第052話 極振りヒーラー、水の神殿3
階段を上がりきると、第三層が姿を現した。
これまでの階層とは、明らかに雰囲気が違う。
天井は高く、壁には複雑な紋様が刻まれている。
床の水は透き通り、その下には光る鉱石のようなものが敷き詰められていた。
「……きれい」
ステラが思わず呟く。
徘徊モンスターの気配はない。
水音も、下の階層より穏やかだ。
だが、その静けさが逆に不気味だった。
まるで、何かが息を潜めて待ち構えているような。
「進もう」
二人は慎重に歩を進める。
最初の広間に差し掛かったとき、前方に人影が見えた。
――いや、人ではない。
水で形作られた騎士のような姿。
片手に剣、もう片手に盾を構えている。
その立ち姿は、まるで彫像のように静かで、しかし確かな敵意を放っていた。
「敵、だね」
ヒマワリが剣を抜く。
騎士は無言のまま、二人に向かって歩み寄る。
その動きは滑らかで、機械的ではない。
まるで、生きた戦士のように。
「行くよ!」
ヒマワリが《加速》で踏み込んだ。一気に距離を詰め、騎士の懐に飛び込む。
「《サンダーラッシュ》!」
雷を纏った三連撃が騎士の胴を切り裂く。
だが、騎士は怯む様子もなく盾を構え直した。手応えが、思ったより重い。
「硬い……!」
ステラが後方から支援に回る。
杖を掲げ、すぐさま詠唱する。
「《プロテス》!」
防御強化の光がヒマワリを包む。
騎士が剣を振るった。横薙ぎの一撃が空気を裂く。
ヒマワリは《加速》で回避し、騎士の死角に回り込んだ。
「《ウィンドスラッシュ》!」
風の刃が騎士の腕を削る。水でできた装甲が、わずかに崩れた。
その瞬間――
騎士の目が、赤く光った。
「え?」
ステラの視界に、何かが映り込む。
騎士の額に埋め込まれた、小さな水晶のようなもの。それが、一瞬だけ強く輝いた。
光の線が、ステラの体を走る。
「……今、何?」
ステラが首を傾げる。体を確認するが、特に変化はない。
痛みも、状態異常の表示もない。ただ、妙な感覚だけが残った。
「ステラ、気にしてる場合じゃないよ」
ヒマワリが騎士との距離を詰める。剣を構え直し、体に力を込めた。
「《ストームスタンス》!」
風と雷を纏い、連続攻撃を叩き込む。騎士の動きが鈍くなる。
「《フェニクス・フレア》!」
ステラの炎が直撃し、騎士は光の粒となって消えた。
「……ふぅ」
二人は息を整える。戦闘は短かったが、妙な緊張感があった。
「さっきの光、何だったんだろ」
ステラが不思議そうに自分の体を見る。
「何も起きなかったけど……」
「……うん」
ヒマワリは騎士が消えた場所を見つめる。床に残る水の痕跡を、じっと見つめていた。
「何も起きなかった、ね」
その言葉には、わずかな引っ掛かりがあった。
「何か、気になること?」
「いや……」
ヒマワリは首を振る。表情を和らげようとするが、眉間の皺は消えない。
「嫌な予感、かな」
「予感?」
「うん。理由はないんだけど……何か、見られた気がした」
ステラは少し考えてから、明るく笑った。
「でも、大丈夫だったし!気にしすぎじゃない?」
「……そうだね」
ヒマワリは表情を緩める。
「とりあえず、進もう」
通路を抜けると、また別の広間に出た。
そこには、弓を持った水の兵士が三体、整列して待ち構えていた。
まるで、二人の到着を予期していたかのように。
「今度は複数……!」
ヒマワリが身構える。
兵士たちが一斉に矢を放った。
水でできた矢が、空気を切り裂いて飛んでくる。
その速度は、思った以上に速い。
「《ヒール》!」
ステラが自分を回復し、バリアを展開する。
矢がバリアに当たり、反射ダメージが発生した。
一体の兵士がよろめく。
「よし、一体削れた!」
ヒマワリは《跳躍》で高く飛び上がり、兵士との距離を一気に詰めた。
空中から剣を振り下ろす。
「《サンダーラッシュ》!」
雷を纏った三連撃が一体目を貫く。兵士は光となって霧散した。
残りの二体が、狙いを定めて再び矢を放つ。
ヒマワリは身を低くして回避するが――
「ステラ、避けて!」
矢の一本が、後方のステラに向かって飛んでくる。
「えっ――」
ステラは慌てて横に飛ぶ。だが、AGIがゼロのステラに、回避は間に合わない。
体が思うように動かない。
矢がバリアに当たり、弾かれる。
その瞬間――
また、あの光だ。
兵士の一体が、額の水晶を輝かせる。光の線が、ステラの体を再び走った。
「……また?」
ステラが戸惑う。今度も、何も起きない。ステータスに変化はない。
だが、確かに"何か"が起きている気がした。胸の奥に、小さな違和感が残る。
「ステラ、下がって!」
ヒマワリが叫びながら、残る兵士へと駆ける。剣を構え、風を纏わせた。
「《ウィンドスラッシュ》!」
風の刃が二体目を切り裂く。
「《サンダーボルト》!」
残る一体に雷撃を放ち、殲滅する。兵士たちが光となって消え、広間に静寂が戻った。
「……ねえ、ヒマワリちゃん」
ステラが不安そうに尋ねる。杖を握る手に、わずかな力が入る。
「さっきの光、やっぱり何かあるのかな」
「分からない。でも、ダメージはないし、状態異常も出てない」
ステラはメニューを開き、ステラのステータスを確認する。
数値を一つ一つ丁寧に見ていくが――
「ステータスも変わってない。見た限りでは、何も……」
だが、その表情は硬い。眉間に深い皺が刻まれている。
「でも、気をつけよう。何かの仕掛けかもしれない」
「うん……」
二人は警戒を強めながら、奥へと進む。足音を殺し、周囲に注意を払いながら。
次の広間は、これまでで最も広かった。
中央には、大きな円形の台座があり、その上に水の魔術師のような姿をしたモンスターが立っていた。
杖を持ち、長いローブを纏っている。
顔は見えないが、その存在感は他の敵とは一線を画していた。
「……強そう」
ステラが息を呑む。
魔術師が杖を振るった。ゆっくりとした動作だが、それが却って不気味さを増す。
水の刃が複数、二人に向かって飛んできた。その数は、これまでの敵とは比べ物にならない。
「散開!」
ヒマワリが右へ、ステラが左へ飛ぶ。
水刃が床を削り、深い溝を作った。もし直撃していたら、ただでは済まなかっただろう。
「《フェニクス・フレア》!」
ステラが反撃する。不死鳥の炎が魔術師を包むが、すぐに水の壁が展開され、ダメージを軽減した。
壁が蒸気となって立ち昇る。
「防御も高い……!」
ヒマワリは《ストームスタンス》を発動させ、接近を試みる。
風と雷を纏い、一気に距離を詰めようとするが――
魔術師の周囲には水流が激しく渦巻き、近づくことができない。
まるで、見えない壁があるかのように。
「遠距離タイプか……!」
ヒマワリは剣を構え直す。接近戦が難しいなら、魔法で勝負するしかない。
「《サンダーボルト》!」
雷撃を放つ。魔術師は杖で受け止めるが、完全には防ぎきれない。電撃が体を這った。
「効いてる!」
ステラも詠唱を続ける。杖を高く掲げ、炎の力を集めた。
「《フェニクス・フレア》!」
再び炎を放つ。今度は水の壁を突き破り、魔術師の体にダメージが入る。
魔術師が杖を高く掲げた。その先端が、青白く輝く。
天井から、水の槍が次々と降り注いだ。雨のように、容赦なく。
「まずい……!」
ヒマワリは《加速》で回避する。水槍が床に突き刺さり、砕ける。
だが、ステラは――
「《ヒール》!」
自分を回復し、バリアを最大まで展開する。光の膜が体を包んだ。
水槍がバリアに当たり、激しい衝撃が走る。反射ダメージが魔術師に返り、その体が揺らいだ。
そして――
また、あの光。
魔術師の額に埋め込まれた、大きな水晶が輝く。
これまでの敵よりも、明らかに強い光だ。
光の線が、ステラを貫いた。
三度目だ。
「……っ」
ステラは、今度ははっきりと感じた。何かが、自分から"抜かれた"ような感覚。
胸の奥から、何かが引き出されていくような――
「ステラ!?」
ヒマワリが心配そうに振り返る。
「大丈夫……だと思う」
ステラは首を振る。体に異常はない。だが、違和感だけが残っている。
「でも、やっぱり何か、変な感じがする」
「とにかく、早く倒そう!」
ヒマワリは魔術師に向かって駆けた。剣を握る手に力を込める。
「《ウィンドスラッシュ》!《サンダーラッシュ》!」
風と雷の連続攻撃を叩き込む。魔術師の防御が崩れる。
「《フェニクス・フレア》!」
ステラの炎が追撃し、魔術師は光となって消えた。
広間に、再び静寂が訪れる。ただ、水音だけが響いていた。
「……はぁ……」
二人は同時に息を吐く。
「三回も、あの光に当たっちゃったね」
ステラが呟く。不安げに自分の体を見下ろした。
「うん……」
ヒマワリは眉を寄せる。考え込むように、腕を組んだ。
「何も起きてないように見えるけど……」
「でも、何かあるよね、絶対」
その時、前方の壁が、ゆっくりと開いた。
奥から漏れてくるのは、青白い光。
そして、重厚な水音。
これまでとは明らかに異なる、強い気配が漂っている。
「……ボス部屋、かな」
ヒマワリが静かに言う。
「たぶん、ね」
ステラは杖を握り直す。手のひらに、じっとりとした汗が滲んだ。
「あの光のこと、ボスと関係あるのかな」
「分からない。でも――」
ヒマワリは剣を抜く。刀身が、青白い光を反射した。
「進むしかない」
「……うん」
二人は頷き合い、開いた扉の向こうへと歩を進めた。
青白い光が二人を包み込む。
その先にあったのは、壁も天井も見えない、ただ広大な「何もない」部屋だった。
足元には、どこまでも平坦な水面が広がっている。
鏡のように澄んだその場所は、波紋一つ立てることなく、二人の姿を静かに映し出していた。
ステラが感じた違和感の正体は・・・?
次は2/28 21時投稿予定
お楽しみに!




