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感情という錘  作者: 隆頭
第四章 胸の痛み

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九十四話 心配

 楓と別れた翌朝、憎らしいほどにいつも通りの朝が訪れた。本当に楓と別れたのだろうかと思うほどに変わらない朝だが、俺を取り巻く環境など所詮は些事にも劣る。

 何が変わったとて朝が夜になるはずもなく、空虚な心だけがそれを証明していた。

 こんなことなら、もっと楓と良い思い出を作れたらよかったと、馬鹿馬鹿しいことを考える。当然ながら今の俺にそんな権利はない。


 人の想いに報いることのできない情けない俺に、誰を好きになる権利もありはしない。



 学校へ到着し、自分の席に腰を下ろす。鞄から荷物を取り出して机にしまい、頬杖をついて無為に時間を過ごす。

 昨日からずっとやる気が起きず、食欲もな昨晩も今朝も飯も食べていない。食材もないからでもあるが、そもそも食べる気がないのでちょうどよかった。

 今日の和雪は俺と別で登校しているので、朝からずっと一人である。


 すると、後ろから椅子を引く音が聞こえた。楓が来たのだろうが、あんな別れをした後じゃあ彼女だって俺が目障りだろう。

 どうせ拒絶されるのなら、変に関わらない方が身のためだ。その気もないんだし、問題はない。


 朝から言葉を交わさないのは、楓と出会ってから初めてである。そう考えると、彼女は俺にとってなくてはならない存在だったともいえる。

  口をきかない俺たちを見て、クラスメイトたちもなにやら違和感を抱き始めたらしく、チラチラと視線を向けながらヒソヒソと話をしていた。


「雫、おはよう」


「おはよう和雪」


 そんな中、声をかけてきたのは和雪だ。彼は俺の元にやってきて、俺の肩に手を置いた。


「米倉さんもおはよう」


「あ、うん……」


 和雪が後ろの席の楓に挨拶をするものの、生返事というにも落ち込んだものだった。ひどく落ち込んだその声に、俺の存在に罪を感じてしまう。


「なぁ雫、ちょっといいか?」


「ん?あぁ」


 突然 神妙な表情をした和雪。彼の呼び出しというのなら、断る必要はない。それに快く頷いて、場所を変える和雪についていった。


 少し歩き、この場所は人気のない廊下の隅だ。性格には、俺たちのいる教室前の廊下を突き当たりに曲がったところだ。

 ここから先は特別教室が並ぶので、授業が始まるまではあまり人が立ち入らない。職員室だって反対側だし。


「雫さ、米倉となんかあったのか?お前のことだから、ケンカ別れってわけじゃないだろ」


 予想していた質問を、壁に背を預けながら心配そうに和雪が投げかける。まぁ、あの楓の様子を見れば誰だって分かるか。


「まぁ、たしかにケンカってわけじゃないな。ちょっと色々あって、別れるように言ったんだよ。楓が嫌いになったわけじゃない」


「そうだろうな。んで、誰になに言われたんだ?」


 和雪の言葉に、俺はなにも返せなかった。彼のことだから、俺がいきなり楓を振ったことに理由があると分かったのだろう。

 変な話だが、それだけここ一、二年の間は大変だったということだ。今の学校に進学してからは特にな。


「言えないよ、だってその人の言葉に間違いはなかったからな。楓のことは好きだけど、それも前ほどじゃない」


「いいから言えよ。別にその人に直接なにか言おうってわけじゃねぇからさ」


 俺を気にかけてくれる和雪の優しさに、罪悪感が強くなる。いつも気を遣わせてばかりで、迷惑をかけてるな。

 そう思うからこそ、答えづらくもある。


「もういいんだよ。楓にはきっと良い相手がらできると思うし、今は落ち込んでるだろうけど、それを支えてくれる男が絶対に現れるからな」


「それを米倉が望んでると思うか?」


 再び投げかけられる和雪の問いかけは、一度俺も考えたことだった。楓の反応を見れば、その答えはNOと言えるだろう。

 だけど、その考えだっていつかは変わるはずだ。人はいつだって変化するのだから。


「今は望んでるわけじゃないだろうな、でもいつかは笑顔になる。辛いのはきっと今だけだ」


「……雫がそう思うなら、わかったよ。お前だって簡単に決めたわけじゃないだろうしな」


 納得いかない様子の和雪が、壁から背を離してそう言った。



 ──────────



 雫くんから別れを告げられた翌朝。登校してすぐ、その愛しい背中を見つけて声をかけたかったけど、彼はこちらに一瞥もくれることはなくて、別れたことを痛感してしまい声をかけられなかった。

 チラつくのは、昨日別れを告げられたときの、まるで能面のような無表情。悲しみや怒りさえも見えない彼に、私は逃げることしかできなかった。


 もしかしたら、あの時私がトイレに行っている間、いつの間にかリビングにいたお姉ちゃんになにかを言われたんだと思う。雫くんだけでなく、お姉ちゃんまで様子がおかしかったから。


 昨日は部屋から出ることもあまりできなくて、食欲もなく食べ物が喉を通らなかった。それはお昼もそうで、心配してくれる友達と一緒にお昼を食べたけど、全然味が感じられなかった。


 時たま雫くんと目を合わせることもあるけれど、その度に彼は申し訳なさそうに眉尻を下げてそっぽを向いてしまう。

 その様子を見るに、私の思い上がりじゃなければ嫌われてるわけじゃなさそう。ほんの少しだけ感じる、小さな小さな希望。


 雫くんの友達である天野くんから聞いたのは、雫くんが誰かに別れるように言われたということ。


 どうやら雫くんは、その人の言葉に間違いはないと言っていたらしい。内容までは言ってないみたいだけど、悪意があったことは間違いないと思う。


 もしそうなら、私はお姉ちゃんを許さない。絶対に。

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