八十四話 美白の悩み
「そっか。じゃあ雫くんを取り巻く面倒事は落ち着いたってことで良いのかな?」
「そうですね。まさかこんな結果になるなんて思わなかったですけど」
「まぁ、アタシも綾坂ちゃんに出てもらうことになると思ってたからね。確かに想定外だ」
肩を竦めてそう言ったのは美白さんだ。あの捕まった噂女についてと、彼女に襲われた女との問題が解決したという話をしたところ。
場所は安定の米倉家である。楓と並んで美白さんと向き合って、リビングの椅子に座っている。
一応の和解をした方に関してだが、さすがに彼女の家庭についての話は伏せておいた。人に軽々しく話して良いものではないからね。
これ以上問題が起きなければ、それで良いのだ。
「まぁ、他人の手を煩わせることがないのなら、そっちの方がずっと良いですよ。嬉しい誤算ってヤツですかね」
「それもそうだね。でも、少しくらい雫くんに良いとこ見せたかったなぁ」
「変なこと言わないの。雫くん困っちゃうじゃん」
「ぶー」
椅子に背を預けながら言った美白さんに、楓がツッコミを入れる。そんな彼女の言葉に、美白さんは口を尖らせて返す。
「それはそうと、次のイベントは文化祭なわけだけどさ。二人ともなにがやりたいとかあるかい?」
「いきなりすぎない?まだもうちょっとあるよね、イメージも湧かないよ」
唐突な美白さんの質問に、楓が少し冷たく返した。まぁそんな冷たい反応もいつものことではあるが。
しかし、楓の言う通り文化祭はまだ先だ。夏休みを終えたばかりなので、準備が始まるまで三週間はあるだろう。
そもそも、文化祭でやりたいことと言われても特にはないのだ。あるとしたら、やはり仲の良い人たちと回ったりするくらいかな?
「俺も特にはないですね。楓と回れるならそれで」
「まぁねそうだよね。聞いといてアレだけど、アタシも文化祭はそこまでかなぁ……ん?」
意外と乗り気ではない様子の美白さんのスマホが震え、彼女はそれを手に取る。なにやらの通知のようだが、それを見たことで露骨に顔を歪めた。
「またあの人?」
「そうだよ、ヤんなっちゃうなぁ……」
美白さんはなにやら誰かに困らされている様子。楓も知っているようだが、いったいなにがあったと言うのか。
「……実はね、お姉ちゃんクラスの人に口説かれてるんだって」
「えっ」
美白さんは美人なので、好かれているのは分かるのだが、口説かれるまでいくのは中々積極的な人もいるものだ。
ただ、彼女の様子を見る限り、かなりグイグイ来るタイプなのだろう。それこそガツンと言っても引かないような。
「クラスのグループから勝手に追加してきてね。かといって冷たくするのも面倒になりそうだから一応相手してるんだけど、段々しつこくなってきてるんだよね」
ササッと返事を済ませた美白さんが、スマホを置いてため息をつく。波風立てないようにした結果、チャンスがあると誤解されたのだろうか。
一度きっぱり言えば良いとは思うが、それくらいは彼女も考えているだろうし、わざわざ外野が言うことでもない。
「だから、一回くらいガツンと言っちゃいなよ。変に気を遣うからつけあがるんだよ?」
「楓の言うことも分かるけどね、なんか悪いっていうかなんというか……」
「それは優しさじゃなくて甘えでしょ。いつもは強気なクセになんでこんなときだけ弱気なの」
楓にそう言われ、美白さんは気まずそうに頷く。まぁ女性からすれば、普段から関わりのある男がグイグイ来れば厄介だろう。
クラスが同じというのが良くない環境といえる。それがなければ彼女もハッキリ断れるだろう。
「やっぱり、クラスが同じだと毎日顔を合わせるからですか?」
「そう、だね……顔を合わせる度に向こうも気まずくなるだろうし、言いづらいよねぇ。たまにメッセ放置したりもするけど、そうするとまた追加がくるからうるさくってうるさくって」
「そこまで言うならブロックなりすれば良いのに。興味ないのは仕方ないじゃん、向こうも言われないと分からないんでしょ。自己中なんだから」
楓の言い分も分からなくはないが、あまり言い過ぎるのも良くないだろう。余計なストレスを俺たちが与えることはないと思い、楓の背中に手を添える。
「まぁ、向こうもさすがに極まったことをするわけじゃないでしょ。楓の言いたいことも分かるけど、美白さんにも考えがあるだろうし」
「むぅ……それはそうだけど」
そっとその背中を撫でると、楓も落ち着いたようだ。
「二人ともありがとね。楓の言ってることも分からないわけじゃないから、あんまりしつこいようならハッキリ嫌だというよ」
そう言って笑う美白さんは、いつもより元気がなさそうに見えた。




