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第二十二章「夜明けの静寂と新たな理」

祭祀場全体を包んでいた眩い光が収束し、静寂が戻った。巨大な水晶のような構造物は、その輝きを失い、ただの巨大な石の塊と化している。そこから伸びていた光の糸も、全て消え失せていた。空気中には、微かに焦げ付いたようなオゾンの匂いと、土埃の乾いた匂いが混じり合い、鼻腔を刺激する。天井からは、まだ微かに土埃が舞い落ち、祭祀場全体を、まるで夢の残滓のようにぼんやりと霞ませていた。

朧月(おぼろづき)の旦那! 無事か!?」

「静馬! あんた、一体何をしたんだい!?」

背後から、息を切らした電脳(でんのう)浪人(ろうにん)鉄斎(てっさい)と、飛燕(ひえん)のお(りゅう)が駆け込んできた。彼らの体には、激しい戦闘の痕跡が色濃く残っている。鉄斎(てっさい)の武道着は土埃で汚れ、ところどころ破れており、その厳つい顔には、疲労の色が深く刻まれている。しかし、鳶色の瞳には、安堵と、そして驚愕の色が浮かんでいた。お(りゅう)の派手なサイバー着物も、泥と埃でくすんで見え、紫色の髪は乱れ、胸元の胡蝶(こちょう)のタトゥーも、先ほどまでの青白い輝きを失っていた。だが、その瞳は、静馬の顔を真っ直ぐに見つめ、何かを問うかのように妖しく光っていた。

静馬は、電脳(でんのう)小太刀(こだち)を鞘に収め、二人に頷いた。その動作一つ一つに、全身に蓄積された疲労が滲む。

「……終わった。おそらくは、これで……」

彼の声は、喉が乾ききっているかのように掠れていたが、その瞳には、確かな勝利の光が宿っていた。疲労困憊の顔に、安堵の表情が微かに浮かぶ。

「あの狐野郎は……消えちまったのかい?」

鉄斎(てっさい)が、祭祀場の中央に立つ水晶を見上げながら、唸るように尋ねた。その声には、まだ信じられないという響きが混じっている。

「ああ。まるで、最初からそこにいなかったかのようにね。ま、あたしに言わせりゃ、逃げ足だけは一流ってこった」

(りゅう)は、そう言いながら、肩をすくめてみせた。その言葉には、いつもの皮肉が込められているが、どこか虚ろな響きがあった。

静馬は、祭祀場全体を見回した。先ほどまで、全てを『否定』し、『再構築』しようとする強烈な『意思』が渦巻いていたこの場所は、今、ひどく静まり返っている。しかし、その静寂の奥には、彼が『真実の言葉』を唱えたことで、この世界に新たに刻まれた『理』が、微かに、しかし確かに脈打っているのを感じた。それは、言葉にはできない、感覚的なものだった。

その時、静馬の電脳(でんのう)印籠(いんろう)が、再び通信の着信を告げた。画面には、北斎(ほくさい)|オルタからのコールサインが点滅している。

北斎(ほくさい)|オルタ殿! 無事だったか!」

静馬は、慌てて通信を開いた。

「……はい。わたくしは……大丈夫です。あの『影』が……消えました……。空が……澄んでいます……」

北斎(ほくさい)|オルタの声は、相変わらずか細いが、どこか安堵したような響きがあった。その声は、まるで夜明けの澄んだ空気のように、静馬の心を洗い流す。

「そうか……よかった」

静馬は、心底から安堵した。彼女の描いた絵が示す未来は、完全に回避できたのだ。西の空の不吉な「影」が消えたという事実に、彼の胸に温かいものが広がった。

静馬は、祭祀場の中央に立つ水晶を見上げた。そこには、もはや『虚空を喰らうもの』の『意思』は感じられない。ただ、静かなデータの流れだけが、微かに感じられる。

『虚空を喰らうもの』の『降臨』は阻止された。

しかし、この戦いは、静馬たちに、この世界の新たな『理』を突きつけた。それは、人間がシステムに全てを委ねるのではなく、自らの意志で選択し、感情を取り戻し、真の『自由』を享受することこそが、この世界の『真実』であるという、静馬自身の『正義』が、この世界の『理』として刻み込まれた瞬間だった。

「……終わった、のか」

鉄斎(てっさい)が、静かに呟いた。その声には、長年の戦いを終えた武人のような、深い感慨が込められている。

「ああ。だが、これは終わりじゃない。始まりだ」

静馬は、そう言いながら、祭祀場を後にし、地上へと続く階段を上り始めた。彼の足取りは、まだ重いが、その瞳には、夜明けの光と、そして新たな未来への確かな決意が宿っていた。

三人は、江戸城の地下通路を抜け、地上へと続く階段を上っていった。地下の冷たく湿った空気から、次第に清々しい朝の気配へと変わっていく。階段を上り切ると、目の前には、夜明けの光に包まれた大江戸(おおえど)シティが広がっていた。東の空は、茜色から藤色、そして淡い水色へと移り変わり、街の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせている。遠くからは、朝市を準備する人々の賑やかな声や、デジタル瓦版(かわらばん)が流す、システム復旧を伝えるアナウンスが、まるで新しい一日を祝福するかのように聞こえてくる。

「……夜が明けたね」

(りゅう)が、空を見上げながら、ぽつりと言った。その顔は、夜通しの疲労でやつれているが、夜明けの光を浴びて、どこか清々しい表情をしていた。彼女の紫色の髪が、朝の風に優しく揺れる。

「ああ。そして、新たな一日が始まる」

静馬は、そう応え、東の空から差し込む夜明けの光を全身に浴びた。その光は、彼の疲れた体を優しく包み込み、新たな活力を与えてくれるかのようだった。彼の瞳には、夜明けの光が反射し、その奥に宿る確かな決意を、より一層輝かせている。

彼らの戦いは、まだ続く。(ゆめ)(ゆう)が語った「新たな神」の概念、そして「電脳(でんのう)黒船(くろふね)」の真の目的は、まだ完全に解明されていない。しかし、彼らの心の中には、絶望ではなく、確かな希望の光が灯っていた。

その光が、この電脳江戸の、そして人々の未来を照らし出すことを信じて。

朧月(おぼろづき)の夜は、終わりを告げた。

そして、新たな夜明けが、今、まさに始まろうとしていた。



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