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感情という錘  作者: 隆頭
第四章 胸の痛み

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九十八話 能天気

 楓から電話のあった翌日、明日は彼女と家で腹を割って話をするのだ。俺が別れを決断した理由を、包み隠さず話すつもりだ。


「おはよう雫くん」


「あっあぁ、おはよう」


 登校してきた楓が、眉尻を下げながら俺の肩をトントンと叩いて挨拶してくる。昨日は面と向かい合うことができなかったから、少しぎこちない挨拶となった。


「昨日はいきなりごめんね。バイトの邪魔にならなかった?」


「うん。始める前だったから」


「そっか、それなら良かった」


 昨日の電話のおかげか、なんとか会話をすることができるようになった。楓はこんな俺にも、いつもと変わらない笑顔を向けてくれる。本当に感謝しかない。


「とりあえず、明日だよね?」


「うん。一緒に行こう」


 楓が言ったのは明日のこと。先にも述べたが、明日はバイトが休みなので、楓には家に来てもらって、腹を割って話をしようと思う。

 俺の言葉に彼女は、笑顔でうんと答えた。


 そんな俺たちのやり取りを見たクラスメイトたちは、どこか安心したような様子を見せる。昨日は楓が俺のせいで落ち込んだままになってしまい、クラスの雰囲気はどこかナーバスになっていた。

 しかし、今日はその心配もないので安心である。こうして見ると、やはり楓はクラスの中心的存在だったようだ。

 というか俺の周りはみんなそうだ。


 楓だけでなく、和雪と結々美はもちろんとして、いつだったが俺と和解した彼女もそれなりに広い人間関係を構築しているし、なんならここ最近関わりのある麻沼もそうだ。

 それに美白さんだって、周囲の人たちには随分と慕われていた。


 これだけ人に恵まれているのに、俺はなにひとつ成長できていないで、迷惑をかけてばかり。時代が時代なら山籠りでもさせられそうだ。

 こんな俺を好いてくれている楓や和雪にとって、どう考えても俺はお荷物だ。楓と付き合っている間はそのことを忘れていたが、一昨日の美白さんの言葉で思い出した。

 いつまでも能天気に自分に嫌気がさす。



 ──────────



 どうにも気が重い。初めて楓に本気で怒られて、初めて叩かれてしまった。一晩経った今でも左頬が疼く。

 勢いのままになにも考えず、雫くんを追い詰めて楓との関係を壊したアタシの自業自得だけど、やっぱり辛いものは辛い。でも、雫くんの方がずっと辛いだろうし、振られてしまった楓だって大きなショックを受けたことだろう。

 なのに、雫くんと向き合おうと考えただけで心臓が強く跳ねる。そして、怖い。


 大切な妹を間接的に傷付け、雫くんに未だに謝るだけの覚悟を決められない自分に嫌気がさす。

 楓にも雫くんにも、誠心誠意 謝罪しなければならない。でも、二人に向き合うだけの心の準備をしないと、どうしてもできなかった。


 そこから自己嫌悪にはまり、ため息を繰り返す。学校に来てもそれは変わらず、そんなときに声をかけてきたのは麻沼だった。

 相変わらず変わらない能天気な彼に、もはや呆れしか感じない。 


「大丈夫か米倉?すごく顔色が悪いけど、体調が悪いのかい?」


「……体調というか、色々嫌なことがあってね」


 とはいえ、なにも知らない麻沼なら愚痴の壁打ちとして丁度良いだろう。愚痴というより、吐き出すという方が正しいだろうけど。


「嫌なこと?何かあったのか?」


「妹とケンカしちゃったのさ。まぁケンカといってもアタシが一方的に悪いんだけどね……」


 俯きがちにアタシがそう吐き出すと、麻沼は思うところがあるのか、気まずそうに微笑む。


「家族で揉め事か、分かるよ。俺にも兄がいて、そこまで仲が良すなくて何度もケンカしてた。だから最近じゃ顔も会わせてないよ」


「苦労なんてなさそうな君が?意外だね」


 わざと吐いた余計な一言だけど、麻沼は寂しそうにふふっと笑った。


「そう見えていたのなら嬉しいよ。問題があることを周りに知られたくないからね。心配もかけたくないし」


「ふぅん……人間誰しもってことね」


「だな。寺川くんにも妹がいるって聞いたことあるし、彼にもそんな苦労があったのかな?それとも優しい子だから、仲良くしてるかな?」


 麻沼がいつになく優しい声と表情で、雫くんの話をする。普段見せない彼の姿に、思わずドキッとしてしまった。

 いつもの軽そうな態度より、穏やかな今の方がずっと素敵だ。


「一時期はあの子も大変だったみたいだよ。今はだいぶ良くなったみたいだけどね」


「寺川くんが?意外だけど、そういうことかあったからきっと、今の彼があるんだろうな。本当に良いヤツだよな」


 麻沼の言葉に、アタシは力なく頷くことしかできなかった。だって、そんな良いヤツである雫くんをひどく追い詰めて、別れさせてしまったのだから。


 そんな罪悪感に目を逸らしたくて、アタシは麻沼と話して心を落ち着かせることにした。

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