第002話 極振りヒーラー、初めての町
ステータスのLUKの記載漏れを修正。
眩しい光が落ち着くと、石畳の広場が目の前に広がっていた。
「第一階層・はじまりの町 リーベル」――プレイヤーが最初に降り立つ拠点だ。
周囲からは、剣戟の音や魔法の詠唱練習らしき声が聞こえてくる。
希望に満ちたプレイヤーたちの熱気が、町全体を包んでいた。
「あ、そうだ…ステータス」
私は慌ててウィンドウを呼び出す。
初めて自分のアバターのステータスを目の当たりにした瞬間、息を飲んだ。
プレイヤー名:ステラ
レベル:1
HP:30
MP:50
STR:0 (+5)
VIT:0
AGI:0
DEX:0
INT:0
WIS:100 (+30)
LUK:0
残りステータスポイント:0
装備
頭 【空欄】
体 【空欄】
右手 【初期杖:旅立ちの杖】
左手 【空欄】
足 【空欄】
靴 【空欄】
装飾品 【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
《ケア》
ウィンドウに並ぶステータスをひとつひとつ見て、私は思わず小さく息をついた。
STR、VIT、AGI、DEX、INT……ゼロがずらり。
杖の補正でかろうじてSTRが5、WISは100に増えているとはいえ、その他はすっからかんだ。
「あれ、……もしかしてやっちゃったかも?」
その感覚は、単なる不安や驚きだけではない。
今までの自分の人生を振り返ってみても、ゼロがよかったことなんてほとんどない。
数学のテストも、体育の授業も、少しでも“ゼロ”に近い結果は、必ず痛い目を見てきた。
ステータスがゼロばかりだというのは、まさにそれと同じ感覚だった。
頭の片隅で、杖の補正や回復魔法の力があることは理解している。
それでも、このままでは最初のモンスターにすら勝てないかもしれない。
このビルドは、きっとゲームの中で生き抜く上で最初の関門になるだろう。
画面の中で自分のアバターがじっと立っている。
肩まで届く白銀の髪、華奢で標準的な体型――見た目は自分そのまま。
だが、ステータスは極端すぎる。生き残るための最低限の力がWISだけに偏っているのだ。
──やり直そうかな。
そんな弱気な考えが頭をよぎる。
キャラクターを一度削除して、もう一度、今度はバランス良く作り直せば、少しは安心できるかもしれない。
でも、画面の中の自分を見つめると、不思議と心が落ち着いた。
この極端すぎるステータスは、私が生き残るための、特別な武器だ。
誰も選ばない道を選んだからこそ、他の誰も手に入れられない力を得た。
このビルドは、決して失敗ではない。
「これで、死なないように……」
胸の奥に小さな決意が芽生えた。
このビルドで挑むしかない。杖と自分の力を信じて、一歩を踏み出すしかないのだと。
ステータスウィンドウを閉じて、ステラはもう一度大きくため息をついた。
「……まあ、嘆いてても仕方ないよね。とりあえず、モンスターを倒しに行こう」
始まりの町の中央広場から、外へとつながる大門を目指して歩き出す。
石畳の感触が足の裏に伝わってくる。
──が。
「え、ちょっと待って。遅っ……!」
横をすり抜けていくプレイヤーたちが、驚くほど速い。
まるで、私だけがスローモーションの世界に取り残されてしまったかのようだ。
ステータスを思い返す。
AGIは、見事にゼロ。
頭ではわかっていたはずなのに、実際に体験するとその絶望感は想像以上だった。
(みんな、こんなに速いの……?)
私の遅すぎる歩みと、他のプレイヤーたちの軽やかな動きが、あまりに対照的で、胸に刺さる。
「そりゃそうなるかぁ……」
自嘲気味につぶやく。
「星」を意味するステラという名前すら、今はちょっと恥ずかしく感じる。
輝くどころか、今のところはただのノロノロ歩くカメだ。
とはいえ、立ち止まっていても仕方がない。
どうせなら外の狩場に行って、少しでも経験値を稼ぎたい。
しかし、どこへ行けばいいのかもわからない。
周囲を見渡すと、同じように初心者らしきプレイヤーがちらほらいる。
彼らは皆、すでに友達とパーティーを組んでいるようだった。
互いに励まし合い、笑い合っている姿が眩しい。
私は意を決して、隣を通り過ぎようとした一人の女の子プレイヤーに声をかけた。
明るい茶色のポニーテールで、元気そうな雰囲気をまとっている。
リリースされたときからプレイしているのだろうか、装備はしっかりと整っている。
それに、初期装備の私とは違っておしゃれだ……
「あのっ、すみません! 最初に行くなら、どこの狩場がおすすめですか?」
女の子は快く答えてくれた。
「え? ああ、初めてなのね。なら西門を出て、ちょっと行った先に《花咲きの草原》があるわ。最初はそこでスライム相手に慣れるといいよ」
「ありがとうございます! ……西門ですね」
慌ててシステムマップを開き、方向を確認する。
教えてもらった方角で間違いはないらしい。
草原という名前に少し安心しつつも、広すぎて迷わないかという不安も胸にちらつく。
「よし……花咲きの草原、ね。私でもなんとかなるといいんだけど」
遅すぎる歩みで、しかし確かな決意を胸に、ステラは狩場へと向かって歩き出した。
周りのプレイヤーがどんなに速くても、どんなに私を置いていっても、私には私だけのペースがある。
そう、心の中で言い聞かせながら。
石造りの大門をくぐると、町の喧騒は徐々に遠ざかり、耳に届くのは風の音と、そして──自分の足音だけになった。
一歩、また一歩。
踏み出すたびに、砂混じりの土の感触が足の裏に伝わってくる。
日差しは柔らかく、頬を撫でる風には夏の匂いが混じっていた。
西門からの道はまっすぐで、両脇には背の低い木々と、名も知らぬ草花が点在している。
「……あぁ、やっぱり歩くの遅いな」
小さくため息をつく。
AGIゼロの足取りは予想以上に鈍重で、追い抜いていく他のプレイヤーたちとの差が、絶望的なほど鮮明に感じられた。
彼らの軽快な足音は、あっという間に遠ざかっていく。
走る必要すらない。
彼らにとって、この道はほんのわずかな移動時間に過ぎないのだろう。
道すがら、初心者らしいプレイヤーが、数人で小さなパーティーを組んでいる。
彼らは互いに声を掛け合い、笑いながら進んでいく。その光景が、胸の奥をチクリと刺した。
(私には、一人しかいないんだ……)
本当なら、隣には日葵がいるはずだった。
「すぐに追いつくから先にやっといて」。
部活の合宿に行ってしまったあの子は、そう言って私を先に送り出した。
その言葉が、今でも耳に残っている。
一人で始めることになった孤独な戦いを、改めて自覚させられる。
それでも、私のペースで進むしかないと、心を落ち着かせる。
「花咲きの草原……どんなところなんだろう」
システムマップを確認しながら、頭の中で思い描く。
名前だけでも穏やかで、明るく、少し安心できる響きだ。
杖を握り直す。
WIS極振りの私には、杖を選んだ時に使える初期スキル《ケア》がある。
少しだけど始めたときにもらえたポーションもある。
回復できる限り、倒れることはない
──そう思うと、少しだけ勇気が湧いた。
道は一本道だったが、焦らずゆっくりと歩を進める。
風に揺れる木々、点在する草花、鳥のさえずり。
すべてが未知の世界の息吹を伝えてくる。
どれくらい歩いただろうか。
ようやく視界の先に、薄紫や黄色の小さな花が咲き乱れる草原の縁が見えてきた。
その明るく穏やかな光景は、まさに想像通りだった。
しかし、草原の入り口には、すでに何人もの初心者らしきプレイヤーたちが集まっていた。
彼らは楽しそうにスライムを攻撃している。
彼らの剣が、魔法が、スライムを次々と倒していく。
(……この様子だと、私、すごく時間がかかりそうだな)
回復職である私が、攻撃手段の乏しい杖でスライムを倒すには、きっとかなりの時間がかかるはずだ。
そんな不格好な姿を、他のプレイヤーに見られるのは、なんだかとても恥ずかしい。
私は人目を避けるように、草原の縁を辿り、人の少ない奥の方へと歩みを進めた。
「……ここだったら、人も来なさそうだしいいかな」
人目から隠れるようにして見つけた、誰にも邪魔されない、自分だけの戦場。
未知の世界での初めての戦闘が、今、静かに幕を開ける。




