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第2話『逸般人になった俺、美少女と出会う!』

 翔渡(しょうと)は、次第に晴れていく光が薄れていくのを感じ深呼吸をする。


 降り立った場所は、どこにでもあるような緑地公園の端。

 偶然か必然か、日中にもかかわらず誰1人として姿がなく、さんさんと降り注ぐ陽の光とそよ風に揺れる木々の音だけが出迎えてくれた。


「――7時5分」


 翔渡(しょうと)は公園の端に設置してある、4メートルほどの高さがある大きな時計に目線を移す。

 目を細めながら、腕で目顔に影を作る。


「女神様の言う通りなら、時間の感覚も一緒のはず。だが……感覚がおかしくならないよう、わざわざこの時間にしなくてもよかったのに」


 常日頃から思入れがあるわけでもなく、朝が苦手だから印象強く記憶に残っているわけでもない。

 では何と紐づいて記憶しているのか。

 それは運悪く、最期に確認した時刻であったから。


「まあ、今の状況と相まって悪い印象ではなくなったんだけどな。自分の命が犠牲になってしまったが、その代わりに名前も知らない誰かの命を救うことができたんだから」


 翔渡(しょうと)は、現在地不明をどうにかするべく公園を出ることに。

 視界に入った道路へ出てみようと歩き始めると、自身が着ている衣類が、見知らぬ制服へ変わっていることに気が付いた。


「これから通うことになるっていう学園の制服なんだろうか。学ランしか来たことがなかったから新鮮だ」


 上が少し紫がかった紺色、下が緑がかった藍色のブレザースタイルに、赤に黒いラインが入っているネクタイ。

 メーカー不明の履き心地が良く程よく反発するローファーは、白を基調に青のラインが入っている。


「あれ、(かばん)は無し?」


 もしかしたら意識が覚醒した場所に落ちているのか、と振り返るも発見することはできず。

 当然、手にはなく背負っているわけでもない。


「まあ……なるようになるだろ」


 右も左もわからずとも、元々生活していた世界と大差はなく、公園内の遊具も土も草木も大差はない。

 公園を囲んでいるフェンスも見知ったもので、足を進めて踏み締めているのはコンクリートで舗装された歩道。

 目の前を偶然にも通過していった車も見知ったものだった。


(未だ半信半疑ではあるが、これは夢じゃなければ見知っている世界そのままだ)


 有言実行してくれたという事実は、懸念していたストレスを軽減する。

 しかし同時に思うこともある。


(家族や親戚が居ないし、俺という個人を覚えている人間は誰も居ない。とも言っていた)


 正真正銘の孤独を噛み締める前に、公園の前で棒立ちしている不審者極まりない存在から、ただの通行人A役に徹する。

 目的地はなくとも、足を進めていれば情報を手に入れられると信じて。


(逆に恐ろしくもある。ここまで違和感なしなのはありがたいけど、違いはどこにあるのか。与えられた情報は、スキルを所有している人間が居ることと、所有者が生活している島があること)


 右を見たら普通のビル、左を見てもコンビニや自販機。

 視線を空へ向けるも、これといって変わったものが浮いているわけじゃない。

 他の通行人にも、これといって何か(・・)があるわけでもなく。

 いつも見ている朝の景色であり、誰もがいつも通りに歩いている。


「あの、すみません」

「はい?」


 行き当たりばったりだけど、同じ柄の制服を着た女子生徒に声をかける。


「俺、今日から転入する予定なんですけど……場所が書いてある地図をなくしてしまって」

「なるほど。鞄を持っていないのはそういうことでしたか。いいですよ、学園まで一緒に行きますか」

「ありがとうございます。本当に助かります」


 燃えていると表現しても過言ではないほど赤い長髪をなびかせ、少女は歩き出し、遅れまいと翔渡(しょうと)も速度を合わせて歩き出す。


「本当、ありがとうございます」

「大丈夫ですよ。誰しも、困ったときはお互い様ですから」

「俺は翔渡(しょうと)。16歳で1年生」

「ご丁寧にありがとうございます。でも、同い年だったのね。私は緋音(あかね)。同じく1年生よ」


 自己紹介を交わした2人は、同い年ということが判明して壁が取り払われた。

 一方翔渡は、ここまで女子と距離感のない会話ができたことに心が舞い上がり始めている。

 それに加えて『なんて優しい子なんだ』と感心していたが、日常ではない日常が目の前で突発的に起きてしまう。


「キャー! 盗撮!」


 ぽつりぽつりと学生が歩いている登校時間、辺りに悲鳴が響き渡る。

 2人は助けを求める声にパッと視線を回してみるも、声の主であろう女子生徒の姿はなく、同じく盗撮をしたであろう人物の姿もない。


「もしかして緋音(あかね)って、解決できそうな人?」

「ええたぶん」

「ごめん、同行はできると思うけど役には立たない」

「犯人と対面したら、私の後ろに隠れてちょうだい」


 おんぶにだっこな状況ができあがる未来は容易に想像できるも、翔渡(しょうと)緋音(あかね)が走り出す後を追う。

 声が聞こえたであろう場所は、正面へ10メートルほど先の角。

 手遅れかもしれないとは思いつつ進むも不幸か幸運か、キャップを被り、サングラスをかけ、マスクをしている男性がこちらへ駆けてきた。


「私の後ろに!」

「おう」

「想うは紅蓮の景色、咲くのは紅蓮の薔薇――【記憶の薔薇(メモリーローズ)】!」

「おお」


 緋音は駆けながらそう唱え、突き出された右手から拡散された炎が前方へ放たれる。

 その炎は向かい来る男を包み込んでいく。


 翔渡は、映像作品やイラストなどでしか見たことのない幻想的な状況を前に、驚きながらも心を躍らせる。

 しかしそれと同時に、目の前で起きていることがこの世界の日常ということに恐怖心も抱く。


「うわあ!」

「観念しなさい!」


 曲がり角から飛び出してきたということもあり、男は炎を回避することはなく直撃。

 しかし全身に炎が燃え広がることはなかったが、直撃に加えて衝撃のあまり転倒してしまった。

 炎もそうだが、硬い地面に背部を強打した男は、体を動かすことなく地面に倒れこんだまま意識を朦朧とさせている。


「一旦は大丈夫そうね」

「被害に遭った人はどこだろう」


 完全に伸びてしまった犯人を横目に悲鳴の主である少女を探してみるも見当たらず。

 曲がり角の先へ体を出してみても結果は同じ。


「私が見張っているから――と言いたいところだけど、ここら辺の土地勘がない人に探させるわけにはいかないわね」

「自分でも自分が情けないよ」

「それは仕方がないわ。もう警備隊に連絡してあるから、それまで待機ね」

「あまりにもスムーズな展開」

「今回はすぐに終わったけど、長引く場合もあるからね。別の手を打っておくに越したことはないわ」


 一旦は落ち着いたものの、騒ぎを聞きつけた人が集まってきている。

 幸いにも通学や通勤時間ということもあり、数人程度でしかないが。


(てかさ、さっきの凄かったな。スキルを保有している人が住んでいる島、という情報はあったけどまさかここまでとは)


 感心すればするほど、女神からもらった事前情報の少なさにため息を零しそうになる。

 しかし、逆に女神へ無理を言って転生できる機会をキャンセルした事実は消えず、文句を口に出すことはできない。

 言葉に出したら変人扱いされるような内容と複雑な感情を抱きつつ、緋音へ質問を飛ばす。


「あ、ふと思ったんだけど」

「ん?」

「登校時間って何時何分まで?」

「私は、いつも8時には学校へ到着している配分で行動しているわよ。遅刻にならない時間だと……たしか8時30分までだったかしら」


 翔渡は一抹の不安を抱えつつ、緋音(あかね)が取り出したタッチ操作が主な携帯デバイス――の、見た目がスマートフォンでしかないものへ視線を向ける。

 そして、デバイスへ目線を落とす緋音(あかね)の表情が、徐々に焦り始めるソレでしかなくなっていく様に絶望感が増していく。


「い、今――7時50分」

「時間だけ見たら大丈夫そうだけど……警備隊への引き渡し作業と残りの距離的には、ど、どうなの」

「前半はわからないけど、学園までは20分ぐらい……いや、走れば15分ぐらいかな」

「それってマズいんじゃ」

「ええそうね」


 希望の言葉を欲していた翔渡は現在、絶望という名の落とし穴ギリギリに立たされていることを察した。

 そして緋音もまた、同様に自身の正義感と遅刻を天秤にかけて揺れ動いている。


「ど、どうする? このままだと遅刻確定だけど」


 自身は最悪遅刻してもいい、と翔渡(しょうと)は思っている。

 なんせ、ここは元々住んでいた世界とほとんど変わらなくても、まったくの別世界。

 今までの過去はなく、経歴なら新生児と大差ない。

 であれば、遅刻してもいいじゃないか、と。


 しかし緋音(あかね)は別のようで、完全に気を失っている犯人とスマホを何度も交互に見て焦っている。


「ここで出会ったのは何かの運命だ。最後まで付き合うよ」

「でも……いや、走ろう」

「いいの?」

「位置は伝えてあるし、目撃者も居る。逃げられる可能性もあるけど……学生の身分では最善を尽くしたから」

「うん」

「よし、じゃあ――すみません! 私たちはここを離れるので、後はよろしくお願いします! この人は盗撮した犯人です!」


 緋音は誰に向けたでもなく大声でそう叫ぶ。


「行こう」


 走り出した緋音(あかね)

 翔渡(しょうと)も詳細な説明はなくても察し、同じく走り出した。

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