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感情という錘  作者: 隆頭
第四章 胸の痛み

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八十七話 気がある男

 あれから一週間ほど経過したある日、放課後を迎えていつも通り楓と二人で教室を後にする。

 和雪は友人たちと一緒だ、相変わらず気遣いの上手いことで。


 二人で廊下を歩いていると、誰かが後ろから楓に声をかけた。その声に彼女は振り向くと、誰だか知らないらしく首を傾げた。

 女受けのよさそうなその男は、見た感じ先輩だと思うのだが……


「いやぁごめんね、米倉さん。お姉さんのことで話があってさ」


「えぇ……すみませんけど、話はお姉ちゃんに直接言ってください」


 どうやら彼は、最近美白(みしろ)さんにだる絡みしている男だったようで、楓は不快感を隠すことなく返した。

 当たり前だろう。狙っている相手が心を開いてくれないからと、その家族を狙うのは馬鹿のすることだ。


 自分に魅力がないと言っているようなものだ。


 しかし、そんなことは考えていないのか、男はなにやら語り出す。


「それがね、なかなか俺の話を聞いてくれなくてさ。なんだか素っ気ないし、ちょっと困ってるんだ。だからそっちからも何か言ってくれないかなって思ってさ」


「嫌です。私に口添えさせるとして、たぶんお姉ちゃん、余計に嫌がると思いますよ。もしかしたらずっと相手にしてくれないかも」


「そこは上手いこと言ってよ、お礼はするからさ。なんなら今からカフェでも奢ろうか?」


「それは舐めすぎでしょう」


 さすがに見ていられなかった。人の恋人を目の前でナンパするなど、あまりにも立ち回りが下手すぎる。

 顔だけは良いから、フリーだったり、彼氏と不和になっている女の子相手なら着いてきてくれるだろうが、俺たちはそんなんじゃない。

 ここまで馬鹿なのだから、そりゃ相手にされないわけだと納得してしまった。情けない話である。


 俺に横槍を入れられた男が、こわばった表情でこちらを見る。彼と目が合い、更に言葉を続けた。


「自分の狙ってる相手が靡いてくれないからって、その家族を、しかも彼氏の目の前で狙うって、それ本気でやってます?」


「え……」


 こちらの言い分を聞いた彼は、困惑したように俺と楓を交互に見て、サァッと血の気が引いた。


「えっいやいや、ちっ違うって!妹さんの方に手を出すって訳じゃなくて、無償で手伝ってくれなんて言わないよっていう証明をしたかっただけだから!誤解させたなら謝るよ!本当にごめん!」


 彼は手をブンブンと振って、そんなつもりはないと弁明している。見た感じかなりガチっぽいが、俺とてそこまで人を見る目はないので、実は演技が上手いだけかもれないと勘繰ってしまう。


 とはいえ、このままでは平謝りでもしそうな勢いだ。縋るような目でこちらを見ている。

 そんな時、彼の後ろの更に向こうから、女性の声が聞こえてきた。


「おい、なにをしている」


 その声は、あんまり好きな声ではなかったが、それでも今の状況であれば、とても頼りになる声であった。


「げっ、あっ綾坂……って米倉!」


「……心底呆れる男だね。アタシの反応が悪いから、妹に手を出そうとナンパしてるのかい?最低だな」


 凍りつくような声で、美白さんがそう言った。その表情はまさにゴミを見る目をしていて、それに射貫かれた彼は うっと後退り。

 綾坂も美白さんも、軽蔑の眼差しをありありと向けていた。


「違うって。ただ俺は米倉と仲良くしたかっただけで、別に妹さんを狙ってるわけじゃないんだよ!嘘じゃない!」


「どうでもいいよ。これ以上その二人に近付くなら、絶対に許さないから……二度とやるな」


 なんとか弁明しようとする彼だが、美白さんはツカツカと詰めよって、冷えきった声で貫く。

 彼はただゴクリと喉を鳴らして、なにも反論することはなかった。


「ごっごめん。手を出すつもりはないから、なにもしないよ」


 降参とでも言うかのように、彼は両手を上げて謝り、足早に立ち去った。その背中はどことなく小さく見え、美白さんは鼻を鳴らしてソレを睨み付けていた。


「ふん……鬱陶しいな、本当に」


 美白さんが細く鋭い目つきで、そうポツリと呟いた。そんな彼女の傍に近付いて、その背中をそっと撫でる。


「雫くん……」


「俺たちは大丈夫です。それより、美白さんは大丈夫ですか?」


「うん!ありがとう雫くん!」


「ぐぇっ」


 心配したのだが、それは不要だったのかもしれない。美白さんは元気そうに勢い良く俺に抱きついたため、その衝撃でわずかにダメージを食らって変な声が出た。


「私の出る幕はなかったな」


「だね、綾坂(あや)ちゃんは先に帰っててよ。アタシは雫くんと帰るからさ♪」


「分かったよ。それじゃあね」


 美白さんの雰囲気に掻き消されて姿の見えなくなっていた綾坂が、安心したように苦笑して、手を振りながら立ち去った。


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