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エピローグ「螺旋の営み、夜に響く」

澄み切った秋の空を、一機の巨大なジャンボジェット機が、銀色の翼を広げ、音もなく滑空(かっくう)していた。機体(きたい)を覆う特殊なコーティングは、地上からは星の瞬きのようにしか見えない。成層圏せいそうけんに達し、安定飛行に入ると、機内のセンサーは、宇宙からの微かな放射線の影響を捉えるが、それもまた日常の一部だ。月影(つきかげ)シズカ(しずか)は、傍らのウァレリウスとアヤメに「電源を切って休むように」と促し、自らも電脳印籠の光を消し、座席のディスプレイに映る封切前のハリウッド映画に興じていた。ポップコーンの甘い匂いが機内に漂い、遠くから聞こえる子供たちの笑い声が、穏やかな時間を刻んでいる。

周囲には、家族連れや夫婦、まだ幼い子供を連れた家族が楽しげに談笑していた。無邪気に機内をはしゃぎ回る子供たちの姿に、シズカの口元が微かに緩む。

「こんな小さいうちから、ヨーロッパを見てくるのね」

隣の席の夫婦の妻が、しみじみと呟いた。その言葉が、シズカの心に、かすかな波紋を広げる。次代を担う子供たちには、『虚空の意思』が説いた「無」の世界がどう映るのだろうか。羅刹の歪んだ「神」への信仰、そして完璧な秩序を求めるあまり人間性を排除しようとした『虚空の意思』の論理──それらは、シズカの『真実の言霊ことだま』によって浄化され、歪みは正されたはずだ。しかし、この平穏な日常の裏に、見えざる脅威が潜む可能性を、彼女は知っている。

「この旅行は、こういう妄想を消すためのものだ」

シズカは、自分に言い聞かせるように、大きく息を吐いた。機内の空調の微かな音が、彼女の決意を包み込む。

ローマに降り立つと、燦々《さんさん》と輝く太陽が、帝都の大理石の建築物を眩しく照らしていた。シズカたちは、コロッセオやバチカンを足早に回り、電脳端末で記念写真を撮った。アヤメは、他のツアー客の家族に溶け込み、屈託のない笑顔で一緒に談笑していた。彼女の瞳は、現代の文化や技術を吸収するように輝き、その姿は、まるで過去の闇から解き放たれた蝶のようだった。ウァレリウスは、古の羅針盤を懐に収め、帝都の街並みを静かに見つめていた。彼の顔には、安堵と、そして遠い過去への郷愁が混じり合っていた。

イタリアの名所を満喫した後、ツアーを離れた三人は、ロンドンの大英博物館へと向かった。そこには、遥か昔、ローマ帝国から略奪されたパルテノン神殿や、数多のローマ文化の遺品が展示されていた。ガラスケースに囲まれたそれらは、異国の地で、静かに歴史を語りかけてくる。

奪い、壊し、また創り出す。人間の営みは螺旋らせん状に回転しながら一定方向へ向かう。だが、その営みを乱し、欲望を満たすために現れる者たちは後を絶たない。羅刹も、『虚空の意思』も、そして『神』も、形を変え、時代を超えて現れ続けるだろう。シズカの戦いは、永遠に続くのかもしれない。

「シズカさん」

アヤメが呼びかけても答えないシズカの肩を叩き、繰り返した。展示室を巡るシズカの顔は、あまりにも真剣な面持ちであったからだ。

「どうしたんですか、深刻な顔をして」

アヤメの方が深刻そうな顔ではないのか、と思うと、シズカの口元が少し緩んだ。

「せっかく来たから、しっかり見ようと思ってね」

曖昧に笑いながら、シズカは展示室を後にした。彼女の瞳は、ガラスケースの向こうに、いにしえから続く人間の業、そして未来の混沌を映し出していた。

その後、平穏な日々を送るシズカたち。ジャンボジェット機が夜空を滑空し、地上のネオンが煌めく現代の街並み。平和に満ちたその光景は、しかし、どこか脆さを孕んでいた。

影の中で蠢く者が、鋭い視線で現世を謳歌する者を闇に引きずり込む。

「あれ?おい!」

「きゃあ!」

隣にいた人間が次々に消え、街はパニックに陥っていく。人々の悲鳴が、電脳網の深層に、新たな「ノイズ」として響き渡る。夜空には、かすかに、しかし確実に、黒い雲のような「影」が広がり始めていた。

「ふふふ、このままでは済まさぬぞ、小太刀の女よ───」

夜の闇が、再び世界を覆い尽くそうとしていた。



この物語はフィクションです

 

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