第054話 極振りヒーラー、砂漠探索と蜃気楼の謎
夜風が湖面を撫でる。
二人は神殿の外、湖のほとりで野営をすることにした。
焚き火を囲み、今日の戦いを静かに振り返る。
「水鏡、強かったね」
ステラが火を見つめながら呟く。炎が揺れるたびに、その顔に淡い影が落ちた。
「うん。でも、勝てた」
ヒマワリは小さく笑う。疲れた表情の奥に、確かな充実感が滲んでいた。
「ステラの作戦のおかげだよ」
「ヒマワリちゃんが気づいてくれたからだよ」
二人は自然と笑い合い、夜空を見上げる。
満天の星が静かに瞬き、月明かりが湖面を照らして幻想的な光景を作り出していた。
「明日は、どこに行く?」
ステラが尋ねる。
「うーん……地図、見てみようか」
ヒマワリはメニューを開き、地図を表示する。淡い光が二人の顔を照らした。
「……あ」
「どうしたの?」
「この近くに砂漠地帯があるね」
ヒマワリが指差す。地図の端、湖から離れた場所に、茶色いエリアが広がっていた。これまで見てきた緑や青とは、明らかに異なる色だ。
「砂漠……」
ステラが興味深そうに覗き込む。
「こういう場所ってさ、だいたい宝が眠ってるのがお決まりなんだよね」
ヒマワリは楽しそうに言う。
「水の次が砂っていうのも、冒険してる感じするし」
「確かに」
ステラは頷いた。
「危険そうだけど……面白そう」
「でしょ? じゃあ次は、こっちに向かおう」
「うん!」
二人は顔を見合わせ、明日の行き先を決めた。
「じゃあ、今日はもう休もうか」
焚き火を弱め、交代で見張りをしながら眠ることにする。
静かな湖畔で、夜は穏やかに更けていった。
翌朝。
朝日が湖面を照らし、キラキラと輝いている。
二人は簡単に朝食を済ませ、湖を後にした。砂漠地帯へと向かう。
最初は緑豊かな草原だった。
風が草を揺らし、小鳥のさえずりが聞こえる。柔らかな土を踏みしめながら、二人は並んで歩いた。
だが、進むにつれて景色が変わっていく。
草の背丈が低くなり、色が薄くなる。鮮やかな緑は、くすんだ黄緑へと変化していった。
土の色も、茶色から黄色へと変化していく。足元の感触も、少しずつ変わっている。
「だんだん、乾いてきたね」
ステラが周囲を見回す。空気も、乾燥してきた気がする。
「植物も、少なくなってる」
ヒマワリが指差す。
草はまばらになり、代わりにサボテンのような多肉植物が増えてきた。
針を持つ、水を蓄えた姿。乾燥に適応した植物たちだ。
地面も、土から砂へと変わっている。
踏むたびに、サラサラとした感触が足に伝わる。
「もうすぐ、砂漠かな」
「みたいだね」
さらに進むと――
視界が開けた。
「……わあ」
ステラが思わず声を上げる。
目の前に広がるのは、一面の砂漠だった。
黄金色の砂が、どこまでも続いている。地平線まで、途切れることなく。
太陽の光を反射し、眩しいほどに輝いていた。まるで、黄金の海のようだ。
「綺麗……」
「でも、暑そうだね」
ヒマワリが額の汗を拭う。草原より、明らかに気温が高い。
「行こう」
二人は砂漠へと足を踏み入れた。
その瞬間――
「あれ…?」
ステラの体が、ぐらりと傾いた。
「足が、重い…!」
足が砂に沈み込み、動かしにくい。一歩踏み出すごとに、砂が足首まで覆ってくる。
まるで、足を掴まれているような感覚だ。
「どうしたの?」
「足が……砂に、取られる……!」
ステラは必死に歩こうとするが、数歩でバランスを崩した。体が傾き、倒れそうになる。
「わっ――」
ヒマワリが慌てて支える。腕を掴み、体を支えた。
「大丈夫?」
「う、うん……でも、歩けない」
ステラは困ったように笑う。こんなに歩きにくいとは、思わなかった。
「AGI、ゼロだから……砂地、すごく歩きにくい」
「……なるほど」
ヒマワリは納得したように頷く。
砂地は、足場が不安定だ。一歩ごとに砂が動き、バランスを取るのが難しい。
通常のプレイヤーでも歩きにくいが、AGIがある程度あればバランスを取れる。
素早く足を動かし、体勢を立て直せる。
だが、AGIがゼロのステラには――移動そのものが困難なのだ。
「どうしよう……」
ステラが困惑する。このままでは、砂漠を進めない。
ヒマワリは少し考えてから、背中を向けた。
「背中、乗って」
「え?」
「おんぶ。そうすれば、進める」
「で、でも……重いよ?」
「平気だよ。ステラは軽いし」
ヒマワリが笑う。肩越しに振り返り、ステラを見た。
「それに、私のAGI、高いから。砂地でも問題なく動ける」
「……ありがとう」
ステラはヒマワリの背中に乗った。腕を首に回し、体を預ける。
「よいしょ……」
ヒマワリが立ち上がる。膝に力を込め、ゆっくりと体を起こした。
「重くない?」
「全然。むしろ、軽すぎて心配になるくらい」
「そんなことないよ!」
ステラが笑う。頬を少し膨らませた。
ヒマワリは砂漠を歩き始めた。
確かに、足は砂に沈むが、AGIの高さで難なく進める。素早く足を動かし、体重を分散させる。
ステラを背負っていても、速度はほとんど落ちない。むしろ、一人で歩いているときと変わらない速さだ。
「それに、景色がよく見えるでしょ?」
「うん!すごく綺麗!」
ステラは高い視点から、砂漠を見渡す。
黄金色の砂が、波のように続いている。風が砂を撫で、小さな波紋を作っていた。
所々に岩が突き出し、遠くには砂丘が連なっている。その向こうには、空が広がっていた。
「こんな景色、初めて見た」
「私も」
二人は和やかに会話しながら、砂漠を進む。風が髪を揺らし、砂が足元でサラサラと音を立てる。
時折、モンスターが現れるが――
砂の中から飛び出すサソリのようなモンスター。小さいが、素早い動きで襲いかかってくる。
「《フェニックス・フレア》!」
ステラがおんぶされたまま魔法を放ち、撃退する。
不死鳥の炎がサソリに直撃し、光の粒となって消えた。
「このスタイル、意外と悪くないかも」
ヒマワリが笑う。
「私が移動して、ステラが攻撃」
「役割分担、バッチリだね!」
しばらく進むと――
「……あれ?」
ステラが前方を指差す。
遠くに、何かが見える。揺らめく、不確かな影。
緑の影。
水面の反射。
「オアシス……?」
ヒマワリが目を凝らす。確かに、オアシスのように見える。
「でも、複数ある」
確かに、同じようなオアシスの影が、あちこちに見える。一つ、二つ、三つ――数えきれないほど。
「どれが本物なんだろう」
「とりあえず、近づいてみよう」
ヒマワリは一番近い影に向かって歩く。砂を踏みしめ、一歩一歩進んだ。
だが――
近づくにつれ、影が薄くなり――
やがて、消えた。まるで、最初から存在しなかったかのように。
「……消えた?」
「蜃気楼、かな」
ヒマワリが呟く。光の屈折で見える、幻の景色。
「じゃあ、全部偽物……?」
「それとも、どれかが本物?」
二人は周囲を見渡す。
オアシスの影は、まだいくつか見える。どれも同じように、水と緑を映している。
だが、どれが本物なのか、見分けがつかない。
「……影の動き方、よく見てみよう」
ステラが提案する。ヒマワリの肩越しに、じっと影を見つめた。
「動き方?」
「うん。蜃気楼なら、光の加減で揺らぐはず。でも、本物なら――」
「動かない、か」
ヒマワリは頷き、じっと影を観察する。目を凝らし、一つ一つの影を確認していく。
いくつかの影は、確かに揺らいでいる。光の反射で、位置が微妙に変わっている。
「……あれ」
ヒマワリが一つの影を指差す。
「他のと違って、一定の場所にとどまってる」
「ほんとだ……」
ステラも確認する。二人で同じ方向を見つめた。
その影だけは、全く揺らがない。風が吹いても、光が変わっても、同じ場所にある。
まるで、本当にそこに存在しているかのように。
「あれが、たぶん本物だ」
「行ってみよう!」
ヒマワリはその方向へと向かった。背中のステラをしっかりと支え、砂漠を進む。
砂丘を越え、岩を迂回し――
やがて、視界が開けた。
「……あった」
目の前に、オアシスが広がっていた。
小さな池。透き通った水が、静かに湛えられている。
その周りに、ヤシの木が生えている。緑の葉が風に揺れ、心地よい音を立てていた。
水は透き通り、底まで見える。小さな魚が、ゆっくりと泳いでいた。
「本物だ……!」
ステラが嬉しそうに声を上げる。
ヒマワリはオアシスのほとりまで歩き、ステラを下ろした。
足が砂に触れる感触。やはり、歩きにくい。
「ふぅ……」
二人は同時に息を吐く。長い道のりだった。
「疲れた?」
「ちょっとだけ。でも、大丈夫」
ヒマワリが笑う。肩を回し、体をほぐした。
「それより――」
ステラが池の中央を指差す。
「あれ、何?」
池の中央に、小さな祠が立っていた。
石で作られた、簡素な造り。だが、どこか神聖な雰囲気を纏っている。
そして、その前には石碑が一つ。古びているが、崩れてはいない。
「行ってみよう」
二人は池の浅い部分を歩いて、祠へと近づく。水が足を濡らし、冷たさが心地よい。
石碑には、古代文字のようなものが刻まれていた。
複雑な模様と、象形文字のような見たことのない記号。
「……読めない」
ヒマワリが首を傾げる。
「私も……」
ステラも困惑する。何か重要なことが書かれている気がするが、理解できない。
だが――
「あ、宝箱」
石碑の下に、小さな宝箱が置かれていた。砂に半分埋もれているが、しっかりと存在している。
「開けてみよう」
ヒマワリが蓋を開ける。錆びついた蝶番が、ギィと音を立てた。
中には――
スクロールが一つ。羊皮紙のような、古い紙。
そして、地図が一枚。砂色の紙に、複雑な線が描かれている。
「スキルスクロール……《蜃気楼》?」
ヒマワリがスクロールを手に取る。軽く、しかし丈夫な手触りだ。
「蜃気楼…さっきの現象と同じ名前だ」
「どんなスキルなんだろ」
ステラが興味深そうに覗き込む。ヒマワリの隣に座り、一緒にスクロールを見た。
スクロールには、簡単な説明が書かれていた。流れるような文字で、丁寧に綴られている。
『自分の虚像を作り出すスキル。虚像は攻撃できないが、敵の注意を引くことができる』
「……これ、使えそう」
ヒマワリが呟く。目を輝かせた。
「覚えてみる?」
「うん、試してみる」
ヒマワリはスクロールを使用した。スクロールを両手で持ち、意識を集中させる。
光がヒマワリを包み――文字が浮かび上がり、体に吸い込まれていく。
スクロールが光の粒となって消える。役目を終え、風に溶けていった。
「……習得、完了」
ヒマワリがメニューを確認する。
スキル欄に、《蜃気楼》が追加されていた。新しいスキルの文字が、淡く光っている。
「ねえ、こっちの地図も見てみよう」
ステラが地図を広げる。砂色の紙が、風に揺れた。
「……砂漠地帯の地図だ」
ヒマワリが覗き込む。
地図には、砂漠全体が描かれていた。オアシスの位置、砂丘の配置、そして――
「これ……《砂時計の試練》?《陽炎の祠》?」
二つの場所が、印で示されていた。
「試練と祠……何かありそうだね」
「うん。行ってみる価値はありそう」
二人は地図を確認し、頷き合った。
「じゃあ、まずは《蜃気楼》を試してみよう」
ヒマワリは少し離れた場所に移動し、スキルを発動させた。砂の上に立ち、深呼吸する。
「《蜃気楼》!」
その瞬間――
ヒマワリの周りに、三体の虚像が現れた。
全く同じ姿、同じ装備。同じ表情、同じ構え。
本物と区別がつかない。光の加減も、影の落ち方も、完璧に再現されている。
「わあ!ヒマワリちゃんが4人!」
ステラが目を輝かせる。立ち上がり、四人のヒマワリを見比べた。
ヒマワリが歩くと、虚像も同じように歩く。右足を出せば虚像も右足、左手を上げれば虚像も左手。
剣を構えると、虚像も剣を構える。角度も、力の入れ方も、全く同じだ。
完璧なシンクロだ。まるで、鏡の中に入り込んだかのような光景。
「どれが本物か、全然分からない…!」
「でしょ?」
ヒマワリが笑う。四人同時に笑う姿は、不思議な光景だ。どれも同じ笑顔、同じ声。
「これ、戦闘で使えそう」
「うん!敵を混乱させられる!」
ステラが嬉しそうに拍手する。新しいスキルの可能性に、ワクワクしている。
ヒマワリはスキルを解除し、虚像を消した。光が揺らぎ、三体の虚像が消えていく。
「よし、ちょっと休憩してから次に行こう」
「うん!」
二人はオアシスのほとりに座り、池の水を手ですくって飲む。透明で冷たい水だ。
「冷たい……!」
ステラが嬉しそうに声を上げる。
喉を潤す水が、体の芯まで染み渡っていく。砂漠の暑さで乾いた体に、優しく染み込んでいった。
「美味しいね」
「うん。すごく綺麗な水」
ヒマワリも手で水をすくい、ゆっくりと飲む。疲れが、少しずつ癒えていく感覚だった。
「砂漠、思ったより大変だね」
「でも、楽しい」
ステラが笑う。砂を手に取り、サラサラと落とした。
「地図に書いてあった場所、行ってみようか」
「うん。まずは……どっちに行く?」
ヒマワリが地図を確認する。
「《砂時計の試練》が近いかな。そっちから行ってみよう」
「了解!」
二人は休憩を終え、再び砂漠へと向かった。
ステラはヒマワリの背中に乗り、前方を見据える。地平線の向こうを、じっと見つめた。
次は3/2 21時投稿予定
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