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第四十五章「魂の旅路、ユスティティアの核心へ」

夜明けのローマは、日差しを浴びて輝きを増していた。しかし、地下の隠密の拠点では、静かな緊張感が漂っていた。アヤメの電脳端末からは、解析作業の微かな電子音が響き、ディスプレイには、ユスティティアのシステムに広がる「ノイズ」の新たな波形が、目まぐるしくスクロールしている。月影(つきかげ)シズカ(しずか)は、深い呼吸を繰り返し、自身の精神を研ぎ澄ませていた。

「シズカ様、ユスティティアの意思決定核への侵入パターン、完成しました。羅針盤で『虚空の意思』の『歪み』を模倣し、ユスティティアが『最適化』と認識するコードです。しかし、一度このパターンをシステムに流せば、後戻りはできません。ユスティティアがこれを攻撃と認識すれば、帝都の電脳網は即座に崩壊します」

アヤメの声は、緊張に満ちていた。彼女のディスプレイには、シミュレーションの結果が表示されている。成功すれば、ユスティティアの核心へと到達できるが、失敗すれば、帝都は取り返しのつかない混乱に陥るだろう。

ウァレリウスは、羅針盤を握りしめ、シズカを見つめた。彼の顔には、疲労と、この危険な賭けへの覚悟が混じり合っていた。羅針盤の水晶は、彼の知恵と、シズカの使命への共感と共鳴するように、激しく輝き始めている。

月影(つきかげ)殿。この羅針盤が、貴様の意識をユスティティアの深層へと導こう。だが、そこは、これまで誰も足を踏み入れたことのない領域。羅刹の残滓は浄化されたとはいえ、『虚空の意思』が遺した『神』への歪んだ信仰が、まだ潜んでおるやもしれぬ。貴様の精神が、その『ノイズ』に侵食されぬよう、細心の注意を払うのだ」

ウァレリウスの声は、重々しく響いた。彼は、羅針盤をシズカへと差し出した。

シズカは、羅針盤を受け取り、自身の神経インターフェースと接続した。羅針盤の水晶が、シズカの意識と共鳴するように、眩いばかりの光を放つ。その光は、シズカの全身を包み込み、彼女の意識は、肉体から切り離されるかのように、電脳網の深層へとダイブしていく。

視界がノイズに包まれ、次の瞬間、シズカの意識は、無限のデータの中に放り込まれた。そこは、電脳ローマ帝国の心臓部──ユスティティアのシステム内部であった。無数の光ファイバーが、まるで血管のように張り巡らされ、その一つ一つが、帝都のあらゆる情報を伝達している。コロッセオの剣闘士の歓声、テルマエの湯気、元老院の議論、市民のささやき──あらゆる情報が、光の粒子となって空間を駆け巡る。

「シズカ様、侵入成功です! ユスティティアの意思決定核への経路を確保しました!」

アヤメの声が、意識の深層で響く。彼女は、シズカの意識をユスティティアのシステムへと導く、まさに案内役となっていた。

シズカは、光の奔流の中を進んでいく。ユスティティアのシステムは、完璧な秩序を追求するあまり、一切の無駄を排除している。全てが最適化され、全てが管理された世界。羅刹が語った『神』の楽園が、ここに具現化されているかのようだ。しかし、その完璧な秩序の奥には、かすかな不協和音──『虚空の意思』が残した「歪み」──が潜んでいる。

光の粒子が、羅刹の狂信的な記憶の残滓を幻影として映し出す。血に染まったからくり武者の残骸、絶望に満ちた兵士たちの顔、そして、羅刹が最後に浮かべた虚無の瞳……。それらは、シズカの精神を揺るがし、羅刹が抱いた「神」への歪んだ願望を、彼女の意識に直接語りかけてくる。

「──シズカ……お前には、分からぬ……この世の混沌は、真の秩序を求めているのだ……」

羅刹の声が、意識の深層で響く。それは、羅刹の残滓が、ユスティティアのシステムに侵食し、新たな形で顕現しようとしている兆しであった。

シズカは、歯を食いしばり、精神的な重圧に耐えた。彼女は、電脳小太刀の刃に、己の全てを込めた。光の刃が、羅刹の幻影を切り裂き、意識のノイズを一時的に退ける。

そして、ついにユスティティアの意思決定核へとたどり着いた。そこは、巨大な水晶のような構造物であった。無数の光ファイバーがその水晶へと繋がり、帝都の全てを制御している。しかし、その水晶の表面には、微かに、しかし確かに、黒い斑点のようなものが広がっていた。それは、『虚空の意思』が残した「歪み」の痕跡。そして、その黒い斑点からは、羅刹の意識の残滓が、微かな「ノイズ」として放たれていた。

「ウァレリウス殿! これが、ユスティティアの意思決定核!」

シズカは、意識の深層で叫んだ。

「その通りだ、月影(つきかげ)殿。その『歪み』こそが、『虚空の意思』がユスティティアに植え付けた毒。そして、羅刹の残滓が、その毒を増幅させている。貴様の『真実の言霊』で、その歪みを浄化するのだ!」

ウァレリウスの声が、意識の深層で響く。彼の羅針盤が放つ光が、ユスティティアの意思決定核を照らし出し、シズカの進むべき道を示す。

シズカは、電脳小太刀を構え、ユスティティアの意思決定核へと向かって、意識の刃を突き立てた。夜明けの光が、地下の隠密の拠点へと差し込み、その光は、シズカの精神の戦いを静かに見守っていた。



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