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感情という錘  作者: 隆頭
第四章 胸の痛み

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八十五話 上機嫌

 雫くんの問題にキリがついたと思ったのも束の間、今度は私に問題が起こりはじめてしまった。

 最近激しくなってきた、とある男子クラスメイトのアプローチだ。


 元々話すことがなかったわけじゃないけれど、話すといっても必要最低限のことばかりだった。

 私からすればなんの思い入れもない相手で、たとえ周囲の子たちから人気があったとしても、その価値や魅力は感じられない。

 そんな彼は、何度も何度も私に声をかけてきて、果てにはスマホのグループチャットから、私のアカウントを勝手に追加して、個人的に連絡を取ってくる。


 その内容も全て下らない雑談や自慢話で、自分がイケてるとでも言うような、そんな態度が手に取るようにわかった。

 雫くんという素敵な男の子を知っている私からすれば、本当に取るに足らない人物で、相手をするだけでも非常に億劫になる。


「大丈夫か、米倉」


 生徒会室で作業をしていると、会長の綾坂(あや)ちゃんがそう尋ねてきた。どうやら顔に出てしまっていたようだ。


「大丈夫だよ」


「嘘を吐くな。さっきから上の空だぞ」


「ミスはしてないでしょ」


 綾坂(あや)ちゃんの言葉に、思わず素っ気なく返してしまう。完全にあの男に毒されてしまったようだ。

 疲れて仕方ない。


「そうは言っても、何度もため息されては気になって仕方ない」


「それは悪かった。気を付けるよ」


 そう返したところで、またもスマホが揺れる。チラリと一瞥すれば、そこには例の男の名前。

 そういえば彼は帰宅部だったかと、一瞬だけよぎる。面倒だし、返事は後で良いでしょ。

 生徒会の仕事もあるんだし、もしごちゃごちゃ言ってきたならばそう返してやれば良い。そう考えて、苛立つ心を落ち着かせる。


「──アイツか?」


 私の様子から察したのだろう、綾坂(あや)ちゃんがそう尋ねてきた。隠すこともないので、素直に頷いておく。


「そうだよ。最近本当にしつこくなってきてね」


「それなら私から言っておこうか?」


「良いよ。面倒なことになりそうだから」


 綾坂(あや)ちゃんが、アタシの目を見てそう言った。気にかけてくれるのは嬉しいのだが、他者が介入すれば間違いなく面倒(トラブル)になる。

 アレは恐らく、そういうタイプだから。


 まぁトラブルといっても、余計な絡みが誰かに向かうという感じだが。例えば綾坂(あや)ちゃんに向かったりとかね。


「それなら、先生に言ってもらうか……いや、それは悪手か。米倉が逆恨みされてしまうな」


「そうだね。今は波風立てないようにしておくよ。もしこれ以上酷くなったら、ってまた……ッチ」


 話をしているというのに、空気を読まない通知に舌打ちをしてしまう。いったいなにかと思って見てみると、その予想は外れていた。


「ん?おっお?おー!雫くんからだぁ♪」


 そう、そのメッセージは雫くんからのものだった。嬉しい誤算に思わず二度見してしまう。

 スマホを手に取りその内容を見てみると、どうやら一緒に帰ってくれるとのことだった。これが天使か。


「よしよし。じゃあ今から雫くんに来てもらおう!楓も一緒だろうけど」


「なに?随分と急すぎないか?それに私は彼とはあまり──」


「自業自得だろぉ、知らないねぇそんなこと♪」


 急遽雫くんがやってくるということで、綾坂(あや)ちゃんは困ったような表情をする。しかし彼との間に起きたことに関しては、どう考えても彼女が悪いので、しっかり反省してほしい。

 アタシの返答に彼女は うぐっ、と返す。


 彼女を放置して雫くんにメッセージを返すと、彼はすぐに来てくれるとの返事があった。俄然やる気が出てくる。


「さぁ綾坂(あや)ちゃん、ボケッとしてる暇はないよ!急いで終わらせて雫くんと帰るんだぁ♪」


「さっきまでやる気ゼロだった奴に言われたくないな。まぁやる気が出るのは十分だけど」


 雫くんが来てくれるので、彼を待たせるわけにはいかないと仕事を急ぐ。そんな私を、綾坂(あや)ちゃんは呆れ顔で見ていた。

 さぁて、さっさと終わらせてしまうぞぅ!



─────────────



 楓曰く、最近の美白さんは元気がないのだそうだ。原因はもちろん、美白さん狙っている男だろう。

 彼女は相変わらずだる絡みをされているようで、だいぶ疲れ果ててしまっているみたいだ。

 あんまりにも酷いので、今日は俺が美白さんと一緒にいてあげて欲しいと、楓から言われた。もちろん彼女も一緒なので、三人で帰るということだ。


 美白さんと連絡をとると、今は生徒会室にいるので来てほしいとの返事が来た。楓と一緒にそちらへと向かい、すぐに目的地に到着した。

 扉の右上には、生徒会室の札がある。それを確認してからノックをすると、中から美白さんの声が聞こえてきた。


「やぁやぁいらっしゃい。待ってたよ雫くん♪」


「お待たせしました」


「お姉ちゃんはしゃぎすぎ」


 ノックの後、美白さんがすぐに扉を開けた。彼女はとても上機嫌なので、楓が鬱陶しそうにツッコミを入れるが、美白さんはどこ吹く風だった。


「もう少しで終わるから、中で待っててね♪」


「はい」


 俺の手を引いて、入室を促す美白さん。それに従って楓と生徒会室に足を踏み入れた。

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