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感情という錘  作者: 隆頭
第四章 胸の痛み

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八十八話 相談

 ある土曜日の昼過ぎ。今日は楓が家の用事で会えないので、ずっと家に籠ってるのも良くないと思い、気分転換に外に出てきた。いわゆる散歩というやつだ。


 街の方までやってきた俺は、どこかカフェでも入ってゆっくりしようと思い、あちらこちらに目を向ける。

 しかし休日の午後なのもあって、食後のコーヒーを楽しんでいる客が多く、なかなか入れそうなお店がない。諦めて並ぼうかと考えていると、向こうから見たことのある男がやってきた。


 といっても、向こうはこちらに気付いていないので、このままだとすれ違うだろう。別に俺だって話しかけようとは思わないので、別に構わない。

 しかし、俯きがちでどこか落ち込んだような表情をした彼が、ふと顔を上げて俺のことを認識すると、驚いたような表情をして話しかけてきた。


「あっあの、君はたしか、米倉の妹さんの友達だよね?」


「え?友達というか、付き合ってますが……」


 俺の答えに彼は顎に手を当てて、考え込むような顔をした。思い出した、彼はたしか美白さんに気がある男だったはずだ。

 どれだけアプローチを重ねても彼女に振り向いてもらえない彼は、いったい何を考えているというのか……


「悪いんだけど、少し付き合ってくれるかな?」


「いいですけど、期待には添えないと思いますよ」


「話を聞いてくれるだけでも良いんだ、ありがとう」


 彼はそう人の良い笑顔を浮かべて、それじゃあと歩きだす。向かったのは、そう離れていない場所にある喫茶店だ。

 壁際の二人席に案内され、向かい合うように座る。店内はそれなりに賑わっており、埋まるのも時間の問題に思える。


 飲み物を注文し改めて目を合わせると、彼は軽く頭を下げた。


「ありがとね、話を聞いてくれて。それで、改めてなんだけど、話っていうのは米倉についてのことなんだ」


「えぇ、声かけてましたね」


 俺の言葉に彼は頷き、それから あっ、と声を上げた。


「ごめん、自己紹介がまだだったね。俺は麻沼(あさぬま) 涼祐(りょうすけ)っていうんだ。君は?」


 そういえばそうだった。俺も彼もお互いの名前を知らない。彼は麻沼先輩というのか。今後時間が経過して覚えていられるかは自信はないが。


「俺は寺川 雫です」


「そうか。よろしくね、寺川くん」


 そんなささやかな自己紹介を終えると、店員がドリンクを持ってきた。まだ暑さの残る今、飲むのはアイスコーヒーだ。

 ミルクとガムシロップを入れて、麻沼が飲み物を口につけたあとに、俺も続いてコーヒーを飲んだ。

 ちなみに彼もアイスコーヒーだ。俺とは違ってブラックだけど。


「それで改めてなんだけど、俺さ、米倉のことが好きなんだ」


「はい」


 麻沼の行動から予想の通りであることだが、敢えてそうなんですねと知らないふうを装っておく。そんな俺の返事に、彼は でもさと続けた。


「なかなか、米倉が冷たくてね。それねこの間は君らに話しかけたから余計に距離が空いちゃって、もうどうすれば良いのやらってね」


 麻沼が眉尻を下げながら、悲しさを顔に滲ませた。先日のことも先ほどのことも合わせて、悪い人ではないのだろうが如何せん美白さんからは好かれていない。


 ぶっちゃけ、脈なしだということだろう。


「それこそ同じ趣味を持つとか、なにか同じ作業をするとかして信用を積み上げるしかないんじゃないですか?この間のあれは、家族を利用しようとしたと思われても仕方ないんで、軽率すぎましたね」


「そうだよなぁ……米倉の趣味とかって分かるかい?もちろんお姉さんのほうだけど……」


「知らないですね、しゃべることはありますけど遊ぶことはないんで」


 楓とは遊ぶこともあるが、美白さんとはあまりないのだ。だから、知ってることなど全然ない。

 麻沼の期待しているような情報はないだろう。


「そうかぁ……寺川くんから口添えをしてもらうとかは?」


「先日の二の舞をしたいのなら喜んで」


「分かった俺が悪かった」


 変に小賢しいことをするべきじゃないと分かったのか、麻沼は素直に右手をあげて謝るジェスチャーをした。

 彼がやるべきなのは、美白さんにとって身近な人に頼ることではなく、時間をかけて信頼を築くことだ。


「まずは落ち着いて、ゆっくり時間かけるしかないと思いますよ。といっても進学やら就職やらある時期なんで大変ですが」


「そうなんだよね。やっぱり、諦めた方がいいよなぁ……」


 麻沼もそうだが、美白さんだって高校三年なので、夏休みも終えて残すは半年強と言ったところ。

 人によっては受験勉強や就職活動もあるため、時間はかなり少ないだろう。

 美白さんはもちろん進学予定だし、間違いなく大学の法学部を狙っているはずだ。当然レベルも高いだろうし、その分受験勉強に費やす時間は多いだろう。


 ハッキリいって、彼がここから美白さんの好意を得るのは絶望的だ。


「そういえば、米倉の進路って分かるかい?」


「俺がそれを知ってたとして、それを聞いてどうします?ロクに話もしてない人間が進路を知ってたら、警戒を強めるだけですよ。むしろそこから話を広げられるかが、先輩の腕の見せ所です」


「それもそっか……今度、米倉の進路を聞いてみるよ」


「そうして下さい。ぐいぐい行きすぎなければ嫌われることはないと思います。先輩はイケメンなんで」


「米倉の前にはそんなの無意味さ」


 やるべきことを見つけたからか、麻沼は少しだけ余裕が出てきたようで、俺の軽口にふっと笑って返した。

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