海のざわめき
夕暮れの海は、静かだった。
空がゆっくりと赤く染まり、
波は穏やかに揺れている。
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「……ほんとに、何もないな」
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ジェイクは海を見つめながら言った。
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「嵐が来るとかじゃないのか?」
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「うーん……」
澪は首をかしげる。
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「違うと思う」
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そのとき。
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ルカの耳が、ぴくっと動いた。
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「……来る」
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低い声。
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空気が変わる。
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風が止まる。
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海が――
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ざわついた。
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さっきまで穏やかだった水面が、
小さく波打ち始める。
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「……なんだ?」
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ジェイクが身構える。
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次の瞬間。
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バシャッ!!
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水が跳ね上がる。
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何かが、海から飛び出した。
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黒い影。
鋭い形。
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それは魚ではなかった。
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「……っ!」
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ジェイクが息を呑む。
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影は、地面に落ちる。
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ぬるりと動く体。
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異様に長いヒレ。
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そして――
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赤く光る目。
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「なに……これ……」
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澪が後ずさる。
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ルカが低くうなる。
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「下のやつだ」
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その言葉の意味は、分からない。
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だが――
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危険だということだけは分かる。
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影が、ゆっくりと動く。
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ジェイクの方へ向かう。
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「来るぞ!」
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ジェイクが叫ぶ。
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だが足が動かない。
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その瞬間――
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ドクン
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心臓の音が、響いた。
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次の瞬間。
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海が――
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沈んだ。
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波の音が消える。
風が止まる。
空気が、重くなる。
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ジェイクの呼吸が止まる。
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「……なにが……起きてる……」
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澪の髪が揺れる。
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黒い髪が、
ゆっくりと深い青へと染まる。
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目が、光る。
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右は金。
左は青。
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オッドアイが、はっきりと輝いた。
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首元の真珠が、強く光る。
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蒼海の真珠。
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それに呼応するように、
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海全体が、淡く光り始めた。
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まるで――
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海そのものが、澪に応えている。
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影が止まる。
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動けない。
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怯えている。
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ジェイクが、かすれた声で言う。
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「……なんだ……この子……」
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澪は、小さく息を吐く。
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「……来ないで」
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その一言。
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海が、命令を受けたように動いた。
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水が、壁のように立ち上がる。
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影を押し返す。
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逃げ場を失った影が、もがく。
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そのとき。
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ルカが、動きを止めた。
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「……おい」
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低い声。
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「それ……」
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一瞬、言葉を失う。
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ポセイドンが、ゆっくりと目を細める。
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「……間違いない」
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その声は、確信だった。
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「海姫の力だ」
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影が、耐えきれずに崩れる。
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そのまま海へと引きずり込まれていく。
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静寂。
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波の音が戻る。
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光が消える。
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澪の体が、ふらつく。
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「……あれ……?」
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何も分かっていない顔。
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ジェイクは、ただ見ていた。
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「……ありえない……」
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ポセイドンが、静かに言う。
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「……始まったな」
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その目は、澪を見ていた。
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まっすぐに。
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蒼猫サンです
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