この町の普通
朝の海は、静かだった。
まるで何もなかったかのように、
穏やかな波が揺れている。
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「……変な感じだな」
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ジェイクは、ぽつりとつぶやいた。
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「昨日のことが、夢みたいだ」
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海守の家の前。
澪が隣に立っている。
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「夢じゃないよ」
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その声は、少しだけ真剣だった。
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ジェイクは苦笑する。
「だろうな。猫が喋る時点で現実じゃない」
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「聞こえてるぞ」
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ルカが肩の上で言う。
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「……慣れないな」
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そのとき。
遠くから声がした。
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「おーい、澪ー!」
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手を振りながら走ってくる少年。
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黒髪の短髪。
日に焼けた肌。
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「海斗」
澪が小さくつぶやく。
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海斗は二人の前で止まる。
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「おはよ。って……誰?」
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ジェイクを見る。
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「昨日、流れてきた人」
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「……また?」
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海斗は少しだけ眉をひそめた。
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すぐに、いつもの顔に戻る。
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「まあいいか」
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ジェイクが言う。
「いやよくないだろ」
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海斗は笑う。
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「この町、そういうのあるんだよ」
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「“そういうの”ってなんだ」
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「うーん……」
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海斗は少し考えて、言った。
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「深く考えない方がいいやつ」
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ルカがぼそっと言う。
「雑だな」
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「だろ?」
海斗は笑う。
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そのとき。
近くの港から声が聞こえる。
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「海斗ー!準備できてるぞ!」
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海斗が振り返る。
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「今行く!」
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そしてジェイクを見る。
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「ま、とりあえず」
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「ここでは普通にしてればいい」
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「普通……?」
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海斗は少しだけ真面目な顔になる。
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「そう」
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「この町のやつらはさ」
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少し間をおいて、言う。
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「見ないふりして生きてるから」
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風が吹く。
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ジェイクの背中に、少し冷たいものが走る。
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「……見ないふり?」
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澪が小さく言う。
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「うん」
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「それが、この町の普通」
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沈黙。
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波の音だけが響く。
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海斗は、ふっと笑う。
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「でもさ」
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「悪い町じゃないよ」
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そう言って、走っていく。
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ジェイクは、その背中を見る。
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「……なんなんだ、この場所」
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そのとき。
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海が、わずかに揺れた。
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ほんの一瞬。
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だが確かに、
何かが“下”で動いた。
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ポセイドンの声が、静かに響く。
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「……気づいたか」
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ジェイクが振り返る。
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ポセイドンは、海を見ていた。
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「まだ、始まったばかりだ」
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その言葉は、静かだった。
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だが――
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確かに、不穏だった。
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蒼猫サンです
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