七十八話 宝物
どうやって寺川を追い詰めようか。それについて何度も考えているものの、なかなか良い案が思い付かず煮詰まってしまっている。
やはり大きいのは、彼に対する周囲の認識だ。
特に、海木原さんが彼の評価を下がらないように立ち回っているのが厄介だ。あんな別れ方をしたから、一時期は上手く行っていたのに。
まぁあれは、海木原さんと軽田が勝手にやったことだけど。軽田は調子に乗りすぎだね。
いつだったか、アイツ私に告白してきたっけ。寺川くんの足元にも及ばないクセにいきがって、彼を目を敵にしていた。しかも女の尻を追いかけてばっかで、本当に気持ち悪い。
故に、奴が今 孤立しているのは当然の帰結、ということだろう。誰だってあんなクズはお断りだ。
結局、寺川を追い詰めるのは難しいね。そもそも、憎いのであって恨んでいるわけじゃないから、苦しめた先になにがあるのかって話……ん?
ふと視界に入ったのは、いつぞやか寺川に絡んでいた後輩の女の子だ。
よく彼女は、寺川に憎ったらしい顔と態度を向けていた。軽田と同じく、調子に乗っていたら痛い目に遭ったタイプだ。
ちょっと、けしかけてみる?
そう思って声をかけようと思ったけど、どうにも気が乗らない。なんだかやる気が起きないな。
吐き気もするし、なんならさっき少し嘔吐してしまった。嫌な予感がする。
そういえば、前の生理っていつだって?元々不順しやすい体質だったけど、こんなに遅かったのってあんまりなかった。どうしてだろ?
まさか、ね。いくらなんでも、そんな簡単にするはずないって。いったいどんな確率よ。
ちょっと体調が悪いだけ、寺川くんを眺めればそのうち治るよ。そう思って、彼の横顔を眺めることにした。
学校が終わり、少し急いで席を立つ。早く帰って寝たい。しんどいし気持ち悪い。
いつもより重い身体を抱えて家に帰ると、私の部屋にお父さんがいた。このしんどい時に、面倒くさいなぁと思ったところで、その手にあるものに気が付いた。
それは私の宝物である、寺川くんの写真があったアルバムだ。それを勝手に触られたことで、私の頭は怒りに染まる。
「勝手に触らないで!」
怒りのままに叫んでアルバムを取り上げる。おそらく中身を見られただろう、隠し場所を考えないと。
今まで部屋に入ってくることがなかったから、すっかり油断していた。
「ソイツは誰だ?」
「別に誰でもいいでしょ」
私で処理してるくせに、余計なことまで首を突っ込まないで欲しい。まさか、誰かを好きになることさえ許さないとでも言うのか。
本当にムカつく。
「まったく、下らんことをしおって。もっと他にやるべきことがあるだろう」
「なにそれ。親の処理をしろってこと?散々私を使ってるんだから満足でしょ、余計な独占欲出さないで」
「ふん。お前は俺の物だ、変な男に現を抜かすなど許さんからな。バカみたいな写真ばかり貼り付けおって。まぁ、もう目を覚ますだろう」
目を覚ますだの、バカなことを言うお父さんに首を傾げる。ふと嫌な予感がして、ギュッと抱き締めていたアルバムを、恐る恐る開いた。
「えっ……うそ、ねぇどこにやったの?写真は?」
「捨てたに決まってるだろう。お前にはいらないものだからな」
捨てた……その一言を、じっくりと頭の中で反芻する。もしかしてとゴミ箱を見てみると、そこには無残に破り捨てられた、寺川くんの写真があった。
気を失いそうになるほどの衝撃を受けて、目を泳がせながら、フラフラとその写真だったものを手に取る。
「あ、あぁ……」
そんな……という言葉さえ出てこない。叫ぼうにも、そんな力も残ってない。
信じられない、信じたくない現実が、無理やり視界に入ってくる。
私の大好きな寺川くんを映した、大切な写真。
たとえお母さんが亡くなっても、お父さんに道具にされたとしても、なんとか耐えられたのは写真があったからだ。
心の支えと言っても良い。
付き合えなかったとしても、辛いときには寺川くんの写真を見れば、それだけで立ち直れた。でもそれが、こんな酷い姿にされるなんて……
「いっちょまえに落ち込むんじゃない。俺がいるだろう、たかが写真などすぐに忘れる」
自分がなにをしたのか全く分かっていないのか、この男は軽く言ってのける。何が父親だ、自分の子供に汚い欲を向けているだけのクセに。
「ふざけんな……」
ポツリと、呟くように言葉が漏れる。掠れた声を出すのが精一杯だ。
そんな私に、この男は なに と呟いて首を傾げる。
「ふざけんな!たかが写真なんて言うな!」
激情のままに立ち上がり、男を睨み付けてできる限りの声を上げる。
でも、たくさん言いたいことがあるはずなのに、感情の奔流に流されて、上手く言葉が出てこない。
「うるさい奴だ。お前は俺のためにいればいい」
男はそう言って、ズボンのファスナーを下ろす。ソレが目に入るとビクリと身体が跳ね、怒りの感情が押し潰されそうになる。
「なにをしている、やれ」
動かない私を見て、男がそう命令した。
思わず膝をついて、それに従いそうになる。でも、もうそれはやりたくない。許せない。
「早くせんか!」
頭を掴まれて、グイっと処理を強制させられる。いつもいつも、最初は口でさせられて、その後は挿れられる。
どうして私がこんなこと、しなきゃいけないんだ。
「いやっ!」
髪を掴まれなかったことが幸いし、なんとか男の手から逃れることが出来たが、すぐ腕を掴まれてしまう。
「こんのクソガキが!」
扉を目の前にして、外に逃げることもできないまま壁に叩きつけられる。顔が壁に強くぶつけられたことで、口内を切ってしまい血が出てしまう。
なんとか逃げられればいいのに、大の男に力で勝てるはずがなかった。




