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第13話『ぶつかったけどキャンセルできない?』

 末恐ろしいことに、緋音(あかね)が食事中に発言した内容は現実のものだった。


 翔渡(しょうと)は、空をも飛べそうなぐらいルンルンな気分でコンビニまでの道中を浮かれて歩き、無事に見慣れた光景の場所に到着。

 こちらの世界にあるコンビニというから、少しだけ違った内装などを楽しもうと思ったが、並行世界なのだから大差あるわけもなく。

 少しだけ違ったのがレジは完全無人であり、スタックは1人でも余裕そうだったところぐらい。


 そして学生に優しい値段設定というのは如何ほどかと言えば、ワイシャツが1000円で靴下が3足セットで500円。

 他にも学生証を提示することにより、飲食物が割引となるシステムが用意されていて、利益はどうやってとるのか疑問が出てしまうほど。

 ちなみに塩おにぎりは、学生価格だと50円、しかも驚異の消費税込みで。


「……ごめんなさい」


 ワイシャツと靴下3足セット、ついでに朝食用でパパパッと購入を終えて自動ドアから外へ出た瞬間――悲劇が起こってしまった。


「おい、どこ見て歩いてんだよ」


 争いごととは距離を置きたいと思っていた矢先に、衝突してしまい、しかも少し見上げるほど大柄で金髪ピアスという見るからに危なそうな学生に。

 人は見かけによらず、と翔渡(しょうと)も心得てはいるが、開口速攻で喧嘩腰なのだから先入観を持たないというポリシーは無意味と化す。

 加えるなら、たった今――胸ぐらを掴まれた。


「謝って済むなら法律はいらねえよなぁ?」

「じゃあ今、俺は何の法律に違反したんですか」

「あぁ?」

「正面を見ることを怠り、不注意で衝突してしまったことに対して謝罪はしましたよ。では逆に、今あなたが行っていることはなんですか? 拳を振り下ろすなら、立派な暴行罪だと思いますけど」

「そうですよ。非を認めて謝罪している人間に対して暴行を加えるなら、それは正当防衛にすらなりません。カメラがあること、わかっていないのですか」


 翔渡は、正当な権利を主張しているとはいえ内心では「ついカッとなって反論しちまった……」と、咄嗟に出てしまった言葉を後悔していた。

 加えて相手が引き下がらなかったら惨めにも土下座をしようと思っていたのに、嬉しくも悲しきかな、緋音(あかね)が便乗してきてしまったから後戻りできない。


(まあでも、つよつよボディーガードが居てくれるのなら少し強気になっても大丈夫か)


 一般的に言えば立場は逆でしかないが、この世界――というより、この学園島ではその限りではない。

 翔渡は「喧嘩になるなら、この子が相手になりますよ」と言う準備を整えていると。


「そんなのわかってるつーの」


 掴まれた手を解き、拘束が解除された。

 じゃあこれでおしまいか、と安堵する時間は瞬く間に過ぎ去り。


「じゃあスキル勝負だ」

「いやいや、おしまいにしましょうよ。俺が完全に悪かったので、気が済まないのでしたら土下座しますから」

「ここまで煽られて、はいそうですか、とはならねえだろ」

「煽ってないですって」

「んなわけねえだろ。お前、さっきから随分と余裕な態度じゃねえか」

「……」


 翔渡は完全に無意識だった。

 凡人と不良、不注意にも衝突してしまった――という状況に陥ったとき、弱者と強者という構図はどうやっても変わらない。

 であれば、弱者は弱者なりに怯える、震える、許しを懇願するのが道理というもの。

 ましてや隣に少女が同行しているのなら、プライドはズタボロになり、拘束が解除されたら走って逃げてもおかしくはない。


 だが翔渡は、緋音が強くて守ってもらおうする以外に余裕を見せられる条件を持っている。

 学園長との軽い試験、実技授業で試した多種多様な実用性、『覇王道を歩む』と発言してしまうぐらいに気持ちが大きくなってしまう出来事。


 そう、スキル【キャンセル】が持つほぼ無限大な可能性が、無意識化に弱者の精神を圧倒的な強者へと引き上げてしまっていたのだ。


「そこまで自分のスキルに自信があるのなら、お望み通りスキル勝負してやるって言ってんだよ」

「なるほど、そういうことだったんだね」

「え」

「じゃあ私がやっちゃうのは違うか」

「えぇ? 緋音さん?」


 緋音は緋音で、疑問を抱いていた。

 なんせ、自分には余裕がある旨を伝えて部屋にまであげているとはいえ、悪人ではない人物と認定していても、やはり年頃の少女であり多少の警戒はしていた。

 だから、緋音は仮説を2つ立てていたのだ。

 1つは完全に心を許し、ほぼ無警戒ともいえる状況で接してきている、敵意や悪意が全くない普通の男子。

 そしてもう2つ目は、自身のスキルに絶対的な自信という名の、強いスキルを所有もしくは使用できる――自信を絶対的強者と確信していること。


 事実を確認するには言葉では交わされてしまうが、こういった状況の対処方法を見極めれば答えは得られる。

 加えるなら、一応は助けに入る予定だったが、相手が放った「随分と余裕な態度」という言葉が、揉め事に発展した時点から気になっていたから。


「ほら、移動するぞ」

「……」


 催促されるがまま駐車場兼駐輪場へ移動。

 男が背中を向けている隙に走って逃げようとも考えたが、緋音(あかね)は同行してくれない未来が容易に見えてしまい断念。


 対面して距離を置くなり、男は表情を変える。


「てか、そっちの赤髪の女。彼氏が余裕ぶっこいてるから虚勢を張ってると思ったが、とんだじゃじゃ馬じゃねえか。そりゃあ余裕が滲み出てるわけだ」

「あら、私のことを知っているのね。だったら、やめておく?」

「男をぶっ飛ばしたとしても、次に待っているのは学園島ランキング10位とはな。外れくじにもほどがあるだろ」

「そう思える理性があるのなら、今が最後のチャンスじゃないかしら」

「んなことできるわけねえだろ。全部こいつが悪いんだ。後に惨敗が待っていようが、今はこいつをぶっ飛ばせればそれでいい」

「えぇ……」


 理性があるのか理性がないのか。

 それとも男という性が邪魔をしてしまっているのか、話を聞いているだけだった翔渡(しょうと)は内心で「じゃあ終わりでいいじゃん。ボコボコにしても、ボコボコにされるって恥ずかしくない?」と、不満が増していく。


「勝敗は、どちらかが戦闘の意思をなくしたらだ」

「それだと始まってすぐに俺が降参したら?」

「つくづくムカつくな、お前。そんなの承認されるわけねえだろ、馬鹿が」

「戦闘継続の意思がなくなるまでって、要は気絶するまでって言っているようなもんじゃん」

「それはどうだかな。まあどうせ、そこの女が判定は慣れてるだろうから任せたらいい」

「何それ、結局は明確なルールなしってことかよ」


 不満が漏れ出て、若干の苛立ちに変わってきた翔渡は飾り程度の敬語を取っ払った。


「じゃあ2人共、準備はいいわね。ルールとしては戦闘継続の意思がなくなり次第終了。当然、物理的な暴力行為は禁止とし、そのような行為が行われる場合は私が介入するわ」

「ああ、それで問題ない」

「はぁ……どうなっても知らないよ」

「それでは始め――!」

「先手必勝! 【岩の剛腕(ストーンアーム)】」


 男はその場から動くことなく、両掌を胸の前で勢いよく合わせる。


「【キャンセル】」

「……はぁ?」

「え……?」


 翔渡は、左手を持ち上げ指と指を弾いてパチンッと鳴らす。


 暴力行為が禁止され、純粋にスキルの強さを比べるだけなら勝負が決まって既に勝敗は決まっていた。


「【岩の剛腕(ストーンアーム)】!」


 何かの間違いと思った男は、再び勢いよく両掌を合わせるも。


「【キャンセル】」


 翔渡(しょうと)は再び指パッチンをして、男のスキルを消滅させる。


「はぁ????」


 屈強な男は、何度も何度もスキルを発動させるも次々にキャンセルされ消滅していく。

 スキルが発動している実感はあるものの、うんともすんとも起きない状況にいら立ちを露にして表情が歪む。


 その不可思議な光景を前に、緋音(あかね)も首を傾げて自分なりに状況を解析してみるも――全く理解できないでいた。


「俺は、いつでも何をされてもいいけど」

「あ、ありえねぇ……勝てる気がしねえ。降参だ降参。こっちの負けだ」

「――それじゃあ、これにて終了」

「よそ見してすみませんでした」

「なんなんだよ本当に。興醒めもいいところだ。こっちも腹を立てて悪かったよ」


 男は、その足でコンビニへ向かい始めた。


「じゃあ帰ろっか」


 一時はどうなるかと思っていた翔渡は胸を撫で下ろし、緋音と帰路に就く。

 そして、ふと気が付いた頃には茜色の夕焼けとなっており、翔渡は元々住んでいた世界を想う。


(なんだかんだあって、あっという間に1日が終わろうとしている。今朝、人助けをして命を落として新しい人生を歩んでいるなんて誰が予想できたか)


 ほとんど大差ない、馴染みあるような景色に安堵しつつ寂しさも覚える。


(この世界は、俺が知っているようで知らないことだらけ。世界に血縁関係の人間が誰もおらず、親と呼べる人誰も居ないし、言ってしまえば世界の部外者とも言えてしまうわけだ)


 学園長が親身になって生活を支えてくれても、親切にしてくれる美少女が仲良くしてくれても、不安は抱き続ける。

 そして、こうしたふとした瞬間に訪れる孤独感とはずっと付き合っていくわけだ。

 どんな事情があったとしても、この世界の誰かには確実に両親が居て、関係性はいろいろあれど家族が居る人たちとは同じではない。


「朝って苦手だったりする?」

「え。そ、それはどういう意味でしょうか」

「起こすためにチャイム鳴らしてあげようかなって」

「にが――」

(待て、待つんだ俺。冷静に考えろ。正直、別に朝は苦手じゃない。だが、女の子に起こしてもらえるのは控えめに言って最高だ。でもそうじゃない、そうじゃないんだ。緋音が出発するときにチャイムを鳴らすのだから、それで起こしてもらっていては一緒に登校できないじゃないか!)

「苦手じゃない。だから、もしよかったら朝の登校を一緒に行ってもらえると嬉しい」

「そうだね。せっかくの機会だし、どうせ同じ通学路だからそうしよう。逆に、私が遅かったら起こしてねっ」

「かしこまりました!」

「勢いすごっ」

(うおおおおおおおおお! 一緒に登校する確約を獲得したぞおおおおおおおおおお! 夢に見ていた最高な学園生活の幕開けだああああああああああ!)

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