八十六話 ガチガチ会長
最近あまり元気のない美白さんが気になって、彼女に連絡をとったある日の放課後。先ほど生徒会室を訪れた俺たちは、彼女の招きによって部屋に入った。
生徒会室に足を踏み入れると、そこには綾坂もいた。生徒会長なので当然である。美白さんは副会長だったっけ。
「お疲れ様です」
「あっあぁ、お疲れ様。寺川くん」
綾坂はとても気まずそうに、頭を下げて挨拶をした。勘違いで俺にブチギレたことを気にしているのだろう。
こっちだって忘れていないので、一生反省しててほしい。胸ぐらを掴まれて脅迫されたのだ、簡単に許しはしない。
「さてさてぇ、とりあえず二人とも座っててね♪」
美白さんに背中を押され、用意されていた椅子に腰を下ろす。彼女はそれからすぐに持ち場に戻って、書類とにらめっこを始めた。
時間が経つこと十二、三分、やることを終えたらしい美白さんが、荷物を手に俺たちの元にやってきた。
「お待たせ。帰ろっか」
美白さんに差し出された手を握って立ち上がり、楓も俺たちに合わせて立ち上がる。
「おっお疲れ様、寺川くん……」
「お疲れ様です」
綾坂が気まずそうな目でこちらを見て、力のない声で挨拶をしてくる。自分の行いを反省していることはよく分かった。
だけど、それを見たところでざまあみろとは、とても思うことはできなかった。
学校から出て三人で下校。なぜかずっと美白さんまで俺の手を握ったままであるが、離してくれとは言いづらかった。なんとなくダメな気がした。
「お姉ちゃん、いつまで雫くんの手を握ってるの?」
「えっ」
言いづらいからと手を握られたままの俺だったが、それを見かねた楓が美白さんに尋ねる。突然と問いかけに美白さんは、ギクリと身体を跳ねさせた。
「そろそろ離れても良いんじゃないかなーって、思うんだけど?」
「あっ、あはは!そうだね、ごめんね雫くん」
「いえ、大丈夫です」
楓からジロリと睨まれ、気まずそうにサッと手を離す美白さんが謝る。そこまで気にしてはいないので、それ以上は触れないようにしておいた。
そして、美白さんが誤魔化すように口を開いた。
「そういえば綾坂ちゃん、だいぶ気にしていたみたいだね。いつもよりガチガチだったもん」
「そういえばそうだね。雫くんのこと好きなのかな」
「なわけ……ってそういえば、楓は知らなかったっけ」
普段見せない綾坂の様子に違和感を持った楓が、こう言っちゃ悪いがアホなことを口にした。
そして思い出したのは、綾坂が過去に俺にやったことだ。勘違いから俺の胸ぐらを掴み、脅迫をしてきたときのこと。
そのことを思い出しながら、楓にそのことを話すと、彼女は怒りを露にしながらギュッと繋いでいる手に力を入れた。
「そんなことがあったんだ。それなら、あの反応も納得だね。ほんの少しでも反省はしてるんだ」
「みたいだな。まぁ、俺もとしては許す気はないけど」
「当然だよね。それだけのことしたんなら、どうしてのうのと生徒会長やってるのかは疑問だけどね。辞任だよ辞任」
プンスカと怒ってくれている楓がそう言った。その言い分はもっともだが、俺としてはその役目を妥協せずにやって欲しいという思いもある。
ぶっちゃけどっちでも良いのだ。綾坂には自分の過ちをしっかり引き摺って、深い深い反省をしてくれたら文句はない。
もし同じことを繰り返していたらならば、とっとと消えて欲しいとは思うだろうが。
「でも、雫くんはよく許したね。普通なら起きた出来事をそのまま先生に言えば良いと思うけど」
「別に許した訳じゃないですよ。絶対に許さないし忘れもしません。ただ、あの人が引き摺って反省しているのなら、こっちからはなにもしないってだけです」
「そういうことね。もし反省してなかったら?」
「だとしたら土下座してまで謝ったりしない気はしますけど、もしそうだとしたら、俺にできることはないと思います。俺が先生に言ったところで、都合よく喋るだけでしょう。一生徒と生徒会長じゃ、信用度が違いますよ」
「たしかに、その通りだね」
俺の答えに納得してくれたのか、美白さんがそっと俺の頭を撫でた。
「もし綾坂ちゃんがそこまでクソだったとしても、アタシは雫くんのそばにいるからね」
「ありがとうございます」
味方がいてくれるというのは、ほんとうにありがたいものだ。楓も隣で 私も!と言ってくれている。
持つべきものは、信頼できる人たちということだ。




