襖の向こう
短編第二弾です。
予想以上にひでぇや……こりゃ。
長い目でご覧ください。
我が家は何も変哲も無い一軒家である。
そして、多くの家庭でありそうなことに、二つの繋がった部屋を弟とフスマ一枚で分けている。
つまり、まとめて子供部屋というわけだ。
彼女がいない俺にとって、それに対して困ったことは今まで無かった――しかし、
机に向かってシャーペンを握る俺の背後にある襖。その向こうにいる弟に生まれて初めて、プレッシャーを感じている。
それは数十分前に遡る。
今日はテスト期間中でいつもよりも帰宅が早かった。その時間をちゃんと有効的に使おうと、埃が積もった学習机に向かって、筆ならぬシャーペンを走らせていた。
こんなとき彼女がいたならば、テスト勉強を一緒に勉強するだけで青春の一ページを刻むことができるんだろうな。
童貞の妄想は無限大だ。
しかし、今の俺にそんな考え事をしている余裕は無い。
明日の科学は範囲が広く、今から必死にやっても頭の悪い俺では赤点を避けられるかどうか……といった感じなのだ。
顔も悪くて、スポーツも出来なくて、頭も悪かったらお終いだ。
静寂に包まれた空間にカリカリと化学式を書く音だけが響く。
しかし、そんな静寂を破ったのは襖一枚で繋がった弟の部屋から聞こえたそれだった。
「ねぇ……」
若い女の声。
どこかで聞いたことのある、アイドルのようなその声は息遣いが少し荒かった。
俺は思考は塩基性と酸性から一気にそちらへ向けられた。
(はぁ!? あいつ帰ってたのか!? ……いや、それよりも……誰かいるのか?)
聞き慣れない若い女の声。
耳を澄ました。
「ねぇってばぁ……」
幼い舌っ足らずの声は小さく内緒話をするように篭っていた。
色気があるその声に姿が見えない彼女にどきどきしてしまう。
彼女は言った。
「……キスしようよ」
!?
なん……ですと。
キス? 俺よりも先に中学二年生の弟が?
しかし俺の混乱など余所に隣の部屋から聞こえてくるのは、
服の衣擦れの音と、
クチュクチュという生々しい音だった。
ダメだ。
もうこれ以上は耐えられない。
すでに数分が経過していた。
もはやシャーペンは握っているだけで、その先端が減ることは無かった。
意を決して俺はゆっくり立ち上がり、振り返って襖と対する。
「う うおっほん」
わざとらしく咳払いをする。
しかし、姿が見えない彼らの交わりの音は止まらない。
(どうする!? どうしたらあいつを止められる!?)
「か かーさん!……あっまだ帰ってるわけ無いか!」
わざと大きな声を出して自分の存在をアピールする。
しかし、それでも女の「んっ……」というその声は止まらず、それに自分の股間がいちいち反応する。
俺が自分に情けなくなっていた、そのときだった。
「もう我慢できない……!」
彼女の声は先ほどよりも荒々しくなっていた。
姿は確認できないが、何をその言葉が何を意味するのかはわかった。
--もう行くしかない!
俺は襖の取っ手に手を掛けた。
「おい! やめろ、お前には早すぎる!」
勢いよく開け放つとそこには弟の姿があった。
そして、
卑猥な声を出していた女の姿はそこには無かった。
いや、正確に言うと姿はあったのだ。
弟の部屋にあるTVの中に。
そして、その姿は見覚えのあるものだった。
「……なに?」
弟が俺を訝しげに睨み付けた。
「お前……これどこで」
声が震えていた。
「どこでって……兄貴の部屋のタンスから」
弟は続けて言った。
「テスト期間中くらいこういうの見るのやめたら」
俺はきっと顔を真っ赤にしているだろう。
なぜならそれは昨日友人から借りて、夜中にこっそり見ていた女優物のAVだったのだから。