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第一章「電脳江戸の黎明」

夜明けの光が、富士の嶺を微かに染め始めた頃、大江戸シティは、その巨大な電子の心臓を静かに動かし始めた。

この都市は、将軍家お膝元の「大江戸シティ」であり、超高度統治支援AI「大御所システム」によって最適化され、サイバーネットワークが隅々まで張り巡らされた、驚異のDXデジタル・トランスフォーメーション先進都市である。江戸城の地下深くには、「大御所システム」の中枢が設置され、歴代将軍の思考パターンや帝鑑の間での議論データがディープラーニングされ、この街の全てを管理している。

サイバー奉行所では、電脳与力やサイバー同心たちが、ネットワーク犯罪、不正アクセス、デジタル偽造などを取り締まるために目を光らせていた。重大なサイバー犯罪者には、全ネットワークからのアクセス権剥奪と人格データのアーカイブ化、すなわち「電脳()(くび)」が執行されることもあるという。その「処刑」の様子は、見せしめとして一部ネットワークに配信されることもある。幕府からの御触書は、瞬時に全お江戸シティのデジタル瓦版や個人の「電脳印籠(いんろう)」(スマホ型端末)に配信され、人々に浸透していく。

春の陽光が、大江戸シティの瓦屋根を照らし始め、街はゆっくりと目覚めていく。忍者は小型ドローンで情報収集を行い、ハッキングで敵のシステムに侵入し、光学迷彩で姿をくらます。飛脚はリアルタイム交通情報を表示するスマートグラスを装着し、スマホで顧客と連絡を取りながら、最適化されたルートを疾走する。時には小型ジェット推進装置付きの「電脳韋駄天(いだてん)足袋(たび)」を使用することもある。庶民の住む電脳長屋にも光ファイバー網が整備され、安価なVRゴーグルで全国各地の寄席や芝居、祭りなどをリアルタイムで楽しめる。アバターで参加する「バーチャル花見」も人気を集めている。

しかし、この煌びやかなDX化の陰で、新たな社会問題も生まれていた。最新テクノロジーの恩恵を受けられない層とそうでない層との間に、デジタル格差が広がり、職を失った武士やシステムに適応できない人々は「サイバー浪人」となり、電脳空間の裏社会で活動することもあった。彼らの中には、「電脳()(くび)」を恐れぬ過激な反体制活動に身を投じる者もいる。

人々は「大御所システム」の判断が絶対視されるあまり、自ら考える力を失いつつあるという懸念も広がっていた。効率化の陰で、江戸ならではの人情や粋な文化が失われつつあると嘆く声も、ひそかに聞こえてくる。デジタル瓦版やSNS(電脳絵巻共有板「絵巻ッター」など)を通じて、巧妙なフェイク情報が拡散され、世論が扇動される事件も発生していた。江戸と各藩、あるいは海外とのネットワーク境界には「サイバー関所」が設けられ、情報の出入りが厳しく監視されている。これは治安維持のためとされていたが、実質的な情報統制であり、自由な情報流通を妨げているという批判も存在した。

この電脳江戸の裏側で、若年寄直属の特命隠密「朧月(おぼろづき)」である月影(つきかげ)静馬(しずま)が、自らが住まうからくり長屋で静かにその時を待っていた。表向きは腕の良いからくり師だが、彼の内には、かつて「大御所システム」の開発に関わり、ある事件をきっかけに表舞台から姿を消した過去が秘められている。その事件とは、システムの暴走を止めようとした結果、親友を「電脳()(くび)」の危機に晒したという苦い記憶だ。アナログな手法と最新テクノロジーを組み合わせた独自の調査スタイルを持つ彼は、愛用の「電脳十手(じって)」(多機能解析ツール)と、自作の特殊からくりを駆使する。最近では、VR寄席巡りが趣味となり、巷で囁かれ始めた「暗号落語」の噂に、密かに興味を抱き始めていた。




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