第二十三章「風の囁きと新たな夜明け」
江戸城の地下深く、古の祭祀場から続く石段を、月影静馬、電脳浪人・鉄斎、そして飛燕のお竜の三人は、重い足取りで上っていた。地下の冷たく湿った空気は、彼らの衣服に染み込み、肌にまとわりつく。微かに残るオゾンの匂いと、土埃の乾いた匂いが、彼らの疲労をさらに深く感じさせた。階段を上る度に、足元から響くゴツ、ゴツという音が、彼らの心臓の鼓動と重なり合う。
「……やれやれ、ようやく地上ってわけかい。あたしゃ、もう二度とこんな薄暗い場所はごめんだね」
お竜が、息を弾ませながら、腰に差した電磁ロッドを軽く叩いた。彼女の派手なサイバー着物は、泥と埃でくすんで見え、紫色の髪は地下の湿気で僅かに乱れている。しかし、その瞳は、夜の喧騒を乗り越えた者だけが持つ、確かな光を宿し、静馬の背中を力強く見つめていた。
「へっ、姐御もまだまだ若いな! この鉄斎様は、これくらいじゃへこたれねえぜ!」
鉄斎は、豪快に笑いながら、大太刀「黒鋼」を肩に担いだ。彼の武道着は土埃で汚れ、ところどころ破れているが、その厳つい顔には、疲労の色よりも、夜明けの光のような清々しさが浮かんでいる。
静馬は、二人の軽口を聞きながら、最後の段を上り切った。目の前には、夜明けの光に包まれた大江戸シティが広がっている。地下の冷気から一転、肌を優しく撫でる風が、彼の疲れた頬を通り過ぎていった。その風は、どこか甘い花の香りを運び、静馬の心を微かに和ませる。
東の空は、茜色から藤色、そして淡い水色へと、息をのむほど美しいグラデーションを描いていた。地平線からは、真新しい太陽の光が、まるで希望の矢のように降り注ぎ、街の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせる。遠くからは、朝市を準備する人々の賑やかな声や、デジタル瓦版が流す、システム復旧を伝えるアナウンスが、まるで新しい一日を祝福するかのように聞こえてくる。
「……夜が明けたね」
お竜が、空を見上げながら、ぽつりと言った。その顔は、夜通しの疲労でやつれているが、夜明けの光を浴びて、どこか清々しい表情をしていた。彼女の紫色の髪が、朝の風に優しく揺れる。
「ああ。そして、新たな一日が始まる」
静馬は、そう応え、東の空から差し込む夜明けの光を全身に浴びた。その光は、彼の疲れた体を優しく包み込み、新たな活力を与えてくれるかのようだった。彼の瞳には、夜明けの光が反射し、その奥に宿る確かな決意を、より一層輝かせている。
彼らの戦いは、まだ続く。夢遊が語った「新たな神」の概念、そして「電脳黒船」の真の目的は、まだ完全に解明されていない。しかし、彼らの心の中には、絶望ではなく、確かな希望の光が灯っていた。
その光が、この電脳江戸の、そして人々の未来を照らし出すことを信じて。
朧月の夜は、終わりを告げた。
そして、新たな夜明けが、今、まさに始まろうとしていた。




