第043話 極振りヒーラー、運営を困惑させる
【現実世界――Arcadia Online 運営本部】
薄暗いモニタールームに、無数のディスプレイが並んでいる。
それぞれの画面には、イベント進行状況、プレイヤーの動向、サーバー負荷、バグ報告――様々な情報がリアルタイムで流れていた。
「第2回イベント、進行状況に問題なし」
「サーバー負荷、正常範囲内」
「バグ報告、現在3件。いずれも軽微なもの」
スタッフたちが次々と報告を上げていく。
イベント開始から数日が経ち、概ね順調に進行している――はずだった。
その時――
『警告:特殊モンスター《白雷の神獣フルグラウス》が討伐されました』
大きなモニターに、通知音とともに赤い警告文が表示された。
「……え?」
一瞬、室内が静まり返る。
「ちょ、ちょっと待って!神獣が倒された!?」
若い男性スタッフが椅子から飛び上がった。
「嘘でしょ!?あれ、倒せるわけないじゃん!」
「落ち着け。まず、状況を確認しよう」
リーダー格の男性――プロジェクトマネージャーの桐谷が、冷静に指示を出す。
「あれは先の階層のモンスターをお試しで配置したモンスタートラップだぞ。現状のプレイヤーレベルで倒せるはずがない」
「そうですよ!HPは通常ボスの5倍、攻撃力は3倍、攻撃範囲も広範囲……どう考えても、今のプレイヤーじゃ無理な設定です!」
別のスタッフが慌てて説明する。
「誰に倒されたか、確認できるか?」
桐谷の問いに、オペレーターがキーボードを叩く。
「討伐記録を確認します……プレイヤー名、《ステラ》《ヒマワリ》《リリア》《ノエル》の4人パーティーです」
「ステラ……?ああ、あの天然っ子ヒーラーか」
桐谷が眉をひそめる。
「前回のイベントで3位入賞した回復職だな。確か……WIS極振りで、攻撃力がほぼゼロのビルドだったはずだ」
「そうです。攻撃スキルは《不死鳥》系列のみ。それと《セラフィック・リザーブ》の聖属性爆発、《リフレクト・ヴェール》のバリア反射ダメージがありますが……いずれもフルグラウスのHPを削り切るには全然足りないはずです」
「他のメンバーは?」
「《ヒマワリ》は高AGI・高STRの剣士。《リリア》は回復と攻撃を兼ねるヒーラー。《ノエル》は生産職で、戦闘は補助程度……」
オペレーターが情報を読み上げる。
「どう考えても、火力不足だ。倒せるはずがない……」
桐谷が腕を組む。
「戦闘ログを見せてくれ。どうやって倒したのか確認したい」
モニターに、戦闘の様子が再生された。
――フルグラウスの突進。
――ステラの《プロテス》、リリアの《ディバイン・シールド》。
――二重のバフで防御を固め、一撃を耐えるメンバーたち。
「なるほど……バフを重ねて耐久を上げてるのか」
「でも、それだけじゃ勝てないはずです。火力が足りない……」
次の瞬間――画面に映ったのは、ヒマワリの高速戦闘だった。
《加速》で瞬時に移動し、三次元的な動きでフルグラウスの攻撃を回避する。
爪、雷撃、突進――全ての攻撃が、ヒマワリに当たらない。
「……これ、回避能力がヤバすぎる」
「人間離れしてるな……反応速度、判断力、どちらも異常なレベルだ」
スタッフたちが唖然とする。
「ねえ、予知系のスキルって実装されてたっけ?」
若いスタッフが尋ねる。
「いや、予知系はまだ検討段階だ。実装されてない」
「じゃあ、これ完全に地力ってこと……?」
「みたいだな。純粋な反応速度と動体視力だけで、あの攻撃を全部避けてる」
「……プロゲーマーか何かか?」
桐谷が呟く。
「でも、それでもHPは削りきれないはずです。フルグラウスのHPは膨大で――」
その時――画面に映ったのは、終盤のシーンだった。
ステラが《ヒール》を連打し、《リストア・ヴェール》のバリアを極限まで積み上げていく。
《リジェネ》《再生の祝炎》《ドレイン・オーラ》――三つの継続回復スキルが重なり、回復するたびにバリアの上限が上がっていく。
そして――《挑発》でフルグラウスを引き寄せ、突進を受ける。
バリアが砕け、ステラのHPが0になる。
だが――《鳳翼転生》で蘇生。
そして――《リフレクト・ヴェール》の反射ダメージが、フルグラウスのHPを大きく削っていく。
「……ちょっと待て」
桐谷が画面を凝視する。
「バリアの反射ダメージで……HPを削ってる?」
「そうです。《リフレクト・ヴェール》は、バリアが受けたダメージの一部を反射する仕様です。そして――」
オペレーターが続ける。
「ヒールを連続で使ったことで、バリア量が想定値を超えて蓄積されたようです。
そこにフルグラウスの攻撃が重なり、反射ダメージが異常な数値になりました。
……結果的に、通常攻撃よりも効率的でしたね」
室内が静まり返る。
「……バリアの仕様、ちゃんと検討したのか?」
桐谷が低い声で尋ねる。
「は、はい……でも、ここまで回復スキルが集まることは想定してませんでした……」
「それに普通のプレイヤーなら1つのステータスに極振りすることなんてしないですし……」
担当スタッフが冷や汗を流す。
「《リジェネ》《再生の祝炎》《ドレイン・オーラ》――三つの継続回復を重ねて、《ヒール》を連打すれば、バリアの上限がどんどん上がる。その状態で高火力の攻撃を受ければ……反射ダメージも膨大になる、と」
桐谷が腕を組み、深く息を吐く。
「……待て。他のトラップボスはどうなってる?」
桐谷が別のオペレーターに視線を向ける。
「確認します……《深淵の魔眼ベルゼノア》と《氷結の暴君グレイシャル》は、まだ未討伐です」
「そうか……」
桐谷が安堵の息を吐く。
「ベルゼノアは即死級の呪眼攻撃を持つ。視線を合わせただけで呪い、麻痺、毒、混乱の状態異常が同時に付与される。バリアだけじゃ防げない」
「グレイシャルは全体凍結攻撃を連発するタイプです。動きを止めてから確実に削ってくる戦法なので、回避特化でも対処が難しいはずです」
別のスタッフが説明する。
「この二体は……さすがに大丈夫ですよね?」
若いスタッフが不安そうに尋ねる。
「……たぶん、大丈夫なはずだ。フルグラウスは物理攻撃特化だったから、バリア反射という想定外の攻略法が成立した。だが、ベルゼノアとグレイシャルは搦め手が主体だ。同じ手は通用しないはずだ」
桐谷が言い聞かせるように呟く。
「……はず、ですよね」
オペレーターが不安そうに繰り返した。
「……リフレクト・ヴェール、対策入れるか?時間をかけるほど強くなるタイプの防御だ。放置したら、理論上は際限がない……」
桐谷が話を戻す。
室内のスタッフたちが顔を見合わせる。
「でも、ここまでのビルドを組めるプレイヤーは少ないですし……」
「いや、動画が広まれば真似するプレイヤーが増える可能性がある」
「でも、このビルドを弱体化させたら、ヒーラー全体が弱くなってしまう……」
意見が分かれる。
「……とりあえず、今は保留だ」
桐谷が結論を出さずに話を区切る。
「ただし――実装予定のスキルとモンスターのバランスを、緊急で再チェックしろ。こういう想定外の組み合わせがないか、全て洗い出せ。特に、バリア系スキルと高火力ボスの相性は重点的に確認しろ」
「了解しました」
スタッフたちが一斉に作業を始める。
「あと、ベルゼノアとグレイシャルの状態も随時監視。もし討伐されたら、即座に報告してくれ」
「はい!」
桐谷は椅子に深く座り込み、額を押さえた。
「……まさか、二日目でトラップボスを攻略されるとはな」
モニターには、山を下りていくステラとヒマワリの姿が映っている。
二人は笑顔で、楽しそうに会話を交わしていた。
「……プレイヤーの想像力は、いつも俺たちの想定を超えてくる」
桐谷が小さく呟き――どっと疲れたように、深く息を吐いた。
「残り二体……頼むから、そっちは想定通りでいてくれよ……」
イベントは、まだ始まったばかりだ。
そして――運営の苦労も、まだ始まったばかりだった。
反射で倒しきるのは運営も予想外でした。
次は2/19 19時投稿予定
お楽しみに!




