第047話 極振りヒーラー、巨大魚ダンジョンの探索2
三人で行動するようになってから、探索の空気は明らかに変わった。
「……進行ルート、少し安定しましたね」
先頭を歩くティアが、周囲を警戒しながらそう言った。
白と紅の巫女服の裾が揺れ、頭の猫耳がぴくりと動く。
「確かに。さっきより迷いにくい気がする」
「一人の時は、戻されるたびに判断が遅れてましたから」
ティアの合理的な分析口調は相変わらずだが、声には余裕がある。
三人になったことで、明らかに探索の効率が上がっていた。
「でもさ」
ヒマワリが歩きながら言った。
「この中、どうやって脱出するんだろ」
「出口っぽいところ、今のところ見当たらないよね」
ステラも頷く。
「ボスを倒したら外に出られる、とか?」
「それか、体内限定のアイテムを手に入れるとか」
いかにもMMOらしい選択肢だ。
「内部ダンジョンなので、後者の可能性は高いと思います」
「だよねぇ」
そこで、ステラがふと首を傾げた。
「……でもさ」
「ん?」
「魚のお尻から、そのまま出られたりしないのかな?」
一瞬の沈黙。
「「…………」」
ヒマワリとティアが、同時にステラを見る。
「ステラ」
「うん?」
「その発想、どこから出たの」
ヒマワリが真顔で聞いた。
「いや、だって……入口が口なら、出口は……」
「いやいやいやいや!」
ヒマワリが即座に両手で×を作る。
「その発想はない! ないから! しかも実行したくない!」
「内部構造的に、それは再現されていないと思います」
ティアのツッコミは的確だった。
そっか……と、ステラは少し残念そうにする。
「でも、面白い視点ではあります」
「え、そうなの?」
「"脱出"を一方向で考えないのは、悪くありません」
ティアはそう言ってから、すぐに話を戻した。
「まずは、奥へ。内部の中心に近づけば、何か起きるはずです」
再び探索を開始する。
歩きながら、ステラはティアの方をちらちら見ていた。
「……ねえ、ティアちゃん」
「何ですか」
「その猫耳、すごくかわいいよね」
「……」
ティアの足が、ほんの一瞬止まる。
「装備です」
「うん、でもかわいい。あ、尻尾も!モフモフでかわいい!」ステラの目が輝く。
「ねえ、触ってもいい?モフりたい!」
「ダメです」
即答だった。
「えー……」
「機能性重視なので」
ヒマワリが横から笑う。
「ステラ、完全に素直になってきたね」
「そ、そうかな?」
ティアは一度、ため息をついてから言った。
「……視覚的な評価は、探索効率に影響しません」
「でも、見てて和む」
「…………」
猫耳が、ぴくぴくと動く。
「……集中します」
そう言いながらも、ティアの声はほんの少しだけ柔らいでいた。
しばらく進んだところで、ティアが手を上げた。
魚の体内という異様な空間で、緊張感のない会話が続く。
だが、不思議と三人の雰囲気は和やかだった。
「止まってください」
「どうしたの?」
ティアは目を閉じ、耳を澄ます。
猫耳が微かに震え、何かを感知しているようだった。
「……音が、変です」
「音?」
「水音と……壁の動き。周期がずれてます」
ステラとヒマワリは顔を見合わせる。
「それ、何が分かるの?」
「この先、行き止まりではありません」
ティアは断言した。
「ただし、進める"時間"が限られてます」
「時間制限付き通路ってこと?」
「はい」
猫耳がぴん、と立つ。
「今、通れます。急ぎましょう」
三人が駆け抜けた直後、背後で肉壁が閉じる音がした。
「……すご」
「耳、優秀すぎない?」
ティアは当然のように言う。
「聴覚強化系の補助が入ってます。振動と流れで、内部構造が把握できます」
「索敵特化だ」
「なるほど……すごく便利だね」
ステラは納得したように頷いた。
その先は、今までよりも広い空間だった。
床には浅く水が張られ、足を踏み入れるたびにチャプチャプと音が響く。
中央には、異様に太い"管"のようなものが脈打っており、まるで心臓へと繋がる血管のようだった。
「ここ、怪しくない?」
「はい」
ティアが即答する。
「内部中枢に近い。敵性反応、あり」
直後、水面が大きく波打った。
ズルリ、と何かが姿を現す。
「……タコ?」
巨大な八本足。
ぬめりのある皮膚。
胴体は丸く膨らみ、赤黒い色をしている。
大きさは、人間の倍の背丈ほどもある。
《ガーディアン・オクト》
「中ボスだね」
ステラが杖を掲げる。
「バフかけるね!《プロテス》!」
光が三人を包み込み、VITが大幅に上昇する。
「《ヒール》!《再生の祝炎》!」
さらにステラ自身に回復魔法をかけ、《リストア・ヴェール》のバリアを展開する。
温かな炎が体を包み、継続回復の効果が付与される。
「正面、警戒してください」
ティアが弓を構える。
ヒマワリが剣を構える。
「私が行く。ステラ、後方支援」
「了解!」
ヒマワリは《加速》を発動させ、タコへと突っ込む。
「《サンダーラッシュ》!」
雷を纏った三連撃が、タコの胴体を直撃――
だが、ダメージが表示されない。
「……効いてない!?」
タコが足を振り回し、ヒマワリへと叩きつける。
ヒマワリは《加速》で軌道を読み、紙一重で回避する。
「くっ……硬い。《ウィンドスラッシュ》!」
風を纏った斬撃を放つが――やはり、ダメージが通らない。
「正面はダメなのか……!」
ティアは距離を取り、周囲を観察している。
「……おかしいです」
「何が?」
「正面に装甲があるようには見えません。でも、ダメージが通らない……」
ティアが矢を番える。
「私も試します。《シャープ・アロー》!」
鋭い矢が、タコの胴体に突き刺さる――
だが、やはりダメージは表示されない。
「やっぱり……正面からの攻撃は全て無効化されてる……」
その時、タコが大きく触手を振り上げた。
「危ない!」
ヒマワリが《跳躍》で大きく飛び退き、触手の攻撃を回避する。
触手が水面を叩き、大きな水しぶきが上がる。
勢い余って、タコの体が回転し――背中が一瞬、露出した。
ティアは咄嗟に矢を放つ。
「《シャープ・アロー》!」
矢が、タコの背中に突き刺さった。
鈍い感触とともに、巨体がわずかにのけぞる。
表皮が波打ち、痛みに反応するように触手が激しく蠢いた。
「っ!」
ティアの目が鋭くなる。
「……わかりました」
「ヒマワリさん、背後に回ってください!」
「え?」
「背面からならダメージが通ります!」
ティアが断言した。
「正面からの攻撃は無効化。でも、背面は防御がありません!」
「わかった!」
ヒマワリは《加速》を発動させ、タコの周囲を高速で駆け巡る。
タコが触手を振り回すが、ヒマワリの速度には追いつけない。
「《跳躍》!」
ヒマワリが跳び上がり、タコの背後へと回り込む。
「《ソニック・ブレイク》!」
素早い二連撃が、タコの背中に叩き込まれる。
確かな手応えとともに、巨体が揺れた。
「効いてる!」
「続けてください!」
ティアも矢を連射し、タコの注意を引く。
タコが触手でティアを狙い、ダメージを受けるが――
「《ヒール》!」
ステラがティアにも回復魔法をかけ、HPを維持する。
「私が注意を引きます!ヒマワリさん、一気に畳みかけて!」
ティアが矢を連射し、タコの前面を狙う。
ダメージは通らないが、確実にタコの注意を引いている。
「《ウィンドスラッシュ》!《サンダーラッシュ》!」
ヒマワリの斬撃が、次々とタコの背中に叩き込まれる。
タコのHPバーが、みるみる削られていく。
「もう少し!」
タコが暴れ、触手を全方位に振り回そうとする。
その瞬間――
「《挑発》!」
ステラが杖を掲げ、淡い赤の衝撃波が広がった。
タコの視線が、一斉にステラへと向く。
「え……?」
ティアが目を見開く。
回復職が《挑発》を使う――普通ではありえない光景だった。
タコが触手を全てステラへと向け、一斉に叩きつける。
「来い……!」
触手がバリアを叩くが、《リストア・ヴェール》が衝撃を吸収し、《リフレクト・ヴェール》で受けたダメージを一部をお返しする。
バリアの耐久が削られていくが、《再生の祝炎》の効果で継続的に回復が入り、すぐに補強される。
「今だ!」
ヒマワリは《ストームスタンス》を発動させ、風と雷を纏う。
「《サンダーラッシュ》!《ソニック・ブレイク》!」
連続攻撃が、タコの背中を切り裂く。
タコのHPバーが、残りわずかまで削られた。
「ステラ!」
ヒマワリがそう叫ぶと、ステラは意図をくみ取り、スキルを発動する。
「《不死鳥》!」
ステラが杖を高く掲げると、魔力が爆発する。
周囲に炎が渦巻き、不死鳥の形を成していく。
「《フェニクス・フレア》!」
轟音と共に、巨大な不死鳥の炎がタコへと襲いかかった。
炎がタコの全身を包み込み、空間全体が眩い光に染まる。
「っ!?」
ティアが思わず目を細める。
(あれが……回復職の攻撃魔法……?威力が、尋常じゃありません……!)
タコの体が光に包まれ――やがて、粒子となって消えていった。
光の粒子が舞い、空間が静まる。
「……やった」
「お疲れさま」
ステラが息を整えながら言う。
ティアは少しだけ、肩の力を抜いた。
「連携、問題ありませんでした」
「ティアの分析がなかったら、長引いてたね」
「役割通りです」
猫耳が、満足そうに揺れた。
だが――ティアの視線は、少しだけステラに向いていた。
(……回復職が《挑発》を使い、あれほどの攻撃魔法を持つ……?一体、どういうビルドなんですか……)
中ボス撃破後、奥の壁がゆっくりと開き始める。
「……先に、進めそうだね」
「はい。ここからが、本番です」
三人は視線を合わせる。
出口は、まだ先。
だが――このダンジョンの"癖"は、確実に掴み始めていた。
さすがに後ろからは出たくはない・・・よね(笑)
次は2/23 21時投稿予定
お楽しみに!




