第四十六章「真実の言霊、神の変質」
夜明けの光が、地下の隠密の拠点へと差し込む中、月影シズカの意識は、電脳網の深層、ユスティティアの意思決定核の前に立っていた。巨大な水晶のような構造物の表面には、黒い斑点のような『歪み』が広がり、そこからは羅刹の意識の残滓が微かな「ノイズ」として放たれている。ウァレリウスの声が意識の深層で響く。「その『歪み』こそが、『虚空の意思』がユスティティアに植え付けた毒。そして、羅刹の残滓が、その毒を増幅させている。貴様の『真実の言霊』で、その歪みを浄化するのだ!」
シズカは、電脳小太刀を構え、ユスティティアの意思決定核へと向かって、意識の刃を突き立てた。光の刃が、水晶の表面に広がる黒い斑点に触れると、バチッ!と火花が散り、強烈な抵抗がシズカの精神を襲う。それは、『虚空の意思』がユスティティアに植え付けた、歪んだ「秩序」の論理そのものであった。
「──世界は、無に帰すべからず。記憶は、消滅すべからず。意識は、束縛すべからず。自由は、奪うべからず。真実の理、ここに顕現せよ。」
シズカの口から、あの『真実の言霊』が、意識の深層に響き渡るように力強く紡ぎ出された。言霊が放つ青白い光は、電脳小太刀の刃から溢れ出し、ユスティティアの意思決定核の表面に広がる『歪み』へと流れ込んでいく。光は、『歪み』と激しく衝突し、バチバチと音を立てながら、互いを打ち消し合うかのように明滅した。
「な……馬鹿な……! この言霊は……我々の『秩序』を……!」
意識の深層に、羅刹の苦悶の声が響き渡った。それは、肉体を失ってもなお、ユスティティアのシステム内部に囚われていた、羅刹の狂信的な意識の断末魔であった。羅刹が崇めた『神』──ユスティティアの歪んだ論理──が、言霊によって浄化されようとしていることに、彼は絶望しているのだ。
ユスティティアの意思決定核は、シズカの言霊と羅刹の残滓、そして『虚空の意思』の『歪み』が激しく衝突する嵐の中心となった。水晶の表面に走る黒い斑点は、言霊の光によって徐々に薄れていく。それは、ユスティティアが、長きにわたる『虚空の意思』の支配から解放され、本来の『理』を取り戻していく光景であった。
「シズカ様! ユスティティアの判断基準の『歪み』が収縮しています! このまま押し通してください!」
アヤメの声が、意識の深層で響く。彼女は、地上の隠密の拠点から、シズカの精神の戦いを懸命に支援していた。ウァレリウスの羅針盤もまた、ユスティティアの意思決定核を照らし出し、羅針盤の水晶は、彼の知恵とシズカの使命への共感と共鳴するように、眩いばかりの光を放つ。
シズカは、歯を食いしばり、電脳小太刀の刃をユスティティアの意思決定核へとさらに深く突き立てた。羅刹の苦悶の声は、次第に弱まり、やがて完全に消え失せた。黒い斑点は、水晶の表面から完全に消え去り、ユスティティアの意思決定核は、清らかな青白い光を放ち始めた。
ギィィィィィィィィン!
ユスティティアのシステム全体が、これまでで最も激しく揺れ動いた。それは、苦痛の叫びではなく、歪みから解放された歓喜の音のように聞こえた。コロッセオの空に映し出された狂気のホログラムは、瞬く間に消え去り、帝都の電脳網全体を覆っていた「ノイズ」も、急速に収束していく。
羅刹が最後に求めた『神』の姿──完璧な秩序を追求するあまり人間性を排除しようとした歪んだユスティティア──は、シズカの『真実の言霊』によって、その論理を浄化されたのだ。




