第14話『夜風に身を任せ、学園島の全貌を見る』
夕日から夜空へ変わりきった、20時30分。
静まり返った部屋に1人、ベッドに寝転がって天井を眺める翔渡。
いつもであれば、自宅へ帰宅した後に勉強やゲームなどの時間を過ごした後、母親が作ってくれる晩御飯を腹が膨れるほど食す。
その次は、風呂に入るのかテレビをだらだら見るのかを疑いなく選択し、何も考えずにただ時間を過ごしていた。
母親と何を話すわけでもなく、居るのを確認する機会は少なく日常の一部として溶け込んでいた。
当たり前に家族が居て、当たり前な日常を送り、当たり前に学生として生活を送る、ただそれだけのこと。
「……」
吸い込む空気が変わったわけでも、過去や未来へ時間を飛び越えて移動したわけでもない。
初めての環境だとしても、どこか知っている建物が並び、いつも見ているようなコンビニやスーパーがある。
学生という身分は変わらないし、簡単に言えば転校した程度の変化しか訪れていないわけだ。
特に理由はないが、体を起こして寝室のベランダへ出る。
視界に入ってくるのは、夕方見た景色が暗くなっただけの街並み。
視線を下に向ければ、そこには草木やコンクリートで舗装されているマンションの敷地。
街灯や各建物から漏れ出てくる明かりが道路などを照らし、車が行き交う音やどこかから漂ってくる食べ物の匂いが情報として流れてくる。
「行ってみるか」
ちょっとした好奇心に駆られ、靴下のまま空中へ1歩踏み出す。
特に理由のないその1歩は次の1歩へ、そしてまた1歩と繋がる。
早歩きするわけでも小走りするわけでもなく、自由に飛び回るわけでも高速で移動したいわけでもない。
なんてことのない、ただの散歩。
「どこまでも行けるんだろうけど、どこまでも行ったらマズいんだろうな」
10歩ほど空中を進んだ頃には、新居であるマンションの高さは超えていた。
そうなれば見える景色も入ってくる情報も変わってくる。
「さすがに、ちょっと寒いか」
先ほどまで感じていた日常から一転、それぞれの光が点と点に見えてきて、肌寒いからかそのどれもが温かいものに見えてきた。
「誰かが誰かの家族であり大切な存在。俺にはもう感じることができない温もり。望んでも、どうやっても」
そう思うと、翔渡の目には薄っすらと涙が込み上げてきて足を止める。
「俺、もうホームシックになっちまったのか……」
自然と込み上げてくる寂しさは胸をぎゅっと締め付ける。
どこかで見た物語の中で観ていた登場人物たちの気持ちをようやく理解した翔渡は、後悔の念に駆られるも、既にどうしようもできない事実に溜まった涙が溢れ始めた。
「父さん、母さん……親不孝な子供で、本当にごめん」
翔渡が少女の命を救うために駆け出したのは、咄嗟の判断だった。
結果として行動が実り少女の危機的状況を脱することができ、翔渡は世間的に英雄として称賛され女神から事実として伝えられた。
しかしそれは、外部的な話。
生みの親であり育ての親である両親にとって、その雄姿は誇らしいものであると同時に、たった1人の息子を亡くしてしまった悲しみは計り知れない。
到底「よかったね」という簡単な言葉で済ませられる話ではなく、怒りにも似た悲しみは一生消えることがないもの。
当たり前にあった日常が、当たり前にない日常へと変わってしまった、いや、変えてしまった。
大切な存在を失って初めて気が付く、物語の中の登場人物たちの気持ちが痛いほど理解できてしまう。
その後悔を今、翔渡は噛み締めるように自分の胸元を握り締めながら嗚咽を漏らす。
「爺ちゃん婆ちゃん……みんな……」
押し寄せる悲しみは、友人や記憶に残る教師などにも及び、この世界にもあるはずの思い出の場所まで走馬灯のように思い出してしまう。
あまりにも万能だと知ることができた、スキル【キャンセル】をしようすれば今すぐに行ける場所だが、二度と訪れることができないかのように。
「女神様と話をしていたときは全然大違いだ。未練たらたらでみっともなねぇな」
長袖だったことに感謝しつつ、両腕で涙に濡れた顔をゴシゴシと拭う。
再び自分が居る場所を確認するために辺りを見渡すと、移動していないのに情報として飛び込んでくる全ての見方が変わった。
「……俺みたいな境遇の人は居ないけど。それでも、みんな頑張ってるんだよな。誰もが、みんな」
つい先ほどまで言葉を交わし、一方的に至福の時間を過ごした緋音の顔を思い浮かべる。
未だ高校生という立場で親元を離れ、自分と同様にわからないことだらけで不慣れなことばかりでも、それでもなんとか頑張っていて、見ず知らずの人間を助けてしまうようなお人好しだ。
ランキングシステムで強さを証明しているというのもあるだろうが、それでも自分で精一杯にもかかわらず手助けを惜しんでいないのは接した翔渡がよくわかっている。
であれば。
「俺も、頑張ってみないとな」
彼女みたいに誰かへ手を伸ばせるほど芯の強さはなくとも、自分なりに自分のことを頑張ることぐらいはできる。
「今は自分にできることをやっていこう」
このまま帰るよりついでに島の全体像が気になった翔渡は、先ほどまでの緩やかな坂を上がるみたいに足を進めず、見えない階段を上るように足を進める。
1歩1段、障害物がなく物理的な妨害などがないことから、どんどん地上が遠ざかっていく。
「自分のことながら凄すぎるな。そのスキル、冗談抜きでなんでもアリじゃん」
もはや地上より雲の方が近い高さまで来てしまった。
「うわあ」
まるで夜空の星々を見上げているような景色が地上に広がっており、本物の星々が輝く夜空の間に挟まれたような、そんな不思議な感覚を抱く。
そんな高さまで辿り着いたものだから、円状になっている今の全貌が視界に捉えることができた。
さすがに視力的な問題や光源の関係上、島の端までは見通すことはできなかったが、それだけで島の規模を軽くでも理解できた。
「想像したいた広さより大きいな。あ」
ここまで広いとはいえ、学生島ではなく本島は見えないものか――と視線をグルっと一周させてみるも、残念ながら明かりの1点すら発見することができなかった。
「俺のスキルだったら、このまま行けるだろうし今日中に帰ってくることができるだろうけど……」
だが、時間的猶予があり可能なことであっても、翔渡は言葉通りに簡単な決断をすることはできない。
なぜなら、この世界では自分が生まれてきていない世界戦であり、もしも顔を知っている人間と出会ったとしても完全な初対面となってしまうから。
加えて残酷なのは、元々は血の繋がりがある家族と顔を合わせても赤の他人として扱われ――それに対する心の準備など、そう易々とできるものではない。
そう考えてしまうだけ、再び胸がギュッと締め付けられ涙が込み上がってきてしまう。
「ダメだ。これ以上考えても前向きにはなれない。明日もあることだし、もう戻ろう」
今度は階段を下りるように意識し、1歩1歩と地上へ足を進める。
「便利なスキルがあったとしても、使用者がこれじゃ宝の持ち腐れだよな」
あまりにも便利なスキルの有効活用方法を考えながら足を進め、ふと思い出す。
「ランキングを駆け上がれば、お金が貰えて将来安泰――だったか」
緋音から受けた軽い説明を思い出し、軽く将来設計を試みてみる。
「学園ランキングだったとしても、なりたい職業に就ける、もしくは大学があるのかわからないけど試験が有利になるだろう。後はお金か。どれぐらいのお金が貰えるのかわからないけど、ランキングに入ってアルバイトまでしたら欲しいものが買える――よな。好きなものも食べられるし」
欲に欲を重ね、建設的な将来設計ができているか定かではないが、翔渡は未来に希望を見出した。
「学園長に恩返し……は断られるとしても。自立する意味も込めてランキングを駆け上がることとアルバイトは視野に入れいいかもな。予想でしかないけど、学園島ランキングの上位に入れば学園の知名度が高くなるだろうし」
他の学園の有無や入学制が増えることによる、利益などは全く理解していないでも有名になって悪いことはないと予想する。
直接的なお金の返金は断られるとしても、それであれば可能ではないか、と。
自室のベランダに着地し、本当に今更ながら思う。
(これ、堂々とやるのはマズいよな)
哀愁に身を任せて動いていたことに反省をする。
寝室へ入り、クローゼット内にパジャマが用意されているとはつゆ知らず、翔渡はベッドへ飛び込んだ。
「明日から、この世界での普通な生活が始まるんだ。不安しかないけど、今は寝よう――」
翔渡は明日への心配を胸に、ゆっくりと目を閉じた。
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