第048話 極振りヒーラー、巨大魚ダンジョンの探索3
中ボスが光の粒子となって霧散した瞬間、洞窟の奥に垂れ下がっていた水の膜が、すうっと消え去った。
「あ……道、できてる」
最初に声を上げたのはステラだった。
「本当ですね。先ほどまで、完全に遮断されていましたのに」
ティアが弓を下ろしながら、奥を覗き込む。
「中ボス討伐で解放、って感じかな」
ヒマワリが剣を肩に担ぎながら言う。
「おそらく、その認識で合っていると思います」
ティアは小さく頷き、ふとステラに視線を向けた。
「……あの、少しよろしいでしょうか」
ティアが静かに手を挙げた。
「先ほど使用されていた《挑発》について、お伺いしたいのですが」
「うん、なに?」
ステラが首を傾げる。
「ステラさんはヒーラー職ですよね。にもかかわらず、前衛用のスキルを所持されている理由が気になりまして」
「あー……それね」
ステラは少し考えてから、照れくさそうに笑った。
「それ覚えたの、まだソロしかしてなかった頃なんだ」
「ソロ、ですか?」
ティアが猫耳をぴくりと動かす。
「うん。回復職だと火力がなくて、敵を倒せないことが多くて……」
「ああ、回復職の宿命ですね」
ティアが頷く。
「それで、バリア張って反射ダメージで倒してたら、いつの間にか《挑発》覚えてたんだよね」
「……なるほど」
ティアはゆっくり頷いた。
「スキル習得条件を確認したことがあるのですが、"一定時間、敵の攻撃を一身に受け続ける"というものでしたね」
「うん、それ見た。でも、まさか自分が条件満たしてるとは思わなくて……」
「つまり……」
ティアは言葉を選びながら続ける。
「ステラさんは、敵を倒すために耐えていたら、無意識にタンクの立ち回りをしていた、ということです。……ですが、理屈としては、納得できました」
ティアの猫耳が、満足そうに揺れる。
「さて、先に進みましょうか」
三人は奥へと進んでいく。
通路の先は、巨大な空洞だった。
天井から淡く発光する水滴が落ち、中央には湖のような水溜まりが広がっている。
空気は湿っており、呼吸するたびに生臭い匂いが鼻をつく。
その湖面が、不気味に波打っている。
「……あそこ、ボス部屋ですね」
ティアが静かに告げた。
「みたいだね。じゃあ、準備しよう」
ヒマワリが剣を構える。
「バフかけるね!《プロテス》!」
ステラが杖を掲げ、光が三人を包み込み、VITが大幅に上昇する。
「《ヒール》!《再生の祝炎》!」
さらにステラ自身に回復魔法をかけ、《リストア・ヴェール》のバリアを展開する。
《再生の祝炎》の温かな炎が全身を包み込み、時間経過でHPが回復する効果が付与される。
「じゃあ、行こう」
三人は慎重に空洞へと足を踏み入れた。
その瞬間――湖面が激しく波打った。
水面から姿を現したのは、半透明の巨大クラゲだった。
全長は3メートルほど。
傘の内側で雷光が脈動し、三本の触手が湖奥――巨大魚の肉壁へと繋がっている。
《ストーム・メデューサ》
ヒマワリが《加速》を発動させ、クラゲへと突進する。
「《サンダーラッシュ》!」
雷の三連撃が、クラゲの傘を切り裂く。
――ダメージが表示される。
だが――傷口が、みるみる塞がっていく。
「え……!?回復してる!」
ヒマワリが再び斬りかかる。
「《ウィンドスラッシュ》!」
風を纏った斬撃が、クラゲを切り裂く――
だが、やはり傷は瞬時に塞がる。
その瞬間、クラゲに繋がれた三本の触手が、ドクン、ドクンと脈動した。
「……あれです」
ティアが触手を指差す。
「触手が脈動するたびに回復している……おそらく、触手を通じて栄養を吸収しているんです」
「じゃあ、触手を断てば回復が止まる!?」
「その可能性が高いです。触手を狙いましょう」
ティアが矢を番え、触手を狙う。
「《シャープ・アロー》!」
矢が触手に突き刺さる――だが、触手は思ったよりも硬い。
「……一撃では断てません」
その時――クラゲの傘が発光した。
ビリビリと電撃が走り、小型のクラゲが次々と生成される。
「っ!増えた!」
小型クラゲが三人へと飛来してくる。
「《ヒール》!」
ステラが自分自身に回復魔法をかけ、バリアを強化する。
小型クラゲがバリアに触れた瞬間――
バチンッ!
電撃が弾け、バリアが削られる。
「ステラ!大丈夫!?」
「う、うん……バリアで防げてる……!」
だが――小型クラゲは次々と襲いかかってくる。
「《ウィンドスラッシュ》!」
ヒマワリが風を纏った斬撃で小型クラゲを薙ぎ払う。
その瞬間――床から緑色の液体が湧き出してきた。
「っ!?何これ!?」
「胃酸……!?」
ティアが叫ぶ。
緑色の液体がステラとティアの足元を這い上がる。
「うわっ……!」
ステラのHPバーに、紫色の状態異常アイコンが表示され、じわりじわりとHPが削られていく。
【状態異常:酸蝕】
「継続ダメージ……!」
ティアも同じく状態異常に陥る。
「《クリーンセンス》!」
ステラが咄嗟にスキルを発動させる。
光が体を包み込み、状態異常が解除される。
「ティアちゃんも!《クリーンセンス》!」
ステラがティアにも状態異常解除をかける。
「助かります!」
一方――ヒマワリは《加速》と《跳躍》を駆使し、胃酸の流れを読んで回避していた。
「これ、床全体に広がる前に倒さないとまずいね!」
「私が小型クラゲを処理します!ヒマワリさんは触手を!」
ティアが矢を連射し、小型クラゲを次々と撃ち落とす。
「了解!」
ヒマワリは《加速》で触手へと接近する。
「《ソニック・ブレイク》!」
素早い二連撃が、触手を切り裂く。
だが――触手は硬く、一撃では断てない。
「もう一発!《サンダーラッシュ》!」
雷の三連撃が、触手を貫いた。
一本目の触手が、ぷつりと切れた。
「よし!一本断った!」
だが――その瞬間。
巨大クラゲの傘が、激しく発光した。
「っ!?何か来る!」
床が雷光に包まれ始める。
バチバチと電撃が床全体を走り、ステラとティアのHPが削られる。
ヒマワリは直感に従って、《跳躍》で飛び上がり、電撃を回避する。
「範囲攻撃……!感電フィールドです!」
ティアが叫ぶ。
「《ヒール》!」
だが――《プロテス》と《再生の祝炎》の効果で、ダメージは許容範囲内に抑えられるが、胃酸が再び湧き出してくる。
「また胃酸!」
ヒマワリは《跳躍》で胃酸を回避するが、ステラとティアは再び状態異常に陥る。
「《クリーンセンス》!」
ステラが自分とティアの状態異常を解除する。
「ありがとうございます!」
「耐えられる……!このまま触手を断つよ!」
ヒマワリが二本目の触手へと斬りかかる。
「《ウィンドスラッシュ》!《ソニック・ブレイク》!」
連続攻撃が、触手を切り裂く。
二本目の触手が断たれた。
「あと一本!」
その時――巨大クラゲが触手を振り回し、ステラへと襲いかかった。
「ステラ!」
「《挑発》!」
ステラが杖を掲げ、淡い赤の衝撃波が広がる。
巨大クラゲの視線が、ステラへと向く。
触手と小型クラゲが、一斉にステラへと集中する。
小型クラゲがバリアに次々と体当たりし、電撃を放つ。
バリアが激しく削られていく――
だが、《再生の祝炎》の効果で、継続的に回復が入り、バリアの耐久力を上げていく。
そして、小型クラゲの攻撃を受けたことで、そのダメージがエネルギーに変換され、ステラの体が眩く輝き始めた。
「《セラフィック・リザーブ》」
蓄積された光の力が、聖属性の爆発として解き放たれる。
轟音と共に、ステラを取り囲んでいた小型クラゲが光の粒となって消え去った。
「今だ!最後の触手!」
ヒマワリが《ストームスタンス》を発動させ、風と雷を纏う。
「《サンダーラッシュ》!」
雷の三連撃が、最後の触手を貫いた。
三本目の触手が断たれる。
「全部断った!」
巨大クラゲの回復が止まる。
だが――その瞬間。
巨大クラゲの体が、ゆらりと浮き上がった。
「っ!?動いた!?」
「触手が拘束の役割も果たしていたんです!」
ティアが叫ぶ。
巨大クラゲの傘が激しく発光し、雷のレーザーが、一直線にヒマワリへと放たれた。
「危ない!」
ヒマワリは《加速》で横に飛び、紙一重で回避する。
レーザーが壁を焦がし、煙が上がる。
「レーザー攻撃……!速い!」
巨大クラゲが再び傘を光らせ、今度はティアへと雷のレーザーを放つ。
「くっ……!」
ティアは咄嗟に横へ転がり、回避する。
「《ヒール》!」
ステラがティアのHPを回復する。
「動き回られると、倒しにくい……!」
ヒマワリが舌打ちする。
巨大クラゲが再びレーザーを放とうと、傘を光らせる。
「今なら倒せます!総攻撃!」
ティアが矢を連射する。
ヒマワリが《加速》で接近し、連続攻撃を叩き込む。
「《ウィンドスラッシュ》!《ソニック・ブレイク》!《サンダーラッシュ》!」
巨大クラゲのHPバーが、みるみる削られていく。
巨大クラゲが最後の抵抗とばかりに、雷のレーザーを乱射する。
ヒマワリは《跳躍》と《加速》を駆使し、全てのレーザーを回避する。
「ステラ!トドメ!」
「うん!《不死鳥》!」
ステラが杖を高く掲げると、魔力が爆発する。
「《フェニクス・フレア》!」
轟音と共に、巨大な不死鳥の炎が巨大クラゲへと襲いかかった。
炎がクラゲの全身を包み込み――
巨大クラゲが、光の粒子となって消えていった。
「……やった」
三人は同時に息を吐く。
その瞬間――空間全体が激しく揺れ始めた。
「え……?」
「まずい……!」
床が傾き、湖の水が逆流し始める。
「外へ吐き出される……!」
三人の体が、激流に飲み込まれた。
「うわああああっ!!」
視界が真っ暗になり――
次の瞬間、三人は湖面へと叩き出されていた。
バシャァァン!
「ぷはっ……!」
水面を割って、ステラが必死に顔を出す。
「ぷはっ……! た、助けて……! およ、泳げない……!」
手足をばたつかせるが、体は沈みも浮きもせず、その場でもがくだけだった。
「ステラ!」
ヒマワリが叫び、すぐさま水に飛び込む。
「今行くから! 動かないで!」
「む、無理……沈む……!」
ヒマワリはステラの背中に回り、しっかりと体を支える。
「つかまって。力抜いていいから!」
「う、うん……!」
ヒマワリに引かれ、ステラの体がようやく前へ進き出す。
少し遅れて、ティアも無言のまま泳ぎ、岸を目指した。
やがて三人は、岸辺に這い上がる。
「はぁ……っ、はぁ……」
水を滴らせながら、ステラはその場にへたり込んだ。
「……さすがに疲れた」
ヒマワリが大きく息を吐く。
ティアは服についた水を軽く払いつつ、二人を見て小さく首を傾げた。
「……AGIが0に近いと、水中移動はかなり厳しい仕様なのですね」
「あ、うん……」
ステラは申し訳なさそうに視線を落とす。
「体が全然、言うこときかなくて……」
「……ステラさんのビルドだと、水中ではかなり厳しいですね。仕様上、仕方ありません」
ティアは淡々と言い、ふと足元に目を向けた。
「あ……これは」
砂浜の上に、淡く光るものが転がっている。
月明かりを受けて、《古の宝石》が三つ、静かに輝いていた。
「宝石だ!」
ステラがぱっと顔を上げる。
「ボスを倒したから、ここに出たのかな?」
「その可能性が高いですね」
ティアが頷く。
「討伐完了後、元の地点へ転送される仕様のようですし」
「じゃあ……」
ステラは三つの宝石を見比べて、にこっと笑った。
「三人で倒したんだから、一人一つずつでどうかな?」
「公平ですね」
「うん、それでいい」
三人はそれぞれ宝石を拾い上げる。
「これで、少し集まったね」
ヒマワリが満足そうに言う。
「無事にクリアできて、何よりです」
ティアも小さく微笑んだ。
「うん……ほんとに」
ステラも頷く。
少しの沈黙のあと、ティアが立ち上がった。
「それでは……私は別のエリアを探索してきます」
「そっか……」
ステラが、少しだけ名残惜しそうに呟く。
「あ、待って!」
思い出したように顔を上げる。
「ねえ、フレンド登録しようよ。また一緒に冒険したいし!」
ティアは一瞬だけ目を瞬かせ――
すぐに、柔らかく微笑んだ。
「……はい。喜んで」
三人はメニューを開き、フレンド申請を送り合う。
「また会いましょう」
ティアは丁寧に一礼し、森の方へと歩き出した。
「じゃあ、私たちも行こっか」
「うん!」
ヒマワリとステラは顔を見合わせ、別の道へと歩き出す。
月明かりが、静かに湖面を照らしていた。
無事巨大魚から脱出できて、フレンドも増えました。
次は2/24 21時投稿予定
お楽しみに!




