第056話 極振りヒーラー、砂漠探索と陽炎の祠
砂嵐が、ようやく収まった。
風が弱まり、砂が舞うのをやめる。洞窟の入口から、光が差し込んできた。
まるで、長い夜が明けたかのように。
「……終わった、かな」
ヒマワリが外を確認する。恐る恐る顔を出し、空を見上げた。
空は澄み渡り、太陽が再び姿を現していた。砂漠が、静かに広がっている。
先ほどまでの荒れ狂う風は、嘘のように消えていた。
「行こう」
二人は洞窟を出た。足を踏み出すと、砂がサラサラと音を立てる。
外に出ると――
「……わあ」
ステラが思わず声を上げる。
砂嵐で、砂の地形が変わっていた。砂丘の形が変わり、足跡も全て消えている。
まるで、世界が生まれ変わったかのような光景だ。
そして――
「あ、砂が綺麗に整ってる!」
ステラが嬉しそうに言う。目を輝かせながら、周囲を見回した。
砂嵐が過ぎ去った後、砂は完全に平らになっていた。
まるで、誰も踏んでいない真っ新な雪のように。
風に撫でられ、滑らかに整えられた砂の表面は、まさに自然が作り出した芸術だった。
「本当だ。まるでキャンバスみたい」
ヒマワリが微笑む。砂に手を伸ばし、その滑らかさを確かめた。
「何か描いてみたい!」
ステラが目を輝かせた。両手を組み、ワクワクした様子で言う。
「描く?絵を?」
「うん!こんなに綺麗な砂、勿体ないよ!」
ステラは杖の先で、砂に線を引き始める。サラサラと砂が動き、線ができていく。
「じゃあ、お互いの似顔絵でも描いてみる?」
「いいね!」
ヒマワリは少し離れた場所で、剣の柄で砂に絵を描き始めた。
真剣な表情で、慎重に線を引いていく。
まず、輪郭。丸く、柔らかい線で顔の形を描く。
ステラの優しい雰囲気を捉えるように、ゆっくりと。
次に、目。大きめに、可愛らしく。彼女の印象的な瞳を思い出しながら。
髪は長めに、ふんわりと。風に揺れる柔らかな髪を表現するように。
「……よし」
ヒマワリが完成させた絵は、それなりに可愛らしい似顔絵だった。
ステラの特徴を捉え、優しい雰囲気で描かれている。
デフォルメされた顔は、本人の雰囲気をよく表していた。
「できた!」
ヒマワリが満足そうに笑う。自分の作品を見つめ、頷いた。
一方、ステラは――
「……えいっ」
杖の先を砂に当て、慎重に線を引こうとする。
だが、杖先は小刻みに震え、砂の上に引かれた線は、すぐにガタガタと歪んでしまった。
手先の器用さを司るステータスがゼロでは、思い通りに線を引くことすらままならないのだ。
「まあ、いいか……」
ステラは諦めず、描き続けた。
多少歪んでも、気にしない。楽しければいい、と思いながら。
輪郭を描き――大きく歪んだ。
目を描き――位置がずれた。左右で高さが違う。
髪を描き――ぐちゃぐちゃになった。まるで、嵐に巻き込まれたかのような乱れ方だ。
そして――
「……できた!」
ステラが達成感に満ちた表情で言う。額に汗を浮かべながら、自信満々に胸を張った。
ヒマワリが近づいて、その絵を見た。
「……」
沈黙。言葉が出てこない。
そこに描かれていたのは――
輪郭は歪み、目は左右非対称。髪はまるで触手のように広がり、口は大きく裂けている。
どう見ても、人間には見えない。
まるで、魔王のような化け物だった。ホラーゲームに出てきそうな、禍々しい姿。
「ステラ…これ……なに?」
ヒマワリが恐る恐る尋ねる。
「ヒマワリちゃん…」
ステラが少し不安そうに言う。自分の作品を見つめ、首を傾げた。
「……ど、どうかな?」
「……」
ヒマワリは何と言えばいいのか分からず、困った表情を浮かべた
「……上手く描けた、かな……?」
「う、うん……」
ヒマワリは言葉を選ぶ。必死に褒め言葉を探しながら。
「個性的、だね」
「それ、褒めてる?」
「……たぶん」
「むぅ……」
ステラは頬を膨らませ、その場にちょこんと座り込んだ。
「絵、描くの難しい……」
「ま、まあ……DEXゼロだし、仕方ないよ」
ヒマワリが慰める。肩に手を置き、優しく笑いかけた。
「でも、思い出にはなったね」
「……うん」
ステラは立ち上がり、少し笑った。気を取り直したように、明るい表情を見せる。
「もう、ゲームで絵は描かない……」
「ははは……」
二人は笑い合い、気を取り直して次へと向かった。
ステラの絵を後に残し、砂漠の奥へと歩を進める。
その後――
二人が去った後、砂漠を探索していた別のプレイヤーたちが、その場所を通りかかった。
装備を整えた三人組のパーティーだ。
「おい、あれ見ろよ」
一人が指差す。
「何だあれ……魔王像?」
「隠しイベントか?」
「めっちゃ怖いんだけど」
プレイヤーたちは、ステラの絵を見つけてざわめいた。
その異様な姿に、何か特別な意味があると思い込んだ。
砂漠の真ん中に突然現れた不気味な絵は、彼らの好奇心を刺激する。
「あの絵、スクショ撮っとこう」
一人がメニューを開き、カメラ機能を起動する。
「砂漠の魔王イベント、って名前つけようぜ」
「攻略Wiki、更新しとく」
プレイヤーたちは興奮気味に話し合い、情報を記録し始めた。
その日の夜、ゲームの掲示板に一つのスレッドが立った。
『【新発見】砂漠で謎の魔王像イベント発見した件』
スレッドは瞬く間に伸び、多くのプレイヤーが反応した。情報が広まり、様々な憶測が飛び交う。
『これ何のイベント?』
『怖すぎるだろ』
『条件不明だけど、砂嵐後に出現する模様』
『砂漠の七不思議に追加しよう』
ステラの絵は、知らぬ間にゲーム内で「謎のイベント」として有名になっていた。
多くのプレイヤーが現地を訪れ、その不気味な絵を目撃することになる。
だが、当の本人たちは――
まだ、そのことを知らない。
夕方近く、次のオアシスに到着した。
太陽が傾き始め、空が少しずつオレンジ色に染まっていく。
「……あれ?」
ステラが首を傾げる。目を細め、前方を見つめた。
景色が、何だか歪んで見える。空気が揺らいでいて、物の輪郭がぼやけている。
まるで、水の中を覗いているかのような感覚だ。
「蜃気楼の次は陽炎かぁ」
ヒマワリが言う。手をかざし、揺らぐ空気を確認した。
オアシスは、これまでとは違っていた。
中央に小さな祠があるのは同じだが、その周囲が――
「砂に、埋まってる……?」
祠の大部分が砂に埋もれており、入口だけがかろうじて見えている状態だ。
まるで、長い時間をかけて砂に飲み込まれていったかのように。
「地図にあった、《陽炎の祠》だ」
「でも、入口が……」
ヒマワリは周囲を観察する。
目を凝らし、何か手がかりがないか探した。
祠の周囲には、複数の石柱が立っている。
五本の石柱が、円形に配置されていた。
そして、その石柱の頂上に――
「あれ、水晶……?」
小さな水晶が、石柱の上に乗っていた。
陽の光を受けて、キラキラと輝いている。
宝石のように美しく、神秘的な雰囲気を放っていた。
「何かの仕掛け、かな」
ステラが呟く。不思議そうに、水晶を見上げた。
ヒマワリは一つの石柱に近づき、水晶を触ろうとした。手を伸ばし、そっと触れる。
その瞬間――
水晶が微かに光った。淡い光が、一瞬だけ走る。だが、すぐに消える。
「……反応がない」
ヒマワリは首を傾げる。もう一度触れてみるが、やはり変化はない。
「私も触ってみる」
ステラが別の石柱の水晶に触れる。杖を使って、慎重に触れた。
やはり、微かに光るだけで何も起きない。
期待していた反応は、得られなかった。
「何だろう……」
二人は周囲の石柱を確認する。一本一本、じっくりと観察していく。
石柱は全部で五本。それぞれに水晶が乗っている。
均等に配置され、祠を囲むように立っていた。
「……あ」
ステラが気づく。目を見開き、水晶をよく見つめた。
「水晶の色、微妙に違う」
確かに、よく見ると水晶の色が少しずつ異なっていた。赤、青、黄、緑、白――五色の水晶だ。
それぞれが独自の色を持ち、淡く輝いている。
「これ、順番とかあるのかな?」
ヒマワリの提案で、まずは右から順に、次に左からと触れる順番を変えて試してみる。
考えられる組み合わせをすべて試してみたが、水晶は冷たい石の感触を返すだけで、相変わらず何の反応も示さない。
「……やっぱり、ただ触るだけじゃダメみたい」
「なら、二人で同時に触ってみようか」
「うん」
ヒマワリとステラは、それぞれ赤と青の水晶に近づいた。
石柱の前に立ち、構える。
「せーの」
二人が同時に触れる。タイミングを合わせ、一緒に手を伸ばした。
その瞬間――
水晶が僅かに光り、周囲の空気が少し揺らいだ。
「お、少し反応したね」
「でも、何も起きない……」
「もしかして、全部同時に触れないといけないのかな」
ステラが呟く。五本の石柱を見渡し、考え込んだ。
「全部……?でも、二人しかいないよ」
「あ……」
その時、ヒマワリが思いつく。
目が輝き、ステラを見た。
「待って。《蜃気楼》使えば……!」
「あ!そうだ!」
ヒマワリは《蜃気楼》を発動させ、三体の虚像が現れる。
本物と全く同じ姿、同じ装備。
本物と合わせて、四人のヒマワリが砂の上に立った。
「これで、四人。ステラと合わせて五人!」
「やってみよう!」
ヒマワリ本人が赤、虚像が青・黄・緑、ステラが白の水晶に位置する。
それぞれが石柱の前に立ち、水晶に手を伸ばす準備をした。
「せーの!」
五人が同時に水晶に触れた。完璧なタイミングで、一斉に触れる。
その瞬間――
五つの水晶が一斉に光り輝いた。
眩い光が辺りを満たし、祠全体を包み込む。
やがて光が収まると同時に、祠を覆っていた砂が一気に崩れ落ち、
埋もれていた全貌が姿を現した。
「おお……!」
祠の全体が姿を現す。
入口が開き、中が見えるようになった。
石造りの美しい祠が、完全な姿を現した。
「やった!」
二人は祠の中へと入る。足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
中は狭く、薄暗い。
だが、奥に小さな祭壇があり、その上に宝箱が置かれていた。
古びているが、しっかりとした造りの宝箱だ。
「見て、宝箱だ」
ヒマワリが蓋を開ける。
錆びついた蝶番が、ギィと音を立てた。
中には――
《スキルスクロール:陽炎》が一つ。羊皮紙に描かれた、複雑な紋様。
《古の宝石》が一つ。青白く輝く、美しい宝石。
そして、砂漠の全体地図が一枚。詳細に描かれた、貴重な地図だ。
「陽炎…またスキルスクロールだ」
ヒマワリがスクロールを手に取る。
「さっきの蜃気楼と対になってるのかな?」
ステラが覗き込む。興味深そうに、スクロールを見つめた。
「かもね」
ヒマワリはスクロールを確認し、書かれている説明文を読んでいく。
『指定範囲に揺らぎを発生させ、視界を歪ませるスキル。範囲内の敵の命中率が下がる。味方には影響なし』
「これ……さっきの陽炎と同じ効果みたい」
「敵の命中率が下がるんだ。いいね!」
ヒマワリがスクロールに視線を落とし、少しだけ迷ったように言った。
「……私が使っても、いいかな?」
ステラは一瞬きょとんとしてから、すぐに笑顔になる。
「うん!ヒマワリちゃん向きだと思うよ。前線で動き回るし、すごく相性いいと思う」
「ありがとう」
ヒマワリは頷き、スクロールを両手で持って意識を集中させた。
光がヒマワリを包み、スクロールが光の粒となって消える。
文字が浮かび上がり、体に吸い込まれていく。
知識が、スキルが、ヒマワリの中に刻まれていく。
「オッケー、習得完了」
「試してみようよ!」
ステラが期待の眼差しを向ける。目を輝かせ、ワクワクした様子で言った。
「うん」
ヒマワリは祠の外に出て、スキルを発動させた。深呼吸し、力を込める。
「《陽炎》!」
その瞬間――
周囲の空間が揺らぎ始めた。空気が歪み、景色がぼやける。
まるで、熱い空気が立ち上っているかのように、視界全体がゆらゆらと揺れた。
「わあ…景色が歪んで見える…」
ステラが驚いた様子で周囲を見回す。
手を伸ばし、揺らぐ空気を確かめようとした。
「でも、私は平気だね。味方には影響ないって書いてあったし」
「うん。これなら、敵の攻撃を避けやすくなりそう」
ヒマワリが微笑む。満足そうに、スキルの効果を確認した。
「蜃気楼と陽炎、両方使えば……」
「敵を混乱させて、攻撃も当たりにくくできる!」
「完璧だね」
二人は満足そうに頷き合った。
新しいスキルの可能性に、期待が膨らむ。
スキルを解除し、オアシスのほとりで休憩する。
祠の前に座り、一息ついた。
「今日、いろいろあったね」
ステラが笑う。楽しそうに、今日の出来事を振り返った。
「うん。砂時計の試練とか、砂嵐とか……」
「絵も描いたね」
「……あれは、忘れよう」
ヒマワリが苦笑する。
思い出したくない記憶を、頭から追い出そうとした。
二人は水を飲み、しばらく休んだ。池の水を手ですくい、冷たさを味わう。
太陽が傾き始め、空が赤く染まっていく。オレンジ色の光が、砂漠を照らした。
「……そろそろ、夜になるね」
「うん。今日はここまでにしよう」
二人は砂丘の頂上へと登った。
高い場所を目指し、一歩一歩砂を踏みしめる。
高い場所から、砂漠全体を見渡せる。地平線まで続く、黄金色の砂の海。
夕日が沈み、空が暗くなっていく。やがて、夜が訪れた。星が、一つ、また一つと輝き始める。
砂漠の夜空には、満天の星が輝いている。都会では決して見られない、圧倒的な数の星々。
「綺麗…こんな景色、リアルじゃ見られないよね」
ステラが呟く。星空を見上げ、うっとりとした表情を浮かべた。
「うん。ゲームだからこそ、だね」
ヒマワリが微笑む。同じように、星を見上げた。
二人は並んで座り、星を眺めた。
肩を寄せ合い、静かに夜空を見つめる。
静かな夜。風が、優しく二人を撫でていく。
砂漠の冷たい風が、心地よく肌を撫でた。
「今日の成果、確認しよう」
ヒマワリがメニューを開く。淡い光が、二人の顔を照らした。
宝石2個、新スキル2つ、装備品数点。
「今日は戦闘少なかったけど、すごく楽しかった」
「うん。探索メインも、たまにはいいね」
ステラが笑う。充実した一日を振り返り、満足そうに頷いた。
「残り時間、あと2日ちょっとだね」
「宝石、今どれくらい?」
ヒマワリがインベントリを確認し、宝石の数を一つ一つ数えていく。
「合計で…19個!」
「目標の20個まで、あと1個!」
「すごい!いいペースだね」
「うん。明日も頑張ろう」
「明日で達成できるかも!」
二人は頷き合い、星空を見上げた。
無数の星が、二人を見守っているかのように輝いている。
明日への期待。新しい冒険への予感。そして、目標達成への確信。
穏やかな夜が、砂漠の静寂とともに二人を包み込む。
こうして、砂漠での冒険の一幕は幕を下ろし、五日目が静かに終わりを告げた。
次は3/4 21時投稿予定
お楽しみに!




