第10話『美少女と帰路に就き、新居へと向かう』
帰路に就いた2人は、赤煉瓦が敷き詰められている歩道を進む。
夕日が登るまではまだ時間があり、頭上はまだ鮮やかな青に染まっている。
通行人はまばらに歩いていて、コンクリートで舗装された道路を走る車も多くはない。
「いろいろと順番がおかしくなっちゃったけど、私は西浄緋音。同じく1年生、よろしくおね」
「俺も、同じく1年生。小須賀野翔渡だ、よろしく」
「顔と名前を知っているだけじゃなくて、もう話をしていて、一緒に犯人確保をした後に自己紹介って。なーんか変なのっ」
「わかる、俺もちょうど同じことを持っていた」
クスッと笑みを交わす2人。
自然と会話ができていることに翔渡は内心で驚いたが、当然それは緋音のコミュニーケーション能力が優れているから。
そして、目を離せない彼女の魅力に惹かれているからこそ、翔渡もなんとか話を続けるよう努力している。
「あ、鞄あったんだ」
「いやあ~学園で手渡されるってことを忘れいてさ。俺、たぶん寝ぼけていたんだな」
「ふふっ。でもあるあるよね、家を出てから忘れ物に気が付くのって」
「緋音はしっかりしていそうだけど、そんなことあるの?」
「余裕であるよー。パンを持って家を出ちゃったからか、スマホを忘れちゃったり」
「別のことに気をとられていると、あるあるだな」
「あーそうそう、一番酷いときなんてスカートをはき忘れて家を出そうになったりもしたよ。そのときは玄関で気が付いた……か……ら……ああああああああああああああああああああっ!!!!! 今のなし! 忘れてぇ!」
露出している皮膚全てが真っ赤に染まり、髪の部分と境目がわからなくなった緋音は、顔を隠したり腕をぶんぶんと振る。
翔渡はといえば、そんな焦っている表情や仕草がかわいいな、と思っていて、口走った内容を軽く妄想しようとしていた。
不可抗力だ、と言い訳しつつ、何かの間違いで現実に起きないかすら期待に胸を膨らませる。
「あ、そういえば。今朝の犯人はどうなったんだろう」
「――大丈夫。それに関しては連絡が入ったよ。あのまま気を失っていて、警備に連れていかれたって」
「それはよかった。今朝の緋音、かっこよかったな」
「そう? そんなこと初めて言われた。結構難しいのよね、相手を燃やさないように炎をぶつけるの」
「もしかして、勢い余ったら……」
「ぼっ! だね」
緋音が手で、ガスコンロから火が出始めるようなジェスチャーをし、2人はクスッ笑う。
翔渡はそんな、まさに甘酸っぱい青春の1ページを謳歌していることに胸を躍らせていた。
(この出会いは偶然でしかないけど、間違いなく元々住んでいた世界では経験することができそうになかった。くぅ~! 俺は今、こんなかわいい子と一緒に帰ることできている! テンション爆上げー!)
拳を突き上げて喜びを露にしたい気持ちを、グッと堪えて更なる気づきを得る。
(はっ! も、もしかしてー! 帰り道が一緒の方向ということは明日も変えることができるのでは!? 毎日! ま、待て……朝の登校も一緒に行けるのでは?!)
無意識に鼻の下を伸ばしている翔渡は、加えて鼻息も荒くなり始めてしまう。
幸いにも通過していく車両の数が増えてくれたおかげで、隣を歩く緋音にはバレないで済んだ。
「そういえば、この時期に転入なんて珍しいよね」
(ま、まずい)
「俺もそう思う」
「随分と他人事みたいだね?」
「……じ、実は――」
あまりにも不自然な会話の流れに、緋音は不思議そうに「実は?」と横から顔を覗かせている。
髪が垂れて耳にかける動作や、ちょこっと首を曲げて覗き込んでいる動作はかわいらしい。
翔渡は内心で、しっかりと反応しているものの返答に困って余裕がなくなっていた。
(完全に油断していた。そうだ、そうだよな。今の今まで目まぐるしい時間を過ごしてきたから忘れいてた。こういう時間や、誰かと仲が良くなったら最初に聞かれる質問じゃないか)
「俺、入学式の少し前に怪我をして入院していたんだ」
「えっ、そうだったのね」
「それでさ。自分で言うのもあれだけど、怪我をしった事実が恥ずかしかったし、転入ってかたちにしたら交友関係もスムーズにことが運ぶかなって。学園長も提案に乗ってくれて」
「――……ああ、なるほど。あるよねぇ、そういう悩み」
(なんかもうツッコミどころしかない言い分だったけど、納得してくれた……んだよな。あぶねえ)
ちょっと演技も加えて照れくさそうにしてみたから、変な言い分に説得力を増すことができていた。
当然、緋音が純粋な気持ちで話に寄り添ってくれる人の好さが加味され、成功した話の流れであるが。
「それにしても、翔渡は1人暮らしに不安はないの?」
「ん……まあ、ある。初めてだし、何がわからないのかわからない状態ではある」
「私も同じ。まだ1か月も経っていないけど、勉強して、ご飯作って食べてお皿洗って、洗濯して干して。たまに干しっぱなしだったり、洗濯ものを入れてスイッチ入れ忘れてたり……大変だよぉ」
(そうだよな。俺も、今まで家族にやってもらっていたことを今度は自分でやらなくちゃいけないんだもんな)
「じゃあ1人暮らしの先輩、わからないことがあったらいろいろと教えてください」
「もーう、今の話ちゃんと聞いていた?」
横に目線を向けると、そこにはぷくーっと頬を膨らませた、ぜひ写真に収めておきたいほどかわいらしい緋音の表情があった。
「あ、そういえば。私の部屋は角部屋なんだけど、隣に人が住んでいないから逆にちょっと緊張しちゃうんだよね」
「なんで? そこはラッキーじゃないの?」
「だってほら、なんでもそうだけど。楽だったり快適なことに慣れたあと制限されちゃうのって、余計に不便だと思わない?」
「あー、そう言われるとわかるかも。小学校の頃、低学年から高学年になるとき感じたあれだ。ボールを蹴るのがひたすら楽しかったのに、試合が~ルールが~で制限が増えていって自由な楽しさがなくなったときのあれ」
「随分と不思議な着眼点だね」
「え、結構自信あったんだけど」
と、雑談を交えて足を進めていくと、とあるマンションの前で緋音が足を止めた。
「すっごーい。いつもは長く感じてたのに、あっという間に到着しちゃった」
「ということは」
「そう、ここが案内された先だよ。というか、今日が初めてなの?」
「実はそうなんだよね。病院から直接行ったり、道が途中でわからなくなったり。時間管理の甘さを身をもって経験したところで、運よく緋音に出会うことができたんだ」
「あるあるだよね。急いでいるときって、特にドタバタしちゃうの、わっかる~」
なんとか誤魔化せたか審判になりながら緋音の表情を窺うも、「うんうん」と絵に描いたような納得している様子で翔渡は安堵する。
「それにしてもデカいな……」
元々の世界では一軒家で生活していた翔渡は、初めて見る3階建てのマンションに口が空いてしまう。
「そういえば、何階なの?」
緋音の質問に対して、どう回答すればいいのか迷っていると、取り出した鍵に202の番号が記載されていた。
「202だね」
「えっ! 私、201だよ。隣、隣っ」
「わお、これはまた凄い偶然」
「じゃあ、行こう。エントランスの入り方も特殊だから、教えてあげる」
セキュリティ万全と言えてしまう、自動ドアを通過すると、中には部屋の番号を入力する端末があった。
「ここで部屋番号をタッチ入力して、鍵をここにかざすの」
「ほう」
タッチパネルに数字が浮かび上がっており、ただ数字をタッチするだけ。
鍵に関しても、通常の鍵と同じ形状をしているはずなのに、カードキーと同様の役割を果たしている。
緋音に手本を見せてもらった後、自分でもやってエラーなどなく無事に終了し、もう1枚の自動ドアを通過してエントランスへ足を進めた。
「ここからは、エレベーターか階段で上に行く感じ。あそこにあるのが管理人さんが常駐してる場所だよ」
翔渡は、指を差された方向へ目線を向けると、わかりやすく【管理人室】と記された看板が壁に備わっていた。
「じゃあエレベーターで上がっちゃおう」
「うん」
(これ、後から挨拶に行った方がいいやつだよな。さすがに)
初めての場所に訪れる新鮮な気持ちと、これから待ち受けている部屋にワクワクを抱く。
そして管理人や隣人に対しての挨拶はどうするのか、新しい生活に慣れることができるのかなどの不安な気持ちも抱いていしまう。
そうこうしていると、内面が灰色なエレベーターから降りて2階へ到着。
緋音に先導されて足を進めていくと、廊下の突き当りまで行きついた。
「ここが201で私の部屋。そして、隣が翔渡の部屋。鍵はさっき使ったやつを使ってはいるだけよ」
「ここまで丁寧に教えてくれたありがとう」
「いいのいいの。隣の人が知っている人だと安心できるし、こっちこそありがとうだよ」
(俺、こんなに女の子と仲良く話をしていいのか!? 幸せでしかないけど、後から不幸なことが訪れたりしないよな……?)
幸せを噛み締める翔渡は、部屋へ辿り着く前に目撃した不思議な場所を疑問に思う。
「そういえば、あそこって通路になってるの? 俺の部屋のところ」
「そうみたいだね。時々管理人さんが行き来しているから、用具置き場があったりメンテナンスするのに必要なのかも?」
「なるほど」
201と202を分断するように、203との間に通路ができていた。
「まあ、今気にしても仕方がないか」
「だね。じゃあ、後は部屋に入ってかな。わからないことがあったら、いつでも質問してね」
「本当、何から何までありがとう」
「いいのいいの。困ったときはお互い様だからっ」
手を振りながら部屋に入っていく緋音に手を振り返し、翔渡も鍵を開けて部屋に――。