七十三話 家族
夏休みだというのにまったく忙しないものだ、あのクソ野郎絡みで時間を割くことになり、気が付けばすでに八月半ばを迎えてしまった。
ちなみに、バイト先には父さんが連絡を入れて、しばらく休むと伝えておいてくれたらしい。
なので無断欠勤の心配はないのだが、少なくとも今月はシフトが入れられない。
今はとにかく、問題の解決だ。
ちなみにあのクソ野郎……暗識 葛彦に対して示談は一切せず、そのまま傷害事件の罰を負ってもらう。示談にすると刑罰が軽くなるらしいので、それを防ぐためだ。
どのみち奴に金はないらしいので、示談にしたところで払えないと、逃げられる可能性も高い。
まぁその辺りは父さんが弁護士と考えてくれるので、俺が気にする必要はないか。
母さんについてだが、暗識の共犯ということはなくなってしまったらしい。瑞稀が襲われたものの、その手引きをしたというにはあまりにも稚拙で、本人が受けた精神的ダメージも大きいためだ。
この状況を生んだ責任は大きいものの、警察にそれを追及する能力はないようだ。男に入れ込んだが故の、バカな判断の結果ということになった。
そうなれば民事にしても、こちら側が不利なのでやる意味もない。どのみちそれをしなくても、子供を失うというダメージを与えれば大きいだろう。特に瑞稀を失うとなればな。
母さんからすれば、愛する男に裏切られた挙句子供が離れていくのだ、その精神的ダメージは相応の罰といえるだろう。
同情の余地は全くないが。
籍の移動も無事に終わり、瑞稀の引越しも終えた。華純さんもしっかり向き合おうとしてくれているし、こちらは時間の問題だろう。
話を聞いてとても心配してくれているし、母さんとは大違いである。
俺はしばらくゆっくり休むとしよう。難しいことは任せてくれと、父さんと華純さんが言っていたので、夏休みの間だけは父さんの家でゆっくりさせてもらおう。
俺は引き続きあの家に住むが、もし母さんが来るというのなら転居を考えている。まぁその時のことはその時考えるさ。
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雫も瑞稀も、私の傍から離れていってしまった。もしあの子達の言葉に耳を傾けていたら、こんなことにはならなかったのだろうか。
ずっと信じていたあの人がまさか、瑞稀を狙っていたがために私を利用していただなんて、本当であって欲しくはなかった。
二人の言っていた通りだったのに、私はそれを信じることもなく、それどころか苛立ちさえ感じていた。あまりにもバカげていて、救いようもない話。
子どもたちを愛していながら、その子どもたちを蔑ろにしているだなんて、誰が聞いても擁護などしないだろう。それどころか、軽蔑されてもおかしくない。
私のバカな選択が瑞稀の心を傷付けて、雫に大ケガをさせてしまった。今の二人がどうなっているかは、尚月さんから教えてはもらえない。
せめて雫が無事に退院できれば良いのだけれど……
今思えば、雫をずっと放置し続けていたときから、私は親としての資格が無いことを証明していたのかもしれない。それなのに、雫が一人暮らしをすると言ったときに、それを引き留めようとした。
散々拒絶される理由を作って、それなのに離れないでと言うのは無責任だ。自覚がなかったからこそ、余計にタチが悪いと言える。
後悔しても改善していない私には、瑞稀も雫も幸せにできる能力なんてなかったんだ。
自分が信じたいものだけを信じた結果、何もかも失って後悔だけが残る。雫にはなにもしてあげられず、瑞稀のことも途中で突き放して、葛彦さんばかりに気を向けて……
離れていった二人に想いを馳せながら、強い後悔と悲しみに暮れる。涙が止まらず、ただ広いだけの家で一人の時間を持て余す。
子どもたちを養っていくためにお金を稼いで、その仕事も在宅ワークがメインになったおかげで余裕ができたはずだった。
本来使うべきそのリソースを無駄なところに割いて、今となっては何一つ実り無く、終わらない後悔に使うしかない。
お金も時間も空間も愛情も、全て向けるべきはあの子たちだった。特に、雫にはなにもかも足りていなかった。
どうして今になって、それを理解しているんだろう。手遅れも手遅れだというのに、どうすればいいんだろう。
寂しい、苦しい……そんな感情も、雫にはたくさん味わわせてしまった。尚月さんならきっと、そんな思いはさせないだろう。
それなら私は何のためにいたの?何のために生きているの?
親を名乗って、そんなハリボテの肩書きに何の意味があるの?
そんな問いかけも、もはや口に出ることもない。答えは分かりきっていることだから。




