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感情という錘  作者: 隆頭
第三章 家族

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八十二話 手当て

 刺されそうになったところを助けてくれたのは、寺川くんのお母さんだった。今は彼女に連れられるまま家にやって来た。

 寺川くんの家だ。ドキドキ。


「おじゃまします」


「いらっしゃい」


 寺川くんのお母さんは、私の怪我を見て手当てだけでもしようと言ってくれた。浅く切られただけなのでと断ったが、悪化してもいけないということで、手当てをしてもらいに来た。


「はい、これで良いわね。もし変に痛くなったり様子がおかしくなったら、すぐに病院にいくのよ?転んだのとは訳が違うんだからね」


「はい、ありがとうございます」


 手当てが終わり、寺川くんのお母さんの言葉にお礼を返す。キョロキョロと部屋を見回して、声をかける。


「そういえば、しっ雫くんは……」


 寺川くんと言おうとしたものの、彼のお母さんであったことを思い出し、緊張しながら彼の名前を呼ぶ。選ばれた人だけが口に出来るその響きに、心臓の鼓動が少し強くなる。


「あの子はいないわ、ずっと前に引越しちゃって……それに、私はもう見限られちゃったから」


「みっ見限られ?」


 どういうことか分からず、思わず聞き返してしまった。

 それから懺悔のように語られたのは、寺川くんが家族から受けていた無関心や拒絶。その果てが、夏休み明けに見た顔の痣らしい。

 ただでさえ家で辛い思いをしていただろうに、私は追い討ちのようなことを……


「今あの子はね、前の夫の所に行ってるわ。だから、今の様子を全然 知らないの……学校では元気にしてる?」


「──はい。元気にしてます、とても素敵ですよ」


「そう、よかった」


 元気なのかと尋ねられたというに、私は思わず感想まで述べてしまった。でも、寺川くんのお母さんは嬉しそうに微笑んだのだった。


「もし……もしできたらよ?あなたから雫に伝えて欲しいの。困ったらいつでも呼んで欲しいって、待ってるからって」


 寺川くんのお母さんから、そんなお願いをされた。もちろん断る必要はないし、機会があればと頷いた。


「分かりました。また今度、雫くんに伝えておきますね」


「ありがとう」


 安堵したように息を吐く彼のお母さん。その目尻には、少しだけ涙が溜まっていた。

 きっと、過去の行いを悔やんでいるのだろう。


「それじゃあ、私は失礼しますね」


「あっ、えぇ。気を付けてね」


 少し長い話も終わり、空も暗くなり始めてきた。叔母さんが心配してしまうので、そろそろお暇させてもらう。


 彼のお母さんと挨拶を交わし、私は家に帰るのだった。



 ──────────



 どうして、どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの?


 寺川を少しでも追い詰められるようにと、協力していたあの女に裏切られ、挙げ句私は警察に捕まってしまった。当然学校にも連絡が行ったし、両親にもこっぴどく怒られた。

 夏休み前に怒られて、加えて今日の騒動だ。おかげでひどいことになった。これも全部寺川のせい。

 アイツに少しでもやり返してやらないと気が済まない。


 とはいえ、刃傷沙汰を起こせば学校にはいられない。アイツのせいで退学になったらどうしよう。本当にどうして私がこんな目に……



 アイツがいなければきっと天野(あまの)くんとも付き合えたはずなのに、それを邪魔されたから始まったんだ。海木原(みきばら)さんという可愛い恋人がいるくせに、他の女の子に目を付けて、私にまでその魔の手を伸ばしてきた。

 見境のない性欲の塊を、周囲に注意喚起して何が悪いというのか。私の行いは正しかったはずだ。


 でも、どいつもこいつもアイツの肩を持つばかりで話にならない。いずれ誰かに手を出すかも、そう考えるとやっぱり寺川は危険だ。

 なんとかして、アイツをこの世から消さなきゃいけない。皆が洗脳されている中、それが出来るのは私だけ。


 いつか必ず、私がこの手で……



 しかし、それは叶わなかった。どうやらあの女の親か誰かか知らないけど、襲われたことで被害届を出したらしい。

 捕まってから数日後にそのことを知り、それから手続きを経て私の両親は、多額の示談金を支払ったらしい。お陰で少年院に入ることはなかったけど、高校は退学になる前に中退することになった。


 また、示談金を払ったことにより生活が苦しくなった私たちは、遠い場所に引っ越し、私自身もバイトに明け暮れて、寺川を裁くことができなくなるのだった。

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