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感情という錘  作者: 隆頭
第三章 家族

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八十話 随分としおらしく

 例の女に連れられて、楓と三人で人気のない公園にやってきた。そして語られる、あの日のことについて。

 その内容は、とても残酷なものだった。


「あの時吐いちゃったじゃん、私。それであの後病院で検査したの。怪我もしてたから、その治療も合わせてさ。そしたらね、妊娠してたんだ」


 眉間に力が入り、言葉が返せない。やはり彼女は、父親にそういうことをされていたんだ。それはそれはしんどかったに違いない。

 辛かったねなんて、軽々しく言えないこと。俺には荷が重すぎる内容だ。楓も思わず両手で口を覆っていた。


「だから、吐いちゃったのはつわりだったみたい。生理も全然来なかったからおかしいと思ってたんだ。しばらく学校に来てなかったのも、堕ろすためだね」


 そんな話をされたところで、俺には返せる言葉がない。それでも、誰かに吐きたいことではあったのだろう。

 一人で抱えるには、あまりにも辛いことだ。例え憎たらしい人間でも、悩みはあったということだ。


「それが終わったから、やっと今日学校に来たの。お父さんはもちろん捕まったし、私はこれから親戚のお世話になるって感じかな」


 一件落着、ということで良いのだろう。これで少しは、俺に対する矛先が収まると助かるが、どうなんだろうか。彼女の表情はとても優しげだ。


「って、寺川くんが知りたいのはそんな話じゃないよね。私があの子に中学のこと教えちゃったこととかも気になるよね。そこまで何をしたって訳でもないんだけど、ちゃんと話すね」


 そう言いながらこちらを見るので、俺は頷いて応える。あの子とは、間違いなく夏休み前に連れていかれた女子生徒の話だろう。


「私があの子に寺川くんのことを教えたのは、私が直接なにかをするより、怒ってたあの子を利用した方が、なんとなくバレないって思ってたからなんだ。だから、中学の時の話を教えたの。たとえば妹さんのこととか」


 予想通りではあった。というか、教えただけなのか?それだけあの女が触れ回っていたということか。


「寺川くんを追い詰めたかった私は、あの子の良くない気持ちを刺激したの。天野くんにつきまとってたあの子が寺川(てらかわ)くんに止められたのは、あなたに手を出そうとしてるからだって」


「なっ……」


 けしかけるための文言を聞いた楓が、目を見開かせて驚きを露にする。俺もびっくりだよ、悪意マシマシじゃないか。


「そこからはもう、私が何もしなくても話が広まってた。そのせいで軽田が調子に乗って海木原さんに告白して、それを受け入れるって事件が起きた。だから、原因を作ったのは私──」


 彼女はそう言って立ち上がり、俺たちの目の前に立って、しっかりと目を見つめてきた。


「──だから、ごめんなさい」


 そう言って、深々と頭を下げる。動機は語られていないものの、理由はそういうことらしい。ハッキリ言って、軽々しく許すとも言えない。

 口は災いの元とはいうが、それを火種に煽ったのだ。その後のことは別人の手によるものだとしても、きっかけを作った事実はなくならない。


 忘れはしないさ、絶対に。


「うん、取り敢えず謝罪は受け取るよ。でもなんで、俺を追い詰めようと思ったんだ?」


 俺の言葉に彼女は顔を上げて、ばつの悪そうな表情を浮かべる。


「えっと、それは……寺川くんに振られたから、かな」


 弱々しい口調で告げられな言葉に、俺は反応ができなかった。振られたって、まさか中学に告白それた時のこと?


「えっ、だから嫌いになったってこと?」


 振られたことでプライドが傷付けられた、ということだろうか?そういうことなら納得できるが、彼女は否定も肯定もせずに、言葉を続けた。


「嫌いになったっていうより、どうして分かってくれないの?って思ったんだ。どうしても好きで好きで仕方なくて、でも選んでもらえなかったから」


 彼女は頬を赤くして、気まずそうに目を逸らす。それって半ばストーカーじゃないか。

 いやまぁ、厳密には違うのかもしれないが。


「それで変に拗らせちゃって、悪いことしてやろうって考えちゃったの……それに、寺川くんの写真とかも沢山あったりして」


「え"っ」


 衝撃の話に変な声が出る。どこ筋でそんな写真なんぞ手に入れたんだ。


「ただ、それももうなくなっちゃったけどね。お父さんに全部破られちゃったから……宝物だったんだけどな」


 宝物と、そうポツリと悲しそうに呟く。その目尻には涙が浮かんでおり、彼女はそれを袖で拭う。

 すっごい複雑な気持ちだ。俺の写真なんぞを大切にされてもな。でも、悲しそうな表情をされると、それはそれで暗い気持ちになる。


「それって、誰かからもらったの?」


「うん。友達にお願いして撮ってもらって、それをプリントしたの……ん、あれ?そういえば写真はバックアップがあるから……」


「「えっ」」


 楓の質問に答えた彼女はそこまで言って、目を瞬かせる。俺たちは驚き、思わず声が出てしまう。思い出さなくてよかったのに。


「そっか、そうだよね。もう一回プリントすれば良いじゃん、そうすればまた……えへへ♪」


 何を思い出したのか、彼女は両の手を頬に当てて、嬉しそうにフニャリと笑顔になった。

 もう、なにも言うまい。


「あ、でも寺川くんに聞かないでやるのはダメだよね。ごめんなさい……それでその、またアルバムにしてもいいかな?」


 そんなこと尋ねられても、もはや好きにしてくれといったところである。


「いやダメだろ、恥ずかしい」


「ぁぅっ……そう、だよね。ごめん……」


「だけど、俺の知らないところでやられたら、さすがに止められないからな。いいか、バレないように──じゃない、いいかやるなよ」


 思わず本音が漏れてしまったが、取り敢えず誤魔化しておく。彼女はそれを受けて、嬉しそうに頷いた。

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