。
練習であれ、試合であれ、シュートのことを考えるとトラウマがよみがえり、恐怖と息ぐるしさで気をうしないそうになる。
中浦FCが試合に勝てない理由のひとつがこれだった。
悪夢はいつも大鳳監督の、
「おまえのせいで負けたんだ!」
という言葉でおわる。
試合のあと、翔真はパニックで頭がまっしろになっていたので、じっさいにそういわれたのかはおぼえていない。
だが、じつの父親である大鳳監督から、たくさんのきびしい言葉をうけて、翔真が心にふかいキズをおっていたのは事実だ。
心のキズ。
そして心の病気。
そのふたつが原因で、翔真はプロのサッカー選手になる夢をあきらめ、両親も離婚してしまった。
時計をみると、まだ5時30分だった。
きょうは土曜日。
学校はやすみだが、サッカーの練習がある。
練習まで時間があるので、翔真はランニングにでかけることにした。
「おばあちゃん、行ってくるよ」
にわの掃除をしていたおばあちゃんにひとこえかけ、翔真は悪夢をふきとばすために朝の町へはしりだした。
* * * * *
市沢フレスベルグは選手のレベルごとに3つのチームにわかれている。
低学年や初心者の選手に基礎をおしえるCチーム。
中学年、高学年の選手をきたえるBチーム。
そして、トップレベルの実力をもったエリート選手だけをあつめたAチーム。
そんなAチームのキャプテンをつとめるのが6年生の鷲崎遥飛だ。
「気をつけて行けよ」
遥飛が準備体操をしていると、叔父さんがまどから顔をだした。
「しかし、毎週たいへんだな。ここから市沢町まで15キロもあるのに、はしって練習場まで行くんだろ? おれにはとてもできないな」
金曜日に市沢町から中浦町まではしり、叔父さんの家で一泊。
そして土曜日にサッカーの練習のために、また市沢町へはしってもどる。
それが遥飛の習慣だった。
「たしかにたいへんだよ。でも自分ではじめたことだから、とちゅうでなげだすわけにはいかないんだ」
「そっか。さすが本気でプロをめざしてるやつは根性がちがうな」
叔父さんはズボンのポケットから500円玉をとりだして、遥飛になげた。
「あさめし代だよ。こんなことしかできないけど応援してるからな」
「ありがとう」
うで時計で時間を確認する。
5時55分。
出発の時間だ。
「じゃあ、行ってくるよ」
力づよく地面をけって、遥飛は夢にむかってはしりだした。
それから20分後。
河川敷をはしっていると、むこうから遥飛とおなじとしごろの少年がはしってきた。
それはかつてのチームメイトである大鳳翔真、いや鷹峰翔真だった。
こちらにきづいた翔真がスピードをおとす。
遥飛もスピードをおとして、ゆっくり翔真にちかづいた。
「おはよう」
すれちがいざまに翔真が声をかけた。
「もどらないのか?」
遥飛の言葉に、翔真の足がとまる。
「もどらないのか? フレスベルグに」
「もどれない。いや、もどりたくない」
「大鳳監督はかわった。いまでも、きつい言葉はいうけど、まえみたいに感情にまかせて怒ることはしなくなった。いいプレーをした選手はほめるし、選手の意見も自分から聞くようにしている。だから――」
「もどりたくないんだ」
翔真のつよい意志が、遥飛のせなかにつきささる。
遥飛はなにもいわずに、下くちびるをかみしめた。
「おれはもうフレスベルグの選手じゃない。中浦FCの選手だ」
「よわいチームにいてもプロにはなれない。おまえはこんなところでおわるやつじゃないだろ」
そういいのこして、遥飛はその場をたちさろうとした。
「遥飛、おまえ、サッカー好きか?」
翔真の言葉に、今度は遥飛の足がとまる。
サッカーは好きだ。
だからこそ、本気でプロのサッカー選手をめざしている。
でも、そのためにする努力が、つらいとかんじるときもある。
そのつらさが、好きという言葉をのどのおくでつまらせた。
「Cチームにいたときに、おまえ、いったよな? 『サッカーをたのしむだけじゃ、プロにはなれない。つらくても努力しないと夢はかなわないんだ』って」
「ああ」
「おまえが、がんばってるのはわかってる。でも、つらい気持ちのまま、がんばりつづけたら、いつか――」
「好きだからプロをめざしているんだ。サッカーがきらいなわけないだろ」
あわててそうこたえると、遥飛はひつよう以上の力を足にこめて、ふたたびはしりはじめた。
* * * * *
にげるようにして、その場をたちさった遥飛のせなかに、
「いつか、おまえ、サッカーをきらいになっちゃうよ」
翔真はちいさな声で、そっとつぶやくのだった。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




