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感情という錘  作者: 隆頭
第三章 家族

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七十六話 凶愛

 うーん困ったなぁ、完全に警戒されちゃってるや。私が直々に寺川をわざとらしく呼び出して、敢えてなにもしないことで、肩透かしを食らわせてやろうと思ったのに。


 あのお馬鹿ちゃんはあっさり尻尾を掴まれちゃって、そのまま生徒会長に連れてかれてしまった。

 人の悪い噂を流し続けていたことが周囲にバレて、すっかり孤立してしまったあの子はもう使い物にならない。


 私自身が寺川を嵌めるのはやりたくない。なにせ今の彼には味方が多く、下手なことをすれば、探る人間もいるだろう。もしやるのなら、彼に恨みや悪意を持つ人間に材料やきっかけを与えるのが一番良い。


 バレてしまったあの子は、天野(あまの)くんが好きだったらしいけど、それを寺川に邪魔されたとかなんとか……

 まぁ、きっと天野くんにだる絡みしてたとか、そんなところだと思う。あれで寺川は友達思いなところがあるからね。

 悪い人ではないのは分かってる。でもね、思い上がったのが運の尽きだよ。


 いくら海木原(みきばら)さんと付き合ってたからって、私を振ったんだもん。まぁ今は米倉(よねくら)さんと付き合ってるみたいだけどね。



 中学三年になってしばらく、寺川はいつだったか、妹さんがイジメに遭っているところを見て、その犯人たちに怒ったらしい。その時に私が流した噂は "彼が妹を自分のペットのように扱っている" というものだ。


 誰だって、自分のペットが傷付けられたら怒るでしょ?と、そんなことを周りに言ったは良いものの、残念ながら私が孤立する事態になった。

 なにせ中学時代までの寺川の人気は、それこそ学校でもトップクラスだったもん。そんな彼に悪意を向ければ、むしろ向けた方がひどい目に遭うことは、想像に難くなかった。


 浅慮だった私は愚かにもそれを失念していて、そのおかげでしんどい一年を過ごした。しかし高校は違う。

 寺川の存在を忘れようとしていたところで、まさか進学した先の学校に彼がいたのは僥倖(ぎょうこう)だった。


 今度こそ徹底的に追い詰めてやると心に決めた。私を振っておいて、いつまでも笑っていられると思うなよ。



 でも、ふと思う時がある。どうして私は、こんなにも寺川を憎んでいるのだろう?


 好きだったのは間違いないし、振られたことがショックだったことも、間違いない。

 嫌いかと言われれば、あっさり頷けるわけでもない。もし彼に求められたなら、不愉快になることなく応じられるだろう。


 ただ、私を選んでくれなかったことにムカついたことだって間違いないし、好きだった反動でその苛立ちが強くなったことも、間違いない。



 嫌いではないのに、憎くて仕方ない。私を見てくれないことに、イライラが止まらない。

 じゃあ、寺川くんが世界一かと言われたらそんなことはないし、もちろん素敵な人はたくさんいる。

 でも、彼が良かった。寺川くんだから良かったんだ。


 もう何度目かも分からないほど(よぎ)った考えを、(かぶり)を振って誤魔化す。自室の引き出しを開けて、そこにあるアルバムを開けば、沢山の寺川くんの写真が露わになる。

 どれもこれも格好良くて、素敵なことは間違いない。その写真たちを見て、私の胸は温かくなる。


 そんな凛々しい彼が傷付いた姿や、苦しがる姿が見てみたい。普段感情を見せない彼が、私のせいで苦痛に顔を歪めてほしい。

 アルバムの最後のページには、一番映りの良い寺川くんの写真。いつものごとく、私はそれにそっと唇を当てる。



 好き、好き、好き、好き──



 ──こんなにもこんなにも、あなたのことが大好きなのに……どうして私を見てくれないの?

 ずっと無関心で、本当に憎らしい。



 でも、私が関わっていないところで傷付いちゃだめ。必ず私が身も心も傷付けるんだ。

 だから、どこの馬の骨が彼に痣を付けたのかと、本当にムカつく。命に別状がないみたいで良かったけど。



 あーあ、寺川もバカだよね。私のことを振っちゃうんだもん。ちょっとみんなに好かれてるからって勘違いして、そんなんじゃ痛い目みちゃうよ。

 思い知らせてやるんだから。


 写真に映る寺川を見つめて、これからどうやって追い詰めてやろうかと考えていると、誰かが家に帰ってきた音が聞こえた。

 急いでアルバムをしまって、何食わぬ顔でベッドに腰を下ろす。多分、お父さんだ。


 部屋の扉が勢いよく開けられ、スーツ姿のお父さんがズカズカと入ってきた。はぁ、今日もか。


「おかえり、お父さん」


 そう声をかけるけど、お父さんはなにも言わずに、座っている私の前に仁王立ちして、ファスナーを下ろす。


 これが寺川くんだったら、幸せだったのにな。

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