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感情という錘  作者: 隆頭
第四章 胸の痛み

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八十九話 美白の陰

「今日はありがとう」


「こちらこそ、ごちそうさまでした」


 美白さんのことが好きだという先輩、麻沼がカフェコーヒー代を出してくれたので、彼に頭を下げる。ちなみに今は二人で家に向けて歩き、交差点で話をしているところだ。

 彼はこの交差点を右に曲がるみたいなので、ここでお別れだ。俺はまっすぐなのでね。


 麻沼が、相談に乗ってくれたからということでコーヒーを奢ってくれた。話をしていて思ったが存外律儀な人である。ただ恋愛に対してはポンコツという印象を受けるが。

 まぁ、すでにチャンスが薄いことも本人は分かっている様子だ。それを漠然と感じていたからこそ、無意識に焦りを抱いてポンコツぶりを発揮したのかもしれないな。


「もし困ったことがあったら、ぜひ俺には相談してくれ。できるかぎりのことはするよ」


「ありがとうございます。受験、上手くいくといいですね」


「そうだな。米倉のことはぼちぼちと頑張って、受験を中心にね」


 カフェにて連絡先を交換しておいたので、それに連絡してこいということなのだろう。もちろんするつもりはないが、断るのも悪い気がしたので交換してしまったのだ。

 相談を受ける前に比べて、麻沼の表情は明るい。なんとなく自信も感じるし、その雰囲気でいけばチャンスはありそうだけどな。

 そんなことを考えつつ、彼と別れて家に帰るのだった。


 ある人物が、先ほどの光景を見ていたことも知らずに。



 ──────────



 今日は家族でのお出かけだ。本当は雫くんと会いたかったのだが、用事があったのだから仕方ない。彼は楓の恋人だから、その気になればいつでも会えるけどね。


 最近、雫くんに向ける想いが強くなっているように感じる。どうしてか分からないけど、好きで好きで仕方ない。

 麻沼に絡まれてイライラしてるときでも、雫くんとほんの少しでもお話ができると、それだけで嬉しい気持ちでいっぱいになる。



 だけど、これだけ好きだと思ったとしても、絶対に報われないのは分かってる。妹ながら楓は良い子だし、そんな楓が選んだ雫くんだってとっても素敵な男の子だ。

 良くないことなのは分かっているのに、どうしても彼を求めてしまう。一晩くらいは一緒にいたいものだけど、それはわがままというものだろう。


 麻沼が雫くんにも劣らない男だというのなら、もしかしたら新しい恋ができたのかもとおもうけれど、残念ながらそうはいかない。

 あんな薄いだけの男に興味は抱けない。他の出会いが欲しいものだ。


 そんなことを考えながら、父の運転する車に揺られてボーッと外を眺める。用事も終わって、今は帰っている途中だ。

 沢山の店や人々が、ガラス越しに横切っていく。車酔いをしやすい私からすると、ずいぶんと退屈な時間だ。楓は隣で寝ているし、両親は二人で話をしている。

 こんなときに雫くんがいたら良いのにな……と考えていると、ふと視界に入ったのは彼の姿だった。


 まさかの光景に目を見開くが、その奥にはなぜか麻沼がいた。接点のないはずの二人がどうして?

 偶然会ったにしては、なにやら仲の良さげに歩いているところを見ると、強い違和感に襲われる。もしかして、私の知らないところで関わりがあったとでもいうのか?


 雫くんは私が麻沼に苛立っていることは知っているずだ、それなのにどうしてあんなに仲が良さそうなんだ?

 まさかとは思うけど、雫くんが麻沼をけしかけたとでもいうのか?いや、彼がそんなことをする意味もないだろう。

 さすがに邪推がすぎるよね、もしかしたら本当に偶然会っただけかもしれないし、案外趣味が合ったのかも知れない。


 そもそも、雫くんからすれば私は恋人の姉だ。気を遣う相手ではあっても、私の好みや人間関係を意識する必要はない。

 私が麻沼を嫌っていても、雫くんには関係がない。楓に比べればその程度の存在なんだ。


 至極当然の話なのに、それは分かっているというのに、心を陰が支配する。心が締め付けられて仕方ない。


 雫くんだって、別に真性のクズとは距離を置くはずだ。それだけ悪意に苛まれてきただろうから。

 そう考えると、麻沼は腐った人間ではないのかもしれない。でも、嫌なものは嫌だ。

 アイツに話しかけられるとイライラするし、その声が不愉快だ。でも、そんな相手と雫くんは隣り合って歩いてた。


 たった一瞬の光景が、やけに頭にこびりつく。


 思えば、私は雫くんのことをあまり知らない。その隣には当然楓がいて、私が彼と関わるのはいつも楓のついでだから。

 そうじゃなかったら、それこそ雫くんが元カノと別れていなければ、言葉を交わすことも、名前を知ることも教えることもなかった。


 雫くんとの関係はただの偶然なんだ。


 彼がどうしようと勝手だし、私がそれを咎める権利はない。それこそ麻沼のように、私が嫌がる相手と友人になったところで、それは私の問題で彼は部外者であるべきなんだ。

 巻き込んじゃいけないのに、私はそれを望んでる。



 諦めないといけないのに、どこか期待してる。雫くんが私を選んでくれる日が来るかもしれないという、まるで宝くじの一等でも狙うかのように。それだけ無謀ともいえる未来を、宛もなく願っている。


 もっと自分を律しなければ、このままでは……

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