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感情という錘  作者: 隆頭
第四章 胸の痛み

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九十九話 正直な話

 一日が経過し約束の日の放課後を迎え、楓と共に俺の家に向かう。話すのは当然、別れを告げた理由だ。

 いきなり別れを告げられた彼女の胸中は、きっと悲しみにくれていただろう。俺の身勝手に傷付いた彼女の質問に答えることは、当然の義務と言える。


「おじゃまします」


「いらっしゃい」


 楓を家に上げて、いつものようにテーブルを挟んで腰を下ろす。互いに見つめ合うとなんとなく気まずくなって、どちらともなく目を逸らしてしまう。


 なんだか、本当に別れたのかと疑問になってしまうが、いつまでもずるずると時間を延ばしてはいけない。

 さきほどコンビニで買った飲み物を一口飲んで、少し深く息を吸ってから、ふぅと吐いて楓の目を見る。


「とっとりあえず、俺がどうして別かれようって話したのかなんだけどさ……」


「うん」


 俺の言葉に、楓は頷いて返事をする。それを確認して、俺の言葉を続けた。


「端的に言うと、どうしようもなくなったんだ。母さんにも瑞稀にも結々美にも、いつの間にか距離を置かれてばかりで、きっとなにか俺に問題があるはずなのに、いつまでも変わらない俺じゃ、楓の時間を無為に奪ってるだけな気がして」


「っ……」


 俺の言葉に、楓は悲しそうな表情でフルフルと首を横に振る。彼女は優しいからきっと、俺に気負わせないようにしてくれているのだろう。

 その優しさが、更に心を締め付ける。


「だから俺は、美白さんにも嫌われたんだと思う。いつまでも周り甘えて依存して、心のどこかで身の丈に合わない愛情を求めてるから、それを見透かされたんだろうし」


「そんなことない!お姉ちゃんがおかしくなっただけ!雫くんはもっと甘えてよ、私を頼ってよ!今まで散々辛い思いしてきたんでしょ?お母さんのことも瑞稀ちゃんのことも海木原(みきばら)さんのことも……だから、雫くんは気にしすぎだよ。それじゃ真面目じゃなくて、ただの行き過ぎた自責。そんなんじゃ、ただ苦しいだけだよ……」


 堰を切ったように楓が告げる。その表情は悲しみに暮れていて、声も悲痛だった。

 目に涙を薄く浮かべて諭すような言葉に、彼女の優しさを強く感じる。


「ねぇ雫くん。お姉ちゃんになに言われたのか、ちゃんと教えて?時間ならあるから、ゆっくりと教えて欲しいの。私たちだけの内緒だから、お願い」


 縋るようにそんなことを言われてしまえば、素直に話す他ないだろう。あの日 美白さんに言われたことを思いだしながら、それを楓に告げる。


 いつになく暗い雰囲気を纏った美白さんを気にかけると、余計なお世話だと言われたこと。自分の面倒も見られないことや、誰にでも良い顔をして媚を売っていること。


 そして、結々美の時のように楓にも愛想を尽かされて、いずれ振られてしまうこと。俺の心に深く突き刺さったその言葉は、今でもジクジクと疼いている。


 とはいえ、どれもこれも美白さんに言われて気が付いたことだ。きっとこれ以外にもなにか、失敗していることがあるに違いない。

 誰よりも劣る人間で、楓とは釣り合わないと自覚しながら話をすると、彼女はみるみるうちに剣呑な雰囲気を纏い始める。


 また俺は失敗したかと思ったが、楓の言葉にそれは間違いだと理解する。


「なにそれ意味分かんない、そんなふざけたこと言ってたのアイツ……」


 小さな声で楓はそう言った。彼女は間違いなく怒っている。

 そしてしばらく時間を空けて、彼女は口を開いた。


「雫くんってさ、麻沼先輩と仲良いの?」


「え?少し相談に乗ったこともあるし悪い訳じゃないけど、別にそれだけだよ」


 藪から棒に出てきた麻沼先輩の名前に首を傾げ、率直に答える。

 すると、楓は小さく溜め息を吐いて、机に肘をついて額に手を当てた。その表情は落胆という様子だった。


「実はね、お姉ちゃんが雫くんと麻沼先輩が一緒にいたことを気にしてるんだって。ほら、先輩が面倒だって言ってたでしょ?それなのに雫くんがあの人と仲良くしてるのが嫌だったとかバカなこと言ってたの」


「あぁ、そういうことかマッチポンプって。麻沼先輩を美白さんにけしかけて、俺がフォローに回るとかそういう」


「はぁ~、バッカらしい!普通人の人間関係に口出さないよね?ましてや彼女でもないくせして嫉妬して、本当に情けない」

 

 頭を抱えて美白さんの行動を嘆いた楓。大きな溜め息を吐いた後、彼女はこちらを見て居住まいを正す。


「うちの姉が酷いことを言って、ごめんなさい」


 楓はそう言って、深く頭を下げる。彼女に謝られることが辛く、咄嗟のその隣に行ってその肩に手を添えた。


「楓、頼むから頭を上げてくれ。そんなことをして欲しい訳じゃないんだ。楓にも美白さんにも、怒ってるわけじゃない」


「うん、それは分かってるよ。でも私の気が済まなかったから……本当にごめんね」


 顔を上げた楓が、目に涙を滲ませながらそう言った。俺はただ首を横に振って、そっと抱き締めることしかできなかった。

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