七十四話 久しぶり
「まぁまぁ、ゆっくりしてってよ」
「はい」
美白さんにそう促され、椅子へと腰を下ろす。彼女の隣には楓も座っており、俺の隣には緊張した瑞稀がいる。
ここしばらくはやることだらけだったので、ようやく楓と会うことができて嬉しい。電話しかできなかったからね。
殴られた痕はまだ完全に癒えていないので、二人にそれを見られたときは随分と驚かれてしまった。何があったのか聞かれたので、話していいだろう内容かとは思いつつも、結局正直に答えた。
さすがに瑞稀の被害は少しぼかしたけど。
「なるほど、それは災難だったね。でもその人、結構重い刑罰になりそうだ。同情はしないけど」
「重い、ですか?」
美白さんの言葉に思わず聞き返すと、彼女はうんと話を続けた。
「雫くんは暴行を受けて、その結果怪我をしたわけだ。これは立派な傷害事件になるよね、懲役で十五年以下だったかな?加えて強制猥褻もあって、こっちは十年以下だ。どっちとも もちろん確定判決はではないから、えーっと……併合罪だっけ?」
美白さんは顎に人差し指を当てながら、思い出すように天井に目を向けて話す。
「たしか、併合罪って重い方の刑罰に、その半分の数字を足すから、15×1.5=22.5でしょ?たぶん二十二年と六ヶ月ぐらいの懲役刑になるはずだね」
違ったらごめんねと、美白さんが締めくくった。つまり暗識が出てくるのは六十歳を超えてからということか。
しかもその間、ずっと刑務所にいるわけで、出てくる頃には社会に馴染めない可能性もある。
なにせ二十二年って、その頃には俺たちも三十代後半になるし、もっと分かりやすく言えば今年 生まれた子どもが成人式をとうに終えているわけだ。
その頃には社会の有り様がどれだけ変わっているのかも分からないわけで、出てきたところで馴染めるものでもないだろう。
相当な孤独を味わうことになるはずだ、それはきっと、死ぬよりも辛いことだろうな。でも、同情はしない。したくもないな。
俺が奴にやることなんてのは、奴を反面教師とすることくらいだ。あとは裁判かな?
「まぁ、まだそういうのはアタシも勉強中だから、確実なことは言えないけどね。裁判官でも弁護士ないし、なんなら併合罪だって、知ったのはこの間だったし」
「それにしたってよく知ってますね。普通にすごいですよ」
「ふふん♪これでも法に関わる仕事を目指してるから」
素直に思ったことを口にすると、美白さんは得意気に言った。ドヤ顔がかわいいね。
前に楓から聞いたけど、両親共に法曹界で働いているらしい。美白さんはそんな親の期待に応えるためにも、その道に進むために努力をしているということだろう。
その分 厳しくされたみたいだが。
「お姉ちゃん、ドヤ顔やめたら?みっともない」
「我が妹ながら辛辣すぎる、ちょっとくらい優しくしてよ。瑞稀ちゃんびっくりしちゃうよ?」
「ごめんね瑞稀ちゃん。ウチのお姉ちゃんが変な人で」
相変わらずのやり取りをしている楓たちだが、巻き込まれた瑞稀が困った表情をしている。美白さんに至っては初対面なのだから、少しは自重して欲しいな。
まぁどっちかと言うと盛り上げているのは楓な気もするが。
「えっとえっと……その、お構いなく?じゃなくて、大丈夫です、はい……」
「大丈夫だよ瑞稀ちゃん。巻き込んでごめんね」
必死に答えようとする瑞稀に、楓が背中を撫でながらフォローする。その表情は少し申し訳なさそうだ。
そんな会話を終えて、米倉家宅を後にする。あれから美白さんも瑞稀と仲良くしてくれて、今度は一緒に出掛けようということになった。
まぁちょっとした食事とかそんなところだろうが、それはまた考えるとしよう。
楓は俺の怪我を見てすごく心配そうにしてくれた。心配かけて申し訳ない。
彼女とは全然会えてなかったけど、今度お泊まりしようという約束もできたし、会えなかった分をどんどん取り返していきたいな。
思い返せば、夏休みが始まってから一回でも会ったような記憶がない。そうなると三週間は会っていないわけだから、そりゃあ久しぶりにも感じるだろう。
楓への罪悪感に、思わずため息が出る。
「大丈夫?お兄ちゃん」
俺のため息が聞こえたのか、瑞稀が眉尻を下げながら問いかけてきた。それに苦笑しながら、俺は左手を振って返した。
「ん?あぁ大丈夫。楓と会えてなかった期間を思い返してちょっとね」
俺の答えに、瑞稀が あっ…と返した。好きな人と三週間も会えないことの寂しさを考えたのかもしれない。
そういえば、瑞稀にもそういう相手ができる日は来るのだろうか。
「ねぇお兄ちゃん」
そんなことを考えていた俺の袖をつまみながら、瑞稀が俯きがちに呼んできた。それに ん?と小さく返すと、言いづらそうにゆっくりと口を開く。
「えっとね……?その、お兄ちゃんと、手を繋ぎたいなって……」
何をそう照れているのか知らないが、瑞稀がそう問いかける。甘えたい年頃なんだし、そんなことでとやかく言ったりはしない。
その手を握ってやると、瑞稀は一瞬 目を見開いたが、ふにゃりと嬉しそうに笑った。
瑞稀に恋人は、まだ少し早いのかもしれない。




