第003話 極振りヒーラー、初戦闘でヒール習得
スライムからの被ダメを見直し
草むらを抜けたその先。小さな水たまりのそばで、何かが動いた。
半透明の青い塊――ゲームではお馴染みの、スライムだ。
気づかれないように距離を詰め、杖を構える。心臓が跳ねた。
胸の奥で高鳴る鼓動が、恐怖と期待を同時に訴えかけてくる。
「……いける、はず」
私は思い切って、杖を振り下ろした。
──ぺちん、と情けない音が響く。
ダメージエフェクトが一瞬だけ浮かぶが、その数値は「1」。
「えっ、ちょっと待って。1って……!」
まるで手ごたえがない。
スライムはむしろ、叩かれたことで刺激されたのか、身体をぷるぷると震わせて反撃に転じてきた。
ぷるん、と跳ね上がった粘液の塊が、私の身体を直撃する。
【-15】
画面左上のHPバーが、一気に減少した。
VITゼロの影響が、これほどまでとは。
私のHPはたったの30。
この一撃で、あっという間に半分のHPが消し飛んだ。
慌てて後退しようとするが、AGIゼロの身体はまるで鉛のように重い。
足がもつれ、バランスを崩したときには、もう次の攻撃が飛んできていた。
私は杖を横に構えて受け止めた。
ぬるりとした重みが腕に伝わる。
衝撃に耐えながら、必死に体勢を立て直した。
「……くっ、でもまだ……!」
私は杖を掲げ、か細い声で詠唱する。
「《ケア》!」
杖の先から柔らかな光が広がり、体を包み込む。HPバーが10ほど回復した。
「回復、遅い……これ、サポート用だったんだ……!」
ケアは、杖を装備したときに自動で習得できる初期スキルだ。
ただの初期動作のため、WISの補正は乗らない。
つまり、私がどれだけWISを極振りしても、この回復量は変わらない。
「緊急時の応急処置」にすぎないという事実を、私は初めて知った。
再び杖を構えるが、スライムは怯むどころか、さらに勢いを増して迫ってくる。
それでも後退するわけにはいかない。
いや、正確には──後退したところで、この足ではどうせ逃げ切れるはずがない。
AGIがゼロの今の私では、スライム相手ですら振り切ることはできないだろう。
光が消えかけた杖を握り直し、もう一度、渾身の一撃を叩き込んだ。
──ぺちん。
またしても浮かぶダメージの「1」。
それでも、打ち続けるしかない。
スライムが反撃に跳ね上がり、粘液の塊が再び飛んでくる。
私は杖を横に構えて受け止めた。
ぬるりとした衝撃が腕を滑り、鈍い痛みが走る。
何度もケアを唱え、そのたびに杖を振り下ろす。
疲労と焦りがじわじわと押し寄せる。
「《ケア》!」
再び詠唱する――だが、杖の先は光らない。
焦って詠唱を繰り返すが、何も起きない。
「え……うそ……!」
視線を落とすと、MPゲージが空になっていた。
スライムの跳ねる音が、じわじわと近づいてくる。
息が詰まる。思考が追いつかない。
「ま、まだ……!」
私は慌ててアイテム欄を開き、初期支給で手に入れた、わずか数本の赤いポーションを取り出した。
そのうちの一本を震える手で掴み、勢いよく飲み干す。
ごくり――身体の奥から温かさが広がり、HPが一気に回復していく。
「……っ! 回復した……!」
ほんの一瞬、安心する暇もなく、スライムが跳ねる。
それを今度は杖で受け止め、反撃の一撃を叩き込む。
ぺちん、ぺちん、と情けない音が響くたび、数値の「1」が積み重なっていく。
「もう一本……!」
再びポーションを開き、飲み干す。回復、攻撃、また回復。
いつまで続くかわからない戦い。
けれど――その小さな積み重ねが、確実にスライムを削っていく。
そして、最後のポーションを飲み干したとき。
目の前のスライムが、ぷるりと震えたかと思うと、パリンッと形を崩して光の粒になった。
「……や、やった……!」
その瞬間、軽やかな音が鳴る。
【LEVEL UP】
システムメッセージが脳内に直接響き、体の内側から何かが満ちてくるような感覚が広がった。
「……本当に、勝てたんだ」
息を整えながら、震える指でシステムウィンドウを開く。
画面に表示されたのは、予想をはるかに上回る情報だった。
《スキル習得:ヒール》
《レベルアップ:1→2》
《残りステータスポイント:5》
……ヒール?
私は、思わず目を見開いた。
特に、《ヒール》というスキル名に心が強く惹かれた。
杖を初期装備に選んだときに自動で手に入れた《ケア》は、武器によって決められた、あくまで初期スキルに過ぎなかった。
しかし、《ヒール》は違う。
私はすぐにスキルの詳細を確認する。
《ヒール》
習得条件:1度の戦闘でポーションを3本以上消費する
効果:使用すると、HPを小回復。WISの数値によって回復量が増加する。
その説明文を読んだ瞬間、電流が走ったかのような衝撃が全身を駆け抜けた。
(……やっぱり!)
私のWIS極振りという選択は、もしかしたら報われるのかもしれない。
WISを上げれば上げるほど、回復量が跳ね上がる。
つまり、このスキルこそが、私の「死なない」ための切り札になるということだ。
そして、今回ポーションを3本も使った戦いが、このスキルを習得するための条件だったのだ。
安堵と興奮が胸を満たす。
たった一体のスライムを倒しただけで、こんなに大きな収穫があったなんて。
予想をはるかに上回る成長に、心臓が大きく高鳴る。
「……よし、試してみよう。《ヒール》!」
私は杖を掲げ、詠唱を唱える。
しかし――杖の先は、静まり返ったままだった。
「……あれ?」
もう一度唱えてみるが、何も起きない。
ふと視線を下げると、MPゲージは空っぽのまま。
「……そっか。使い切ったんだ、全部」
脱力したようにその場に腰を下ろす。
静かな風が、戦いの余韻を撫でていった。
「……これでもう、ポーションの心配はしなくて済むかな」
胸の奥から、じんわりと温かいものが広がる。
MPは空。ポーションも尽きた。
でも、確かに私は前に進めた。
“死なない道”は、まだ始まったばかりだ。
私は空を仰いだ。
初期装備の杖をぎゅっと握りしめ、ぽつりと呟く。
「……次は、《ヒール》で少しは楽になるといいな」
まだまだ不安も多いけれど、少しずつ、自分の力で切り開いていける気がした。
これが、私の冒険の本当の始まり──。
MP切れを起こした時のステラちゃんは半泣きになっていたそうな。。。w
次は11/15に投稿予定です。




