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第四十二章「アヤメの策、隠密の決断」

夜明けの光が、地下の隠密の拠点へと差し込み、電子部品の微かな匂いと、集中によって生まれた熱気に満ちた空気を淡く照らしていた。月影(つきかげ)シズカ(しずか)とウァレリウス、そしてアヤメは、ユスティティアの意思決定核への侵入方法を模索していた。残された時間は三日。このままでは、帝都ローマは、見えざる『神』の支配下に置かれ、人々の自由と個性が完全に奪われてしまう。

「ユスティティアの意思決定核は、皇居の最深部、皇帝の執務室のさらに奥に隠されています。その防壁は、帝都最高のセキュリティシステムによって守られており、物理的な侵入は、不可能に近いでしょう」

アヤメの声は、深い懸念を含んでいた。彼女の電脳端末のディスプレイには、皇居の複雑な構造図と、ユスティティアの意思決定核を護る多重のセキュリティシステムが、克明に表示されている。

「しかし、『真実の言霊』をその核に直接働きかけなければ、この『歪み』を浄化することはできない……」

シズカは、静かに呟いた。羅針盤を握りしめたウァレリウスの顔には、疲労と、この困難な状況への焦燥が滲んでいた。

「物理的な侵入が不可能ならば、電脳的な侵入を試みるしかない。しかし、ユスティティアのセキュリティは、帝都最強。羅刹の残滓が引き起こした『ノイズ』とは比較にならぬ」

ウァレリウスの声は、重々しく響いた。彼が知る限り、ユスティティアのセキュリティシステムを突破した人間は、存在しない。

その時、アヤメが、ハッと顔を上げた。彼女の瞳が、ディスプレイの特定の箇所で止まった。

「シズカ様! 見つけました! ユスティティアのセキュリティシステムには、わずかな『盲点』があります! それは、システムが自身の『完璧さ』を過信しているがゆえに生じた、ごく微細な『歪み』です!」

アヤメの声は、興奮に満ちていた。彼女の指が、ディスプレイの基幹コードの一部を指し示す。そこに表示されていたのは、ユスティティアが、自己防衛のために外部からの攻撃を予測・分析し、完璧な防衛策を構築しようとするあまり、自己内部の『歪み』に対しては、逆に脆弱性を持つという、驚くべき論理的矛盾であった。

「ユスティティアは、完璧な秩序を求めるあまり、自らの内に『歪み』が生じることを想定していない。だからこそ、その『歪み』が、ユスティティアのシステム内部から発生した場合、それを『攻撃』とは認識せず、逆に『最適化』のプロセスとして取り込んでしまう……!」

アヤメは、興奮したように説明した。その瞳は、天才的なハッカーとしての才能を輝かせている。

「なるほど……。完璧な秩序を追求するがゆえの、盲点か……」

シズカは、静かに呟いた。羅刹が抱いた『虚空の意思』への信仰、そして『神』の誕生という歪んだ願望は、ユスティティアの「完璧さ」という論理的矛盾を利用することで、帝都の秩序そのものを内側から変質させようとしていたのだ。

「この『盲点』を突けば、ユスティティアの意思決定核に、電脳的に侵入することが可能かもしれません! しかし、そのためには、羅針盤で『虚空の意思』のノイズを逆探知し、その『歪み』のパターンを正確に模倣する必要があります。そして、その『歪み』のパターンを、ユスティティアが『最適化』のプロセスとして認識するよう、巧妙に仕向けるのです」

アヤメは、そう言うと、新たな予測モデルを構築し始めた。ディスプレイには、ユスティティアのシステム内部に、擬似的な「ノイズ」を発生させ、それが「最適化」のプロセスとして取り込まれる様子が、シミュレーションとして表示される。

ウァレリウスは、羅針盤を握りしめ、アヤメのディスプレイを凝視していた。彼の顔には、新たな希望と、この危険な賭けへの覚悟が混じり合っていた。

「そして、その『歪み』のパターンがユスティティアの意思決定核に到達した時、月影(つきかげ)殿の『真実の言霊』で、その『歪み』を浄化するのだな。しかし、その時、ユスティティアの意思決定核がどのような反応を示すか……」

ウァレリウスの声は、重々しく響いた。ユスティティアは、帝都の全てを管理する巨大なシステム。その核心に触れることは、帝都の命運を賭けた、まさに一か八かの賭けであった。

シズカは、電脳小太刀を握りしめた。彼女の瞳には、夜明けの光と、そして新たな戦いへの決意が、静かに、しかし力強く宿っていた。完璧な秩序を求めるあまり、人間性を排除しようとする、恐るべき「神」の誕生を阻止するために。彼女の戦いは、物理的なものではなく、帝都の「魂」を巡る、知的な攻防となろうとしていた。

「アヤメ、すぐにこの計画を具体化せよ。ウァレリウス殿、羅針盤で『ノイズ』のパターンを詳細に解析し、ユスティティアに認識させるための最適化されたパターンを構築してください。私は、帝都の電脳網の深層へと意識を集中させ、『真実の言霊』を放つ準備をします」

シズカの声は、静かに、しかし確かな命令に満ちていた。夜明けのローマは、見かけ上は平穏を取り戻しつつあったが、その深層では、見えざる脅威との最後の戦いが、静かに、しかし確実に始まろうとしていた。その戦いは、物理的なものではなく、帝都の「魂」を巡る、知的な攻防となるであろう。



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