第三十五章「朝の光と交錯する決意」
江戸城の地下深く、古の祭祀場から続く石段を上りきった三人の影は、夜明けの澄み切った空気に包まれていた。地下の冷たく湿った空気が衣服に染み付いていたが、地上に吹き抜ける春の風が、その淀みを優しく洗い流していく。風は、どこか甘い花の香りを運び、静馬の疲れた心に微かな安らぎをもたらした。
東の空は、息をのむほど美しい色彩のグラデーションを描いている。地平線に近い部分は、燃えるような茜色に染まり、それが次第に藤色、そして淡い水色へと移り変わっていく。その境目には、まだ夜の残滓である深い藍色が微かに滲み、空全体が巨大な絵巻のように広がる。真新しい太陽の光が、まるで希望の矢のように降り注ぎ、大江戸シティの輪郭を鮮やかに浮かび上がらせた。街の屋根瓦は、朝露に濡れて鈍く光り、遠くのビル群のガラス窓は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
遠くからは、朝市を準備する人々の賑やかな声が、風に乗って聞こえてくる。荷車が石畳を擦るゴロゴロという音や、魚を並べる木箱のカタカタという音が、新しい一日の始まりを告げる。デジタル瓦版からは、システム復旧を伝えるアナウンスが、まるで新しい一日を祝福するかのように、軽やかな電子音で流れてくる。
「……夜が明けたね」
お竜が、空を見上げながら、ぽつりと言った。彼女の顔は、夜通しの激闘でやつれ、肌は青白く見える。派手なサイバー着物は、泥と埃でくすみ、紫色の髪も地下の湿気で僅かに乱れているが、夜明けの光を浴びて、その瞳はどこか清々しい光を宿していた。朝の風が、彼女の紫色の髪を優しく揺らす。
「ああ。そして、新たな一日が始まる」
月影静馬は、そう応え、東の空から差し込む夜明けの光を全身に浴びた。その光は、彼の疲れた体を優しく包み込み、新たな活力を与えてくれるかのようだった。彼の頬に残る切り傷が、朝の光に照らされて微かに赤く光る。その瞳には、夜明けの光が反射し、その奥に宿る確かな決意を、より一層輝かせている。彼の作務衣は、ところどころ破れ、土埃で汚れていたが、その姿は、夜の闇を打ち破った戦士のようだった。
「へっ、姐御もまだまだ若いな! この鉄斎様は、これくらいじゃへこたれねえぜ!」
電脳浪人・鉄斎は、豪快に笑いながら、大太刀「黒鋼」を肩に担いだ。彼の武道着は土埃で汚れ、ところどころ破れているが、その厳つい顔には、疲労の色よりも、夜明けの光のような清々しさが浮かんでいる。彼の瞳は、遠い空の彼方を見つめ、まだ見ぬ敵を睨むかのように鋭かった。
静馬は、改めて二人の顔を見つめた。彼らの疲労困憊の表情の中に、確かな信頼と、そして未来への希望の光が灯っているのを感じた。この戦いは、まだ終わらない。夢遊が語った「新たな神」の概念、そして「電脳黒船」の真の目的は、まだ完全に解明されていないのだ。
「……まずは、若年寄様への報告だな。そして、北斎|オルタにも、この夜明けの光景を伝えなければならない」
静馬の声は、疲労で掠れていたが、その言葉には、確かな責任感が込められていた。
「おうよ! 大御所システムを救った英雄様のお出ましだ! 若年寄様も、さぞかし驚かれることだろうよ!」
鉄斎は、得意げに胸を張った。彼の声は、朝の空に朗々と響き渡る。
「ま、あたしは裏方だからね。あんたたち、せいぜい褒美をたっぷり貰いな。その分、あたしにもおこぼれを期待してるからね」
お竜は、そう言いながら、静馬の背中を軽く押した。その声には、いつもの皮肉が混じっているが、どこか優しい響きがあった。
三人は、夜明けの光に包まれた江戸城の敷地を後にし、それぞれの目的へと向かって歩き出した。彼らの足元からは、朝露に濡れた草の匂いが微かに立ち上り、新しい一日の始まりを告げている。
朧月の夜は、終わりを告げた。
しかし、新たな夜明けが、今、まさに始まろうとしていた。
そして、その夜明けの光の中に、彼らの新たな戦いが、静かに、しかし確実に姿を現そうとしていた。




