八十五話 上機嫌
雫くんの問題にキリがついたと思ったのも束の間、今度は私に問題が起こりはじめてしまった。
最近激しくなってきた、とある男子クラスメイトのアプローチだ。
元々話すことがなかったわけじゃないけれど、話すといっても必要最低限のことばかりだった。
私からすればなんの思い入れもない相手で、たとえ周囲の子たちから人気があったとしても、その価値や魅力は感じられない。
そんな彼は、何度も何度も私に声をかけてきて、果てにはスマホのグループチャットから、私のアカウントを勝手に追加して、個人的に連絡を取ってくる。
その内容も全て下らない雑談や自慢話で、自分がイケてるとでも言うような、そんな態度が手に取るようにわかった。
雫くんという素敵な男の子を知っている私からすれば、本当に取るに足らない人物で、相手をするだけでも非常に億劫になる。
「大丈夫か、米倉」
生徒会室で作業をしていると、会長の綾坂ちゃんがそう尋ねてきた。どうやら顔に出てしまっていたようだ。
「大丈夫だよ」
「嘘を吐くな。さっきから上の空だぞ」
「ミスはしてないでしょ」
綾坂ちゃんの言葉に、思わず素っ気なく返してしまう。完全にあの男に毒されてしまったようだ。
疲れて仕方ない。
「そうは言っても、何度もため息されては気になって仕方ない」
「それは悪かった。気を付けるよ」
そう返したところで、またもスマホが揺れる。チラリと一瞥すれば、そこには例の男の名前。
そういえば彼は帰宅部だったかと、一瞬だけよぎる。面倒だし、返事は後で良いでしょ。
生徒会の仕事もあるんだし、もしごちゃごちゃ言ってきたならばそう返してやれば良い。そう考えて、苛立つ心を落ち着かせる。
「──アイツか?」
私の様子から察したのだろう、綾坂ちゃんがそう尋ねてきた。隠すこともないので、素直に頷いておく。
「そうだよ。最近本当にしつこくなってきてね」
「それなら私から言っておこうか?」
「良いよ。面倒なことになりそうだから」
綾坂ちゃんが、アタシの目を見てそう言った。気にかけてくれるのは嬉しいのだが、他者が介入すれば間違いなく面倒になる。
アレは恐らく、そういうタイプだから。
まぁトラブルといっても、余計な絡みが誰かに向かうという感じだが。例えば綾坂ちゃんに向かったりとかね。
「それなら、先生に言ってもらうか……いや、それは悪手か。米倉が逆恨みされてしまうな」
「そうだね。今は波風立てないようにしておくよ。もしこれ以上酷くなったら、ってまた……ッチ」
話をしているというのに、空気を読まない通知に舌打ちをしてしまう。いったいなにかと思って見てみると、その予想は外れていた。
「ん?おっお?おー!雫くんからだぁ♪」
そう、そのメッセージは雫くんからのものだった。嬉しい誤算に思わず二度見してしまう。
スマホを手に取りその内容を見てみると、どうやら一緒に帰ってくれるとのことだった。これが天使か。
「よしよし。じゃあ今から雫くんに来てもらおう!楓も一緒だろうけど」
「なに?随分と急すぎないか?それに私は彼とはあまり──」
「自業自得だろぉ、知らないねぇそんなこと♪」
急遽雫くんがやってくるということで、綾坂ちゃんは困ったような表情をする。しかし彼との間に起きたことに関しては、どう考えても彼女が悪いので、しっかり反省してほしい。
アタシの返答に彼女は うぐっ、と返す。
彼女を放置して雫くんにメッセージを返すと、彼はすぐに来てくれるとの返事があった。俄然やる気が出てくる。
「さぁ綾坂ちゃん、ボケッとしてる暇はないよ!急いで終わらせて雫くんと帰るんだぁ♪」
「さっきまでやる気ゼロだった奴に言われたくないな。まぁやる気が出るのは十分だけど」
雫くんが来てくれるので、彼を待たせるわけにはいかないと仕事を急ぐ。そんな私を、綾坂ちゃんは呆れ顔で見ていた。
さぁて、さっさと終わらせてしまうぞぅ!
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楓曰く、最近の美白さんは元気がないのだそうだ。原因はもちろん、美白さん狙っている男だろう。
彼女は相変わらずだる絡みをされているようで、だいぶ疲れ果ててしまっているみたいだ。
あんまりにも酷いので、今日は俺が美白さんと一緒にいてあげて欲しいと、楓から言われた。もちろん彼女も一緒なので、三人で帰るということだ。
美白さんと連絡をとると、今は生徒会室にいるので来てほしいとの返事が来た。楓と一緒にそちらへと向かい、すぐに目的地に到着した。
扉の右上には、生徒会室の札がある。それを確認してからノックをすると、中から美白さんの声が聞こえてきた。
「やぁやぁいらっしゃい。待ってたよ雫くん♪」
「お待たせしました」
「お姉ちゃんはしゃぎすぎ」
ノックの後、美白さんがすぐに扉を開けた。彼女はとても上機嫌なので、楓が鬱陶しそうにツッコミを入れるが、美白さんはどこ吹く風だった。
「もう少しで終わるから、中で待っててね♪」
「はい」
俺の手を引いて、入室を促す美白さん。それに従って楓と生徒会室に足を踏み入れた。




