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第11話『美少女と晩御飯を自宅で食べるなんて』

「う、うわあ」


 部屋の中に入った翔渡(しょうと)は情けない声を漏らす。


 玄関から3メートルはある、2人がすれ違える幅の廊下が視界に入り、左壁に扉付きの靴棚。

 廊下を少しだけ進むと、右手にキッチンスペースがあり、開いている空間は4畳ほどある。

 まさかのIHクッキングヒーターとガスコンロが両方備え付けてあるだけでなく、200リットル容量の冷蔵庫まで完備。


 至れり尽くせりな状況に、用意してくれたであろう学園長に感謝の念を抱かずにはいられない。


「学園長……ありがとうございます……」


 再び足を進めると、次はトイレと風呂場。

 トイレは独立しており、風呂場には洗濯機と洗面台が行き来に不便ではないよう配置してある。

 少しだけ風呂場を覗いてみると、シャワーと浴槽が別々にあった。


「うわすっげ。これが1人暮らしで許されるのかよ」


 と歓喜に震え始めるも、邪な考えが紛れ込んでくる。


「ま、待てよ。てことは、この部屋と同じ間取りであろう場所に緋音(あかね)が生活している……ということだよな……これが合法なんて許されていいのか……」


 興奮状態に突入し、自分のこれからよりも、美少女の生活をあれやこれやと妄想を捗らせてしまう。

 そんな年頃の男子は鞄を持ったまま、やっと部屋がある方向へ足を進める。


「2部屋もあるだと……?」


 廊下の先に2畳ほどの空間があり、左右に扉が。

 見るからに部屋ということを察し、とりあえず右の部屋へ突撃。

 そこは寝室で、黒いカーテンとセミダブルのベッドが既に備え付けてあった。


「学園長……この恩をどうやって返したらいいんだ……」


 罪悪感を抱きつつ、感謝の念に涙を浮かべながら隣の部屋へ移動。

 中に入ると、寝室同様に黒いカーテンがあり、壁際に四つ足のテーブルにオフィスチェアが配置してあった。


「明日、必ず学園長に感謝を伝えなくちゃな」


 テーブルの上に鞄を置き、チェアにアウターをかける。

 ネクタイを解きながらワイシャツの第1ボタンを外し、景色を確認するためにベランダへ。


 2階ということもあり、絶景を拝めるわけはなく。

 若干の期待外れではあるものの、高い建物はなく、下を見るとマンションの敷地内になっており、物置が視界に入る。

 しかし未だ晴れ渡る青空の下、心地よい風が肌を撫でた。


「なるほど、裏側があるのか」

「――でもね、裏口は1階にあるんだよ」

「うわっ」

「驚かせちゃってごめんね。私だよ私」

緋音(あかね)か」


 急に声がしたものだから、さすがに体が跳ね上がった翔渡(しょうと)であったが、つい先ほどまで聞いていた声にすぐ安堵する。

 加えると、妄想の中であれやこれやと喋っていたから、すぐに反応することができた。


「洗濯物を取り込んでたの」

「なるほど。それにしても、ちょっとした敷居越しに話をするなんて不思議な感覚だ」

「私も初めてだから、新鮮だよ。でもちょっと恥ずかしい、かな。成果いつ感が出ちゃうし」

「じゃあ俺は部屋に戻るよ」

「大丈夫。このままちょっと話そうよ。私も1人で寂しいし」


 なんてかわいらしいことを言われたら、翔渡は部屋に戻る意思を一瞬でどこかへ投げ捨てた。


「わからないことだらけだから、これからもいろいろとお願いします」

「私もまだまだ全然だよ。今日だって、朝に洗濯物を取り込もうと思ってたけど、時間がなくてできなかったんだもん」

「だとしたら、俺も慣れるまで時間がかかりそう」

「ふふっ。大変だよ~、洗濯したのを忘れて洗濯機の中に放置して生乾きの臭いが凄いことになっちゃうよ~」

「それ、全然やりそう。ちなみに俺、まだ自分で洗濯したことがないんだよな」

「わかるわかる。私も、家でやり方は教わったり服をたたむときは手伝ったりしていたけど、いざ自分がやるとドキドキだったもん」


 こんな雑談をして穏やかな時間を過ごしているうちに、翔渡(しょうと)は1人暮らしに対しての不安感が徐々に薄れていくのを感じる。

 表情も穏やか――を通り越して、だらしない笑顔を晒してしまっているが、幸いにも敷居のおかげで緋音(あかね)に見られることはない。


「あ、そうだ。もしよかったら、今日の晩御飯一緒に食べない?」

「え!? いいのぉ!?」

「なになに、急にどうしちゃったの」

「ごめん、嬉しかったから」

「私も、さ。最初の頃は寂しかったもん。これから1人で生活できるのかな~、学校生活はどんな感じなのかな~、勉強とか置いていかれないかな~って不安だったし。でも、学校が始まるまで不安で不安で仕方なかったから」

「うぅ……親身になって接してくれて、本当にありがとう。ありがとう」

「いいのいいの。ずっと同じことを言っちゃってるけど、困ったときはお互い様だから」

「何か手伝えることがあったら、なんでも言ってくれ! 俺はできなさそうでも力になれるよう頑張るから!」


 目に涙を浮かべながら拳を握り、気持ちを高ぶらせながら感謝を伝える――という情緒不安定な状況に陥ってしまう。


「あ、でも食材はないから買い物に行かないと。スーパーとかコンビニって近くにあるの?」

「大丈夫だよ~。実はね、昨日タイムセールで買いすぎちゃった素材があって、それを使って料理してみようと思ったものがあったの」

「なるほど。って、えぇ!?」

「ど、どどどどどうしたの!? 大丈夫!?」

「何も起きていないから大丈夫ではあるけど、別の意味で大丈夫じゃないというか。あのその、もしかして手作りということでしょうか」

「びっくりしたぁ。そうだよ」

(うっひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!! 女子の手料理を食べられるなんて超絶幸せ展開じゃないかああああああああああ!!!!!)


 人生で女子の手料理を作ってもらったことはなく、女性で言えば母親の料理に留まる。

 毎年訪れる、朝からソワソワしてしまうバレンタインデーという恒例行事は幼少期から誰からももらったことがあらず。

 家庭科の時間で行われる料理実習が含まれるのかはさておき、一時期は本気で悩んで旅行のお土産をカウントしそうな時期もあったほど。


 それが今、叶おうとしているのだ。

 翔渡(しょうと)は、これから確定で訪れる至福のときに興奮状態を押さえるため必死に両拳に力を込め始めている。


「あの――」

「じゃあ、材料の移動とか大変だからうちに来てね。着替えとか終わったら来てね~」

「え、はっ! はい! わかりました!」

「本当、どうしちゃったの? 急にキャラ変したの?」

「そんなことはありませんです。身支度を整え次第速やかに行動を開始します」

「ではこちらも準備を始めておくであります。ふふっ、急がなくて大丈夫だからね」

「わかりましたであります」


 しかもあろうことか、夢でもあった女の子の家に行くという実績も解除できるという展開に、翔渡(しょうと)は情緒がぶっ壊れるに加えて発言もおかしくなってしまう。

 ついでに、慣れてもいないのに右手で敬礼を行っていた。


 ガラガラガラ、という音が聞こえ、翔渡もすぐに行動を起こす。

 しかし、部屋に入るやすぐ事態に気が付く。


「テンション爆上がりから一転、俺って着替えの服とかなくね……?」


 さすがにここまで家電や生活雑貨などを用意してもらっておいて、着替えまで要求するのは愚か者でしかない。

 だが事実は事実であり、身支度を整えるなら、気崩してしまった制服をどうにかするしかなく。

 さてどうしたものかと、視界に入ったクローゼットへ少しの希望を抱きながら向かう。


 クローゼットがあるのは、現在いる部屋と寝室。

 まずは目の前にあるクローゼットを開くと――。


「なん……だと」


 下には小タンスのようなものが置いてあり、すぐさま確認してみると中には新品のワイシャツ10枚。

 他の段や、別の小タンスを開けてみると下着類や靴下、肌着も複数枚用意されている。

 そして目線を上にあげると、ブレザーのアウターが2枚あり、衣替え用のブレザー上下も3セット分ハンガーにかかっていた。

 なんとなんと、それは3分の1の話であり、残りスペースは私服が数セット分ハンガーにかかっている。


「こ、こんなことがあっていいのか、いや、いいのですか学園長……神託って凄すぎるだろ……」


 学園長に感謝を伝え、女神に「ああ女神様、本当にありがとうございます」と両手を合わせて両膝を床につけて祈りを捧げた。

 ほどなくして立ち上がり、とりあえず制服を脱ぎ捨て、肌着や下着もポイポイと放り投げ、風呂場へGO。


 シャワーを浴び始めてすぐ、入り口側の壁に浮かせる収納で気が付かなかったシャンプーなどを発見。

 全てが終わり、ドライヤーまでも用意されていたことに感謝し、気に入った服に着替え終え――いざ靴を履く。


「こ、これから俺は人生で初めて女の子の家にあがる。ただご飯を一緒に食べるだけでも、これは人生の中で最大の輝かしい日になるだろう」


 翔渡は決戦に向かうような表情で靴紐を結び直す。

 たった数歩で到着する道のりでさえ、その眼には決意が宿っている。


 ……という、明らかに大げさで異常な状況ではあるが、本人は本気だ。


「――さあ、いこう」


 いざ出陣。

 翔渡(しょうと)は、最後の理性で忘れなかった鍵だけをポケットに入れて外へ出た。


「こ、これを押してしまったら――始まってしまうのか」


 と、扉横にあるインターホンを鳴らすために指を、恐る恐る、それはもうゆっくりと、緊張から手に汗握りながら指を伸ばす。

 緊張感から無駄に呼吸が速くなり始める。


 しかしそんなことをしていると。


「――お、ちょうどよかったね」

「なっ!」


 ガチャっと扉が開き、中から緋音(あかね)が飛び出してきた。


「はい、どうぞどうぞ」

「ありがとうございます」

「男の子を家に上げるの初めてだから、ちょっと緊張しちゃうな」

「へっ」

(俺が初めてでいいのですかぁ!? こ、こんな俺がぁ!)

「どうしたの?」

「い、いえなんでも」


 扉の持ち手を変り、緋音は部屋の中へ足を進めた。

 翔渡は呼吸を整え、部屋の中から流れ出てくる、どこか甘いような匂いを鼻から思い切り吸い込む。


(なんていい匂いなんだ……これが、許された者しか足を踏み入れることができない聖域!)

「おーい、いつまでそこに居るの?」

「はい、今行きます」

(いざ、尋常に――!)


 翔渡(しょうと)は決意を改め、靴を脱いで揃え、聖域へと足を踏み入れた。

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