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第十九章「古の祭祀場へ──地下の記憶」

北斎(ほくさい)|オルタのアトリエを飛び出した月影(つきかげ)静馬(しずま)電脳(でんのう)浪人(ろうにん)鉄斎(てっさい)、そして飛燕(ひえん)のお(りゅう)の三人は、夜明けの光に包まれ始めた大江戸(おおえど)シティの裏路地を、一目散に駆け抜けていた。春の夜風は、まだ冷たく肌を刺すが、彼らの胸には、新たな決意と、そして迫りくる脅威への焦燥感が燃え盛っていた。西の空には、未だ不吉な「影」が広がり続けている。その「影」から発せられる異質な電子音は、まるで彼らを嘲笑うかのように、静馬の脳裏に響き渡っていた。

目指すは、江戸城の地下深くに存在する『古の祭祀場』──『虚空を喰らうもの』の『降臨』の地であり、そして『真実の言葉』を唱えるための最後の『舞台』。そこは、公式の地図には存在しない、忘れ去られた場所だ。

鉄斎(てっさい)殿! ルートは正確か!?」

静馬は、先頭を走る鉄斎(てっさい)に問いかけた。彼の巨躯は、狭い路地をものともせず、まるで戦車のように突き進んでいく。

「おうよ! この鉄斎(てっさい)様が、長年培ってきた『裏』の知識を舐めるんじゃねえ! この道は、大御所(おおごしょ)システムが管理する表のネットワークからは完全に遮断された、いわば『死んだ回線』だ! 奴らもそう簡単には嗅ぎつけられやしねえ!」

鉄斎(てっさい)は、豪快に笑いながら、路地の奥にある古びた下水溝の入り口を指差した。そこからは、澱んだ水の匂いと、微かな土の匂いが漂ってくる。入り口は、錆びついた鉄格子で塞がれているが、その隙間から、暗く湿った地下へと続く階段が見えた。

「ま、あたしに言わせりゃ、こんな薄汚え場所、二度と通りたくないけどね」

(りゅう)は、顔をしかめながら、腰に差した電磁ロッドを軽く叩いた。彼女の紫色の髪は、地下の湿気で僅かに乱れているが、その瞳には、いつもの不敵な光が宿っている。

「文句は後だ、お(りゅう)! 行くぞ!」

静馬は、そう言うと、電脳(でんのう)小太刀(こだち)の柄を握りしめ、鉄格子をこじ開けた。ギイィィ……ン、と錆びた金属音が響き渡り、暗く湿った地下への入り口が現れた。

三人は、地下へと続く階段を降りていった。空気は、地上とは打って変わってひどく冷たく、湿っている。壁には、苔が生え、水滴がポツリポツリと滴り落ちる音が、静寂に包まれた空間に響き渡る。足元はぬかるんでおり、静馬の草履が、泥水を跳ね上げる音がやけに大きく聞こえた。そこは、大江戸(おおえど)シティの華やかさとは無縁の、忘れ去られた場所だった。

「ここは……かつて『江戸』と呼ばれていた頃の、下水路の跡か……」

静馬は、壁に刻まれた古びた文字や、崩れかけた石積みを眺めながら呟いた。そこには、大御所(おおごしょ)システムが管理するデータには残されていない、この街の『記憶』が、静かに眠っているかのようだった。

「ああ。この地下には、表には出てこねえ、様々な『記憶の層』が積み重なってるんだ。喜びも、悲しみも、怒りも……。全てが、ここに眠ってる」

鉄斎(てっさい)は、そう言いながら、壁に手を触れた。彼の瞳には、遠い過去を見つめるかのような、複雑な感情が宿っていた。

しばらく進むと、通路はさらに狭くなり、空気は一層重苦しくなった。微かに、しかし確かに、人々の囁き声のような電子音が聞こえてくる。それは、鉄斎(てっさい)が解析した「影」の『声』の残響なのだろうか。

「……これは、何だ?」

(りゅう)が、警戒するように呟いた。彼女の電磁ロッドの先端から、青白い光が放たれ、暗闇を照らし出す。

その光に照らされたのは、通路の壁一面にびっしりと張り巡らされた、無数の細い光の糸だった。それは、まるで蜘蛛の巣のように複雑に絡み合い、微かに明滅を繰り返している。そして、その光の糸の先には、無数の小さなカプセルが繋がれており、その中には、まるで人間の意識が閉じ込められているかのように、微かな光が揺らめいていた。

「これは……人々の『意識』か!?」

静馬は、愕然とした。それは、北斎(ほくさい)|オルタの絵に描かれていた、人々の頭上へと伸びる光の糸そのものだった。

「おそらくはね。あの『虚空を喰らうもの』が、人々の『意識』を吸い取るための『装置』だろう。まるで、生贄のように……」

(りゅう)の声は、怒りに震えていた。

その時、通路の奥から、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。そして、暗闇の中から、黒い外套を身にまとった「電脳(でんのう)黒船(くろふね)」の連中が、電磁銃を構え、静馬たちを取り囲むように現れた。その数は、ざっと見て十人以上。彼らのフードの奥で、冷たい眼光がギラリと光る。

「まさか……こんな場所まで、奴らが!」

静馬は、電脳(でんのう)小太刀(こだち)を抜き放ち、構えた。

朧月(おぼろづき)……そして、その仲間たちか。よくぞここまで辿り着いた。だが、ここまでだ。これ以上は、我々の『神』への冒涜は許さん!」

電脳(でんのう)黒船(くろふね)のリーダーと思しき男が、フードの奥からくぐもった声で言った。その声には、狂信的な響きが込められている。

「貴様らの言う『神』とやらは、この街を、人々を喰らい尽くす化け物だ! 誰が貴様らの好きにさせるものか!」

静馬は、叫ぶなり、黒い外套の男たちへと躍りかかった。

狭い地下通路での攻防が始まった。電脳(でんのう)小太刀(こだち)の青白い閃光が闇を切り裂き、電磁銃のエネルギー弾が壁や天井に焦げ跡を残す。鉄斎(てっさい)は、大太刀「黒鋼(くろがね)」を豪快に振り回し、敵を薙ぎ払っていく。お(りゅう)は、電磁ロッドを巧みに操り、敵の電磁銃を無力化しながら、静馬と鉄斎(てっさい)を援護する。

しかし、電脳(でんのう)黒船(くろふね)の連中も、この地下通路の地形を熟知しており、連携の取れた動きで静馬たちを追い詰めてくる。彼らは、人々の『意識』を吸い取る光の糸を盾にするように、静馬たちを誘い込もうとする。

「くそっ! この糸が邪魔だ!」

鉄斎(てっさい)が、光の糸を斬り払おうとするが、その糸はまるで実体がないかのように、刃をすり抜けていく。

「触れるな! その糸は、人々の『意識』を吸い取っている! 下手に触れれば、あんたの意識も……!」

(りゅう)が、警告するように叫んだ。

その時、静馬の脳裏に、北斎(ほくさい)|オルタの絵が蘇った。絵の中の静馬は、電脳(でんのう)小太刀(こだち)から青白い光を放ち、『真実の言葉』を唱えている。

(……この刃は、『真実の言葉』を具現化している……。ならば……!)

静馬は、光の糸が張り巡らされた通路の奥へと視線を向けた。その先には、微かに、しかし確かに、巨大な空間の気配が感じられた。そこが、『古の祭祀場』なのだろう。

鉄斎(てっさい)殿! お(りゅう)! 俺は先に進む! ここは任せた!」

静馬は、そう叫ぶと、電脳(でんのう)小太刀(こだち)を構え、光の糸の隙間を縫うようにして、通路の奥へと駆け出した。彼の体から、電脳(でんのう)小太刀(こだち)の刃と同じ、青白い光が微かに放たれている。その光が、光の糸に触れると、パチリ、と微かな音を立てて、糸が一時的にその輝きを失う。

「な……何だと!?」

電脳(でんのう)黒船(くろふね)の連中が、驚愕の声を上げた。

朧月(おぼろづき)の旦那! 無茶しやがって!」

鉄斎(てっさい)の声が、背後から響く。

静馬は、光の糸の隙間を駆け抜け、通路の奥へと進んでいった。その先には、古びた石造りの扉が、まるでこの世界の終わりを告げるかのように、重々しく鎮座していた。扉には、無数の紋様が刻まれ、その中心には、鉄斎(てっさい)が解析したチップの紋様と酷似した、巨大な紋様が描かれている。

静馬は、扉に手を触れた。その表面はひどく冷たく、微かに振動しているのが感じられた。

「……ここが、最後の舞台か……」

静馬は、静かに呟いた。彼の瞳には、夜明けの光と、そして新たな戦いへの決意が、静かに、しかし力強く宿っていた。

扉の向こうから、微かに、しかし確かに、あの「影」の『声』が、より鮮明に聞こえてくる。それは、まるで深淵から語りかけてくるかのような、全てを『否定』し、『再構築』しようとする、強烈な『意思』だった。

静馬は、電脳(でんのう)小太刀(こだち)を構え、扉に向かって、その刃を突き立てた。

ギイィィィィィン!

甲高い金属音が、地下通路全体に響き渡り、扉の表面に亀裂が走った。

そして、その亀裂の奥から、青白い光が溢れ出し、静馬の顔を照らした。

その光の中に、静馬は、あの狐面の男──電脳亭(でんのうてい)(ゆめ)(ゆう)の姿を見た。彼は、扉の向こう側で、静馬を待ち構えていたかのように、不敵な笑みを浮かべていた。

「……よく来たねえ、朧月(おぼろづき)の旦那。あたしの『舞台』は、もうすぐ始まるのさ」

(ゆめ)(ゆう)の声が、静馬の脳裏に直接響いてくる。

『虚空を喰らうもの』の『降臨』を巡る、最後の戦いが、今、まさに始まろうとしていた。



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