七十五話 夏休みを終えて
そうたくさん遊ぶことのできなかった夏休みだったが、それでも終盤は楓たちと遊ぶことができた。瑞稀と美白さんも仲良くなれたから、それも良かったことのひとつだ。
それに、華純さんもすごく優しい人で、今日まで一緒に住んでいたわけだが、とても俺たちのことを気にかけてくれた。
瑞稀もすっかり安心感を抱いたようで、もう俺の家に戻っても大丈夫だろう。
課題もそこまで難しくなくてすぐに終わったし、終わり良ければすべて良しってとこだな。登校日も先日終わったので、明日からは普通に学校。
とはいえ明日自体は始業式だけなので、そこまで苦にはならないな。のんびりやれるので助かる。
ただ一番の問題は、例の女子生徒だ。俺に妹がいると周囲に広める一旦を担った女。奴が余計なことを噂女にバラしたせいで、面倒だらけだった。
変なことがないといいけどな。
ちなみに、あれから母さんからの接触はない。暗識の方も順当に裁く方面に向かっているらしい。もうそっちの方は心配することもないだろう。
バイト先にも顔を出して、来週から出られると店長にも伝えておいた。怪我の具合を心配されたが、もちろん問題ないとも言っておいた。
今はもう痣が残ってるくらいで、もちろん見苦しくはあるが、それもだいぶ引いてきたしな。
そんなこんなで二学期が始まり、久しぶりに和雪と共に学校へ向かう。
「よう雫……ってお前、大丈夫か?すげぇ顔になってんぞ」
「おはよ、大丈夫だ。ちょっと歯が折れただけだからな」
「それは大丈夫じゃねぇだろ、なにがあった?」
当然ながら心配されてしまった。和雪からは、少しばかり怒気を感じるが、既に加害者は捕まっている。
学校に行きがてら、その辺りの話をして、今は調子が悪くはないことも伝えておく。結々美から聞いた、例の女についても。
「やっぱり確定ってわけか。アイツが嘘ついてなけりゃだけどな」
「もうその時はその時だろ。それに、今さら嘘言うってのも変な話だ」
疑心暗鬼になったって疲れるだけだ。そう思っての言葉だが、和雪は微妙そうな表情をしている。信じきれてない感じ。
なんにせよ、奴がちょっかいをかけてこなければそれで良い。そうじゃなければまた考えるしかない。
そんなこんなでまた数日経過した。夏休み前に綾坂にしょっぴかれて行ったあの女子生徒だが、奴は学校にやってきていた。よくもまぁ顔を出せるもんだとは思ったが、それでも孤立していることがよく分かる。
前のようなイキイキとした姿はそこになく、ひっそりと過ごしているようだ。
また、夏休み前に告白してくれた女の子についても、なんだかんだ仲良くやっている。良い友達って感じだな。クラスの連中とも、以前のような悪感情はなく普通に関わっている。
割と順風満帆だ。だからこそ、そのうち何かあるのではないかと不安になってしまう。また誰かが変な噂を流すのではないか、誰かに悪意を向けられるのではないかと。
日常というものはいつだって、あっさりと崩れ去ってしまう。その原因が誰であろうと、きっかけなどたった一つだ。
瑞稀のときや、結々美のときのように、その時はいきなりやってくる。
「ちょっと良いかな、寺川くん」
そう声をかけてきたのは、例の女だった。なんてことのない様子で、彼女はいきなり俺を呼び出そうとしてきたのだ。
今から帰ろうと思ったんだがな。
「ここじゃだめか?」
「うーん、ちょっとね。できれば二人で話がしたいな」
彼女から悪意は感じないが、俺だってそこまで察しが良いってわけじゃない。もしかしたら足元を掬われる可能性もある。
少しくらい疑心を持たなければ、嫌な思いをするのはこっちだ。
「悪いけど二人きりってのはな。前だってそれで、悪意マシマシの噂を流されたわけだし」
「それはあの子がやったことでしょ?大丈夫だよ」
「そう言われても、確証がないんだよな」
そもそも、二人きりで話す内容って、いったいなにがあるというのか。好意的に捉えばそれこそ告白なんてのがベタな話だが、仮にそうだとしても俺には楓がいるのだから、それこそ応える義理はない。
もしそうじゃないとして、あとは密告だろうか?だとしたら誰の?なんのために?という話である。教員にやれそんなのは。
逆に悪意があると仮定すればそれは罠ということだ。女という性別を利用して、ありもしない被害をでっち上げれば成功する簡単な話。
以前からある嫌な噂も紐付けしまえば、せっかく落ち着いたこのこの環境がまた荒らされてしまう。いい加減のんびりさせて欲しいんだ。
「そんなぁ、それじゃあ悪魔の証明じゃん。"ない" ことって証明できないんだよ?」
「そんなことはないだろ。別にここで話せば良いだけだ。そうじゃなくても、せめて楓も立ち会わせるなら考えるけどな」
ここまで邪険にされれば、まともな用事で来た奴は引き下がるハズだ。悪意があるからいつまでも食い下がる。
ほんの少しでも人の目から外れれば、言い訳なんていくらでも思い付くからな。
「んーそっか、分かったよ。じゃあ今日は諦めるね。それじゃまた!」
やけにあっさりと引き下がっていく彼女に、なんとなく嫌なモノが拭えない。それはあまりに不気味だった。




