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感情という錘  作者: 隆頭
第四章 胸の痛み

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九十五話 困惑する周囲

 雫と米倉さんが別れたと言う話は、すぐに皆の話題に上がった。あれだけ仲睦まじい様子を見せていた二人が、恐ろしいまでに沈痛な雰囲気を見せているのは、とても悲しい気持ちになった。


 そして、そんな別れ話というのに付きまとうのが、原因についての好き勝手な推測。今朝、和雪くんが雫を連れて教室から出ていったとき、誰かが言った。

 雫が浮気して米倉さんを振ったという、冗談にしたって笑えないふざけた話。さすがにお調子者の軽田でさえ苦笑いで返していたことを見ると、どれだけひどい内容かは分かるだろう。


 当然、米倉さんがそれを聞き流すわけもない。彼女は机をバンと叩いて、その時は沈黙と恐怖がクラスを包んだのだ。

 普段明るい彼女がなにも言わず、赤く泣き腫らした目でバカなことを言った男子を睨むと、彼はゴメンと一言謝って、米倉さんは腰を下ろす。

 その凄まじいギャップは、当人であるなしに関わらず目を逸らしていた。



 とはいえそんな空気も昼を過ぎれば落ち着いて、米倉さんは痩せ我慢ながらも友達とお喋りをして笑っていた。

 でもその表情のぎこちなさは誤魔化すことはできず、彼女の友達はみんな心配して、また雫のことを無責任だと、酷い人だと憤りを見せた。そんな彼女らに米倉さんが、は?と冷たい声で空気を凍らせて、友人たちはすぐに謝っていた。


 近くにいて、偶然にも米倉さんの声を聞いた人たちは肩をピクッと震わせていて、少し災難に思えた。向けられたわけじゃないのに怖くなるほどに、鋭い声をしていた。


 そんな様子の米倉さんも、チラチラと雫の方を見ていることから未練たらたらなのは間違いない。おそらく雫の身になにかあって、それがきっかけで別れたのだろう。

 それも一方的に。


 だとしたら二人がとても可哀想だ。米倉さんに至っては完全にとばっちりだし、なんとか報われてほしいものだなと思う。しかもさらに残念というか、可哀想なことに今日は席替えがあった。

 その結果、雫が私の隣の席に、米倉さんはずっと遠い席に行ってしまった。残酷なほどに、二人を取り巻く環境が距離を引き離す。



 隣の席になった雫の様子を見てみると、その雰囲気はとても暗いものだった。なにせ表情筋が全く動きを見せず、時折米倉さんと目を合わせては眉尻を下げて目を逸らす。

 きっと、罪悪感はあるのだろう。彼女に向ける好意的な感情だってあるはずだ。

 しかしそれがあってもなお、別れるという決断をしただけの理由があったんだろう。


 なんとかよりを戻してほしいけど、私にできることはない。雫と米倉さんと、個別に雑談くらいはできるけど、部外者の私には頼まれない限りサポートなんてできやしない

 これは和雪くんと相談したほうがいいかも。



──────────



 寺川くんと米倉さんが別れたと聞いて、いったいなんの間違いだろうかと耳を疑った。二人に限ってそれはないでしょと思ったけど、そんな楽観的な考えは許されないほどに、米倉さんは酷く落ち込んでいた。

 いやまぁ、落ち込むというよりあれは絶望していると言っても過言ではなさそうだけど。


 今でもずっと寺川くんが大好きで仕方ない私からすると、フリーになった彼にアプローチをかける絶好のチャンスと言えるだろう。でもあれは、そういうのじゃない。

 不和とか浮気とかそんな単純なものじゃなくて、もっと深刻なトラブルが寺川くんを襲ったのだと直感した。


 なにせ、快活とは言わないまでもそれなりのリアクションを見せる寺川くんが、まるで能面を貼り付けたような表情をしていたのだから。

 昨日学校で見たときはそんな様子じゃなかったし、きっかけがあったのは明らかだ。


 たった一晩で人があそこまで変わるなんて、相当なショックを受けたのだろう。とはいえ、米倉さんが振られるということは彼女では足りないということ。

 たぶん、見ることしかできないだろう。



 ──────────



 最近、米倉の様子がおかしいとは思ったが、今日の彼女は特に酷い。そしてそれは、彼女の妹や寺川くんも同じだった。

 彼らが別れたという話を聞いて、まさかと思った私は教室にいる彼らの様子を見に行った。私が見たのは、酷く落ち込んでいた米倉の妹と、能面のような表情の寺川くん。


 別れたという話もこれでは間違いないかもしれないが、いったい、あの二人になにがあったのだろう。

 そう思い、放課後の生徒会室で私と一緒に作業をしている米倉に事情を尋ねてみることにした。


「米倉、寺川くんと楓さんが別れたという話ってるか?」


「……え?どっどういうことだい、綾坂(あや)ちゃん?」


 書類を整理していた米倉がその手を止めて、ひどく動揺しながら聞き返してくる。

 まさか、妹をあれだけ気にかけていた彼女が知らないなんて、そんなことがあるのだろうか?寺川くんのことだって大好きだったはずなのに。


「どうもこうも、ずいぶんと話題になっているじゃないか。今日というか、最近の米倉はあまり人と喋っていないから知らないだろうが……大丈夫か、顔色が悪いぞ?」


 私の話を聞いた米倉は、みるみるうちに顔色を悪くしていった。声をかけるも彼女は目を泳がせて、口元を手で覆う。


「……ごめん、アタシにはちょっと、分からない……今日は体調が悪いから、先に帰るよ」


「?……分かった、気を付けて」


 荷物を手に帰った米倉の背中を、他のメンバーと共に見つめる。もしかしたら、なにか関与しているのではなかろうか?


 それも、かなり悪い形で。

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